<Beat/Bite>
始まりは冬の日。
その夜、彼は彼女と出会った。
彼は振り返る。
その日にあったこと。
その日に誓ったことを。
人は出会い、別れる。
でも、その出会った人が──人外の存在だったとき、どうすればいい?
そう、それは忘れもしない冬の日。
冷たい、あまりにも冷たい空気。
そんな夜によく似合う月も冷たくて。
でも、とても綺麗で。
泣きたくなるほどに綺麗で。
月明かりの蒼い鼓動に思わず、空を見上げた。
すると視界に入ったのは、夜の支配者。
彼女は目があった僕に怯えて、
しかし僕が人間だと分かったら微笑んだ。
「いい、夜だね・・・」
空には真円を描く月。
銀色の光を地上に投げかけている。
その月の明かりを受けて、漆黒の髪と白い肌。
寂しそうに揺れたのは真紅の瞳。
君の名前は、と思わず呟いた僕に――
彼女は、歌うように自分の名前を告げた。
――優夜、と。
「ねぇ。あなたの、名前は?」
問い返した彼女――優夜に、僕も答えていた。
まるで、取り憑かれた様に。
「和那。高峰、和那」
「そっか・・・和那、か」
どこか、懐かしそうな。
どこか、哀しそうな。
彼女が浮かべたのはそんな微笑み。
しかし、その微笑みは凍り付いた。
その微笑みを凍らせたのは、遠くから響いた叫び。
優夜は僕の腕の中に倒れ込み。
怯えた様に、呟いた。
「お願い・・・わたしを、護って――」
「君が、望むなら」
答えた僕を驚いた様に見上げて、
哀しそうに、僕の首筋に唇を這わせて。
流し込む。
チカラの、カケラを。
湧き上がる。
抗えない、高揚感――!
優夜の唇が離れた後に残されたのは紅。
傷痕は破壊衝動を呼び起こし、加速。
拙い。
このまま闘ってしまったら、多分僕は――
だから抑えこむ。
ココロを蝕むほどの、高揚感を。
そして僕は知る。
何故、優夜が哀しそうな顔になったのか。
「大丈夫だから」
そう言いかけた時。
『Grrrrrrrrrrryyyyyyaaaaaaa!』
耳を打ったのは獣の叫び。
振り向いたそこには、異形。
熊の身体とカマキリの腕を持ちながら、顔は人のそれ。
異形に対する恐怖はなかった。
それも、多分彼女の力なんだろうけど。
「あれを――倒せばいいの?」
その存在に言い様のない苛立たしさを感じながら、訊けば。
優夜は無言で頷いた。
そして軽く頷き、僕はそいつの方を向いた。
『護法刃・・・!?
そうか、まだお前は人を呪うのか?
自分のために人に呪いを振りまくのか?
それで人に戻るだと!?
笑わせてくれるな!』
その、異形の嘲笑に。
「――!」
優夜は息を呑んで。
僕から目を逸らした。
『大人しく緋ノ皇様の花嫁になることだな!』
優夜の、なんて悔しそうな顔。
なんて、哀しそうな顔。
見たくない。
そう思った。
だから。
「呪われる?俺が?」
その異形に嘲笑を与え。
「だからどうした?」
殴打。
異形に連撃を加えた。
拳。
肘。
膝。
肩。
身体に宿った紅の奔流が、その異形を打ち砕いていく。
悲鳴すら赦さず、紅が異形を打ち砕いた後。
後に残るのは、異形の残滓。
緋色の澱み。
その存在が気に障り、
拳を振りかぶり、
撃ち抜く。
紅は緋を駆逐し、浸食。
そして紅は優夜に集い、消えていって。
泣きそうな顔の優夜を彩った。
「あの、さ。
俺は・・・納得してるから。
だから、気にしないでいいから」
優夜に、微笑いかけた。
すると、優夜は泣き笑いの表情で――
でも、確かに。
しっかりと、頷いた。
頷いた後。
「・・・・・・」
無言で、彼女自身が付けた紅い傷痕に唇を這わせて――
僕の中から、何かを奪った。
そして優しく、哀しい笑みを浮かべて。
「もう、気付いてるとは思うけど・・・
わたしは、人間じゃない」
言葉を紡いだ。
「もとは人間だったんだけど、<緋ノ皇>に、呪われて――そいつはね、わたしを花嫁にするための祝福だ、って言ってたけど――
それで、年も取らないし死ねなくなったの」
疲れた様な、笑顔。
「何年か眠って、
目覚めて、
緋ノ皇を探して旅をして、
また眠って・・・
そうしてるうちに、わたしは自分が何年生きてるのか忘れちゃった。
500年、いや千年かな?は・・・経ってるんだろうけど」
何でもないことの様におどけながら、そのくせ。
「それとね。
わたしがあなたにしたこと。
それって、凄い危ないことだったんだ。
<護法刃>って呼ぶんだけど、人間に<禍魂>――あの化け物ね――と闘う力を与えるの。
普通はね、戦うだけの存在になっちゃう。
それと、そのままだと<禍魂>の力に囚われて、<禍魂>になってしまうの。
だから戦いが終わったら、わたしは与えた力を取り戻し、そして・・・消えるの。
その人の記憶を、奪って」
辛そうな、笑み。
「はじめて、だった。
<護法刃>になっても、意識を失わなかった人って。
・・・嬉しかったなー」
そして、無邪気に笑いながらも――
「でもね。
付いてきてなんて、言えないから。
今ならあなた――和那も引き返せるから。
だから・・・」
僕を見つめる、真紅の――
「さよなら、だね」
哀しそうな、瞳。
だから僕は意識を奪おうとしている紅に抗い、問いを投げかけた。
「俺の記憶を奪う前に――一つだけ、教えて欲しい。
君は・・・何でこんなことを続けるの?
君は何を願っているの?」
優夜は驚いた様な顔で。
目を閉じ、答えた。
「わたしの、願いはね。
人間として死ぬこと――」
最初は穏やかに。でも。
「人間に戻って、死ぬこと。
ただ、それだけなの」
激しくなって。
哀しくなって。
「死ねないんだ。
どうやっても、死ねないんだ。
<禍魂>にね、首を斬られたこともあった。
でもね、死ねなかった。
生き返っちゃうんだ。
<禍魂>の力を奪って・・・生き返っちゃうんだ」
そして、涙。
「本当はもう、嫌・・・
人を護法刃にするのも、力が強くなるのも・・・
もう、嫌・・・!」
泣き出した優夜の、なんて儚さ。
だから僕は彼女を抱きしめて、宣言した。
「なら・・・もう、他の人を<護法刃>にしなくていい。
俺が君を護るから」
強く抱きしめて、宣言した。
「それと・・・必ず、君を人間に戻してみせる」
それが、僕の誓い。
「・・・いい・・・の?」
「ああ」
まだ不安そうな優夜に、頷く。
「本当に・・・いいの?」
「ああ」
僕の言葉に、優夜は腕の中で泣きじゃくった。
千年の孤独。
それはどんなものだったろうか。
その哀しさと愛しさに、僕は優夜を抱きしめた腕に力をこめた。
そう。
思えば僕は目があった瞬間に囚われていたのだろう。
もはや僕には自由はない。
彼女以外は考えられない。
そして――
僕は大学に休学届けを出し、旅立った。
彼女の願いを叶える。
そのために。
そして、物語は始まる。
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