鋼騒妖異譚 第四話『不動』
一歩。
また一歩。
その”銀色の魔王”は近付いてくる。
異形の盾を携えて。
マオの決め技の一つでもある爆殺界。
それに耐えうる盾を携えて。
分は、非情に悪い。
「マオ姐、逃げろ」
小さく、しかし鋭くクルツは呟いた。
『は?あんた何バカ言ってるの?逃げるならあんたでしょ』
マオの意外そうな声。クルツは――普段とは打って変わった、真面目な声。
「生き残るため、だ。俺のM9よりもマオ姐のM9の方が通信能力は高いだろ。
だから・・・とっとと逃げてトゥアハー・デ・ダナンに連絡を取るべきだ!」
『しかし・・・』
「しかしも和菓子も仕出しもねぇ!誰が逃げるとかで言い争ってたら両方死ぬだけだ!
だから生き残る確率が高い方に賭けてるんだろうが!」
全ては生き残るためだ、と。
自分たちだけではない。
宗介や、護衛対象のあの少女を護るためだ、と。
その意志をくみ――
『・・・死ぬんじゃないよ』
マオはステルスを起動。
滲むように異界にとけ込んで行った。
それを見送り、クルツは銀の機体に目を遣り――
「死ぬ気は無いぜ、俺もな」
僅かに口元を歪めた。
そして、また――普段の口調に戻る。
テンションを上げるために。
「さって・・・見たところ五行に当てはめたら水象の陰・・・ならぶつけるべき属性は土象の陽、か。うーん、俺ってばあまり相性良くないんだけどなぁ」
周囲を眺めつつ、呟く。
「その上公園てのがなんだよなぁ、木行が多いから土行の術振るうにはちときつい」
溜息をついて、その対策を練る。
「なら――木生火の火生土!木行は減るし土行は増える、その上ここは異界だし、燃やしても現実の世界には何の影響もない・・・はず!」
結論し、護符を引き抜き――。
「ignis!」
拳を、護符に叩き付けて――
炎を生じさせる。
呼び出された清浄な紅は異界を浸食し、木より生じた火は土を克する木を焼き尽くして――戦いのための場は形作られた。
水を克するための、土の戦場が。
「さて・・・じゃぁ、行ってみようか!」
しかしクルツは知らない。
異形の盾は確かに水の象を持っている。しかしそれはこの世界のものではないことを。
故に――この世の理が意味を成さないことを。
知らないままに、クルツはエルブン・ボウを手に、その力の名を呟き、引き金を引いた。
「terra――」
撃ち出された弾丸が属性を帯びる。
その属性は陰陽で言えば陽、土行で言えば土。
弾丸はコダールの携える盾に着弾し、存在を分解しようとするが――
「うっそだろ?」
効果はなかった。
鬱陶しそうにしているが、しかし変わらない。
まるで、弾の存在自体を無視したかのように。
再び、土の銃弾を撃つ。
――やはり効果はない。
「・・・時間稼ごうと思ったらくっそ、あの手しかないか?」
忌々しそうに舌打ちをしつつ、クルツは銃弾を放ち続けた。
――マオが、逃げおおせるまで。
あるいは、少しでも目の前の機体との距離を稼ぐため。
「疲れるんだけどなぁ。まぁ、仕方ないか」
苦笑し、術式を展開する。
魔法円は左腕のライフルに収束し、さらにその姿を変えていく。
魔弓に。
クルツは詠唱を開始、銃弾に魔力を込めて――
「stora ex !」
放つ。
放たれた無数の矢は紫電を帯び、コダールをかすめて飛び去っていく。
「外れだな」
にやにやと、そんな表現が正しい声でガウルン。
しかし――クルツの声はやけに楽しそうなものだった。
「魔弾の射手の二つ名は・・・伊達じゃないんだけどな」
そして凛と叫ぶ。
「帰りこよ、雷光の魔弾!」
飛び去った矢が雨のようにコダールに突き刺さる!
――しかし、致命傷までは与えられない。
クルツは小さく舌打ちをした。
「なんつー装甲だよ・・・まったく、自信無くしちまうなぁ?」
やれやれ、と――疲れ切った声でクルツ。
「もう終わりか?」
「どーやらな」
クルツのM9は魔弓――魔力の供給を絶たれ、ライフルに戻っている――を捨てて肩をすくめた。
ガウルンは楽しそうに嗤って――
「なかなか面白かったぜ?・・・だから、俺がもっと面白くしてやるよ」
右の腕を前に突き出した。
「イア!イア!イタカ!アイ!アイ!アイ!」
その詠唱に呼び出された様に、空間から巨大な腕が這いだし、コダールの腕に重なった。
「イタカの爪・・・貴様程度なら容易く引き裂けるだろうが・・・」
腕を掲げて。
「せいぜい抵抗、してくれよぉ?」
ガウルンは――嗤った。
「ヒャァァァァァァハハハハハハハハァァァァァ!」
「くっ!シールド!」
瞬時に防御結界陣が起動、その爪を止めたかの様に思えたのだが――爪は、M9の装甲を容易く切り裂いていた。
「おいおい、嘘だろ?いくらなんでもそりゃ反則だろ」
冷や汗を垂らしながら、クルツは回避。
回避。
しかし、爪は――後を追う。
肩の、胸の装甲を抉り、左手をもぎ取る。
「ヒャハァ!避けろ。踊れ。這い蹲れ。砕けろ。悲鳴を・・・甘美な悲鳴を俺に寄越せ・・・!」
「うっわー。逝っちゃってるわこりゃ」
その狂気をクルツは回避しようとしたが――失敗。
胸部装甲は深く抉られ、操手槽のクルツの姿が見える。
もっとも、クルツが避けようとしなかったこともあるのだが。
「諦めたのか?」
意外そうに、ガウルン。
「まさか」
しかし、クルツは――M9を加速。コダールに抱きつかせた。
「・・・幾ら無茶苦茶な対術式装甲でも、密着して爆破したら・・少しは効くだろ?」
「貴様・・・」
「こうでもしないと生き残れそうもないんでね」
その言葉と同時にクルツはM9の八卦炉を暴走させて――爆散。
その跡に残ったは――なおも無傷のコダールだけ。
あれほどの爆発を耐えたコダールの中で、ガウルンは呟いた。
「オーバーヒート・・・だと?」
思い当たる要因はいくつかある。
一つは試作機であるが故の不安定さ。
もう一つは先ほどの魔弾の雨だ。
ガウルンは機体から外に出て、その場所を見て――笑った。
そこだけは試作機故の欠点。『機能』発動時のデータを直接取り込むためのプラグの端子。――ほんの1p×1pほどの、アキレスのかかと。そこに突き刺さった、ただ一つの魔弾。
その魔弾は紫電を纏わず、ただ一つの意志を持って放たれた。
即ち、
『我が命ずる場所を貫け』
恐らく――雨の如き紫電の魔弾は、そのただ一つの本命を覆い隠すためのフェイク。
その結果――爆発に対抗するために『機能』を発動した<コダール>は、オーバーヒート。
そう、ただ一発の銃弾が楽しみを奪った。
ガウルンはいつしか自分の口元が歪んでいるのを感じていた。
「・・・なかなか――やるじゃないか。
だが・・・まだ甘いよなぁ?」
ガウルンの言葉通り――だった。
魔弾に貫かれたその場所。
その周囲から、異形が滲んでいた。
その異形は機体を浸食し、そして――修復させていった。
何事もなかったかのように。
確かにウィザードには自己再生能力が付加されている。しかし、それは破損箇所を一瞬で再生するような物では無い。
<コダール>という機体は――あまりにも異常であった。
その異常な機体を前に、狂気は嬌笑していた。
「ククククク・・・楽しめそうだよ・・・ヒャァァァァハハハハハハハハハッッ!」
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