鋼騒妖異譚 第三話『衝動』





「ソースケ、準備できたみたいだな・・・」
 クルツの問い掛けに、通信機越しの宗介の声。
『ああ。クルツ、行くぞ!』
 だが。
 クルツは別の方向を見ていた。
 宗介も感じているだろう、禍々しい気配が近付いている方向を。
「悪いけどな。俺、あいつとちょっと遊んでから行くわ」
『クルツ!』
 思わず呼び止めた宗介に、クルツは冷たく問い掛けた。
「ソースケ。俺たちのなすべき事は何だ?」
『千鳥かなめの・・・護衛』
 一瞬の躊躇の後、噛み締める様に宗介。
「解ってるならとっとと行きな。俺もすぐに行く」
 それに対してクルツの声音はあくまでも明るい。
『しかし・・・』
 と、なおも躊躇する宗介の背中を押す様に。
「大丈夫だって。マオ姐も・・・ほら来た」
『お待たせ、宗介、クルツ!』
 マオが、現れた。 
 それで安心したのだろう。
 宗介は<シャーマン>を走らせかけて――立ち止まった。
『クルツ・・・』
「何だ?」
『奴は・・・ガウルンは危険だ。拙いと思ったら迷わず逃げろ』
 クルツは冗談で返そうとして、止める。
 宗介の声音に混ざっていたのは――紛れもない恐怖だったからだ。
 クルツにも、マオにもそれは伝わった。
 だから。
『おっけ〜』
「そうさせてもらうわ。俺も死にたくないし」
 こう、答えた。


 宗介の乗る<シャーマン>が見えなくなってから数分。
 多分宗介は『アルソフォカスの異界』の壁――壁と言うよりもむしろ迷宮といった方が良いだろう――を抜けようとしている最中のはず、とクルツは想像して――気付く。
『クルツ・・・もうそろそろかな』
「いやマオ姐・・・もう来てる」
 その、クルツの言葉に被さる様に――銀色のウィザードが姿を現した。
『気付いたか・・・勘が良いな。誉めてやるよ』
 そして、サイクロプスにも似た頭部を動かし、周囲を探査。
 目当ての存在が見あたらなかったことに舌打ちをして。
『で、だ。・・・ウィスパードはどうした?』
 苛立たしげに訊く。
 とはいえ、そこに返答を期待した様な響きはない。ただ、声に出しただけなのだろう。
 しかし答えなかったら――からかえない。
 クルツはそう判断し、なるべく深刻そうに告げてみた。
「彼女か・・・。いきなり降りてきた土偶の姿をした謎の宇宙人に攫われていった。
 俺たちは手も足も出なかった」
 それにマオも乗って見せて。
『あれは本当にスペクタクルだった』
 しかし、銀の機体は全く興味を示さない。
 短く、
『・・・あのガキか』
 呟いた。
『残留精神パターン解析――ふむ』
 頷き――そして。
『ク・・・ククク!そうか、やはりそうか!』
 哄笑。
 歓喜を抑えられない。
 狂った様に笑う。
『やはりカシムだったって訳だ!楽しいな・・・楽しいぞ・・・!』
 そして不意に笑みを止め――冷たい声になった。
『雑魚ども。俺の邪魔をするな。そうすれば・・・命だけはなくさないで済む』
『あら、なかなかふざけた言葉』
 どうしてやろう、と思案するマオを出し抜いて。
「そんなこと言う奴には・・・・こうだ!」
 クルツはいきなりハンドキャノンを連射。
 銃弾は氷結の魔弾となり、コダールに降り注ぐ。
「クリスタル・レイン・・・ってね」
 氷結は氷結を呼び、連鎖反応的に空間ごと凍らせていく。
 やがてコダールは絶対の氷の中に閉じこめられ――
「とどめ!」
 放たれた魔弾は氷ごと全てを砕いた。
「へっ・・・!偉そうなこと言ってた割には・・・って・・・嘘だろ、おい!?」
 しかし。
 いかなる力が働いたのか?
 コダールには傷一つ無い。
 男は見下す様な声音で短く訊いた。
『何かしたか?』
「うっわ、無茶苦茶腹立たしい!」
 このやろ、とレールキャノンを構えたクルツにマオは指示した。
「クルツ!爆殺界を仕掛ける!時間稼ぎな!」
「随分簡単に言うけど・・・任されちゃましょう!」
 苦笑一つ漏らし、クルツは『魔弾の射手』の名の由来たるレールキャノンを左手のみで構えた。
「エルヴン・ボウ」
 呟くと同時に、付与された魔術が起動。
 レールキャノンに精霊の力が集中し――巨大な弓の形を為す。
 そして銃弾をコアとして魔術の矢が生じて――弦を引き絞り、解き放つ。
「これは・・・効くぜぇ!」
 解き放たれた矢はコダールめがけて奔る。
 コダールは矢を難なく避けたが――
「避けても無駄だ!魔弾は必ず獲物を追いつめ――」
 矢は物理法則を無視して方向転換。
 突き出された『魔弾の射手』の右手親指が下を向くと同時にコダールを――
「貫く!」
 貫いた。
『んじゃ、行きますか・・・』
 マオの呟きと同時に、生じたのは赤い魔法陣。
『其は炎
 全き炎
 紅く紅く燃え上がり
 全ての闇を焼き尽くし
 原初に帰す永劫の炎
 盟約に依りて来たれ炎の精霊
 我が眼前に在る全ての敵をその力もて焼き尽くせ――』
 言葉と同時に魔術文字はその緻密さを増していき、魔法円を重ねていく。
 そして――球形になった魔法陣はコダールを包み込んで――
『華炎・爆殺界――!』
 爆炎と化した。
 全ての邪の存在を滅し、浄化する炎が空間を支配する。
 その中では、いかなる物質も存在を許されない。
 やがて炎が消え去れば、コダールは存在の残滓すら残していない。
 その筈だった。
「な・・・に・・・?」
『馬鹿・・・な・・・』
 コダールはそこにいた。
 変わらない状態で。
『ふ・・・ははっ!』
 その周囲に浮かんでいるのは盾。
『はははははははははははははははははははっ!』
 異形の、盾だった。





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