『奇跡追走曲』movement 02
「悪いな、案内させて」
「いえ。気になさらないで下さい」
祐一はしばらく校内を彷徨っていたが、通りがかった女生徒−リボンの色から見ると1年生だった−を捕まえ、職員室まで案内してもらった。
「ありがとうな。今度、何かごちそうするよ」
「いえ、お気になさらずに。では、ご機嫌よう」
祐一の申し出を女生徒はやんわりと断り、去っていった。
「・・・妙におばさんくさい1年だったなぁ。美人といえば美人だったが」
祐一は誰に言うともなく呟き、職員室に入っていった。
教師に先導され、教室へと歩く。
教室は3階にあった。
「相沢。しばらく待っていてくれ」
担任−石橋はそう言い残し、教室に入っていった。
窓を見下ろす。
校庭が見える。
雪の白に染まった、広いグラウンド。
教室の中から歓声。
歓声は一瞬にして止む。そして満ちるのは、沈黙。
沈黙の後、祐一を呼ぶ声。
「相沢。入ってこい」
祐一は教室に入り、自己紹介。
「東京から来た、相沢・祐一です」
祐一は簡単に自己紹介をすませた。何より、この街に来る前の自分の経歴、そして今住んでいる場所を知られるのは望ましくないことだからだ。
東京圏守護役、という過去の肩書はあまりにも重い。
「よろしくお願いします」
教室を見渡せば、見知った顔があった。
名雪と、美坂・香里。
名雪は軽く手を振っている。
それを見た瞬間、祐一は嫌な予感を感じた。
「相沢。そこの席・・・ああ、そこだ。そこに座れ」
言われた席は名雪の隣だった。祐一は不安が明確な形となっていくのを感じていた。
「・・・・・・」
「祐一。わたし、嬉しいよ」
「・・・そうか」
嬉しそうな名雪に対して祐一の声には力がない。
「祐一は嬉しくないの?」
そんな祐一の様子に気付いたらしく、名雪は不安顔だ。
「いや、嬉しいのは嬉しいんだけどな。知ってる奴がいるのって心強いし」
でもな、と祐一は言葉を続けた。
「俺の立場が問題なんだよなぁ。大体お前の家に居候するの、あまり知られたくないし」
「ごめん、祐一。手遅れ」
言うが早いか、名雪は疾走。
教室を出ていった。
「ごめんって・・・?それに手遅れって何だ?」
「あの子ねぇ」
その問いに答えたのは香里だ。
「貴方が一緒に住むって事、言いふらしてたわよ」
「なっ!」
祐一は絶句。
「まぁ、刺されない様にね」
肩を優しく叩いて香里は去っていった。
「・・・冗談じゃねぇぞ」
祐一は机に突っ伏した。と同時に、石橋の指示。
「おーい、さっさと講堂に行け」
その声に追い立てられる様に生徒たちは講堂へと行き――始業式が始まった。
今日は授業はない。
始業式のみだ。
その始業式も程なく終わり、あとはHRだけとなったが、そのHRもすぐに終わった。
さしたる連絡事項もなく、担任は教室を出ていった。
教室の中を喧噪が支配する。
その喧噪を切り裂く様に、斬馬刀を携えた少年が近づいてきて、祐一に声をかけた。
「お前、相沢・祐一だろう?元東京圏守護役の」
声音は疑問ではなく、確認だ。
「ちょっと付き合ってくれるか?」
楽しそうに、値踏みをする様に祐一を見ている。
「北川くん?」
「また悪い癖が出たわね・・・」
心配そうな名雪と、呆れた様な香里。
「すまないな、俺は男と付き合う趣味はないんだ。どうしてもって言うのならそう言う趣味の奴を紹介してやらないでもないが」
と言いつつ祐一は携帯電話を取り出し、操作していく。
それを北川はあわてて制止。
「誰が俺と恋人になってくれといった誰が!」
「何だ、違うのか」
と言いつつ祐一は携帯電話をしまった。
心底残念そうな顔だった。
「どこに電話をかけようとしてたのか、興味があるわね・・・」
香里はかなり興味深そうな顔だ。
「やめてくれよ本気で・・・。しかし、力が抜ける奴だな・・・水瀬、こいつは昔からこんなか?」
いかにも力が抜けました、といった風な北川に答え、
「うん、祐一は変わってないよ」
とどこか嬉しそうな名雪だ。
「そうか・・・」
北川は咳払い一つ。
「要するに、だ。ちょっと校庭まで来てくれないか、ってことだ」
それに対し、
「ああ。別に構わないぞ。そう言うことなら最初からそう言えって」
ごく自然体で祐一は答えた。
そして互いに頷きあい、廊下へと出る。と、
「北川くん!」
北川を香里が呼び止めた。
「大丈夫だって」
「本気でやらないと貴方・・・負けるわよ?」
香里は真面目な口調だ。
北川はただ一言、
「解ってる」
と言う言葉を残し、校庭へと足を向けた。
その北川を見送り、祐一は廊下の窓辺に寄っていった。
「相沢くん・・・行かないの?」
「これから行くところだ」
言いつつ、窓を開ける。
「まさか・・・?」
「だって俺、道順知らないし」
香里に答え、祐一は窓から跳躍。
――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・大跳躍・成功!
跳ぶと言うよりも、飛ぶ。そして。
――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・大着地・成功!
危なげなく着地。
「祐一、凄いね〜」
名雪は手を叩きそうな風情だ。
「・・・さすがね」
香里はただ驚嘆している。
「でも・・・相沢くんはなんであんな事が出来るの?」
香里の疑問に答える者はいない。
少なくとも、今は。
数分後。
北川が校庭に現れた。
「遅かったじゃないか」
「・・・お前、どうやって?」
北川の目は驚嘆の色に染まっている。
「道順が分からなかったから窓から飛んできた」
「冗談がうまいな、お前」
二人の間を風が飃、と吹き抜けた。
「元東京圏守護役、相沢・祐一。近接格闘師。天狼の字名を持つ男。その実力は東京圏総長をも凌ぐとか。んで、東京圏では負け知らずだったらしいな」
楽しそうに、北川は言葉を続けた。
沈黙を肯定と受け取ったのか、北川は頷き、
「どれだけ強いか見せてくれ」
笑った。
祐一もそれに応え、構える。
「相沢・祐一。舞闘は神楽」
「華音圏第一特務隊長、北川・潤。舞闘は北神逸刀流・・・」
斬馬刀を構え、一言。
「・・・推して参る!」
言うや、奏神具を振り上げた。
「詞変!78万詞階の遺伝詞よ!」
そして振り下ろしつつ、「あ」という一声を放つ。
「あ」は大地を割り、祐一に迫っていく。
「!五行師か!」
「御名答!」
――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
「あれを避けるか!やるじゃないか!」
北川は五行を続けて放つ。
祐一はそれに対抗。
――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
祐一は回避技能を発動、北川の放った五行を回避。
しかし、北川も早い。
祐一の避ける先を見越して五行を放っている。
避けきれない!
「くっ!」
祐一は力を望んだ。
迫り来る五行を砕く力を。
呟く。
力の名を。
「――砕神!」
――祐一・砕神/腕術技能・重複発動・砕神蓄積・成功。
一瞬にして神器が発動する。
振りかぶり――
「砕けぇっ!」
叫びつつ、拳を振るう。
――祐一・砕神/体術/腕術技能・重複発動・砕神一撃・成功!
振るった拳に刻まれた掛詞は「砕」
砕神は五行の意味そのものを砕き、元の大地に戻した。
「ははっ!やるやる!じゃぁ、俺もそろそろ本気で行かせてもらうぜ!」
北川は奏神具を一閃。
斬馬刀から攻、という音色を響き渡らせ――北川は神典を発動する。
<北川:神域・展開/破軍・起動/典詞・詠唱開始>
[振り返ることも許されず
立ち止まることも許されず
ただ一つ許されるのは
駆け抜ける時を観ることだけ]
<北川:交神・時神>
斬馬刀−破軍を構え、振るう。
遺伝詞は書き換えられ、北川の意志に従った。
北川は自己の時間流を制御し、加速をかける。
雪を引き裂きながら駆ける。
(終わり、だな・・・)
身動きしない祐一に落胆しつつ、破軍を薙ぐ。
しかし、その場に祐一は居ない。
――祐一・体術/脚術技能・重複発動・神速・成功!
白を切り裂きながら、祐一も疾走。
その早さは――残像すら生じないほどだ。
ただ、雪が切り裂かれていく。
校舎から見ている者にはその様に見えたことだろう。
しかし、時の神の加護を得た者であるが故か。北川は祐一の姿を捉えていた。
(早い!)
「いきなりなんて奴だ!」
叫ぶ祐一に、笑いかける北川。
「ははっ!面白ぇ!面白ぇよお前!」
笑いながら、その刃を地面に叩き付ける。
世界を刃とするために。
「あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あっ!!!!」
放たれた五行はあるいは大地を、あるいは風を、あるいは光を刃と変えていく。
大地から、空から、背後から。
無数の刃が駆け、吼えた。
荒れ狂う刃の中、祐一は――――笑っていた。
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
祐一は舞う様に北川の放った五行を回避。
刃の欠片が頬を軽く切り裂いたものの、一撃も直撃することはなかった。
「やるねぇ!やるじゃないか!お前、本気で面白ぇよ!」
その様子を見て北川は満足そうだ。
笑いながらも、その眼に真剣な光が宿った。
「早いし、強い!でもな・・・」
再び破軍から吼、という音色が響く。
響きは織られ、神曲を作る。
あとは神曲に典詞を乗せるだけだ。
<北川:神域・展開/破軍・祈導/典詞・詠唱開始>
[想いは紡がれ 記憶は織られ
時は流れる 惑うことなく
願い 憎しみ 欲望さえも
時の流れに 朽ち果てる
響き渡れ 天蓋に
時を織りなす 久遠の歌]
<北川:降神・時神!>
「俺は時間の外に立てるんだよ・・・!」
限定的だけどな、と呟きつつ破軍を下段に構える。そして。
振るう。
北川の意志に従い、時間流は凍り付く。
凍り付いた時間の中、動いているのは北川だけだ。
「反則、なんて言うなよ。これが俺の力だからな」
呟きながら、駆け寄る。そして。
「じゃあ、な」
破軍を振り上げ――
振り下ろす。
しかしそこには祐一は居なかった。
――祐一・体術/脚術/回避技能・重複発動・回り込み・成功!
「何!まさか!」
「悪いな。俺には神典は効かないらしいぜ!」
北川は振り向いた。
――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・強撃・成功!
と同時に祐一の拳が突き刺さる。
「・・・何だ、これは?神典じゃない・・・?」
倒れる北川に、
「技能ってんだ。憶えとけ」
拳を振り抜いた体制のまま、祐一。
そのまま手を伸ばしながら。
「俺の神典はな、神典の破壊だとさ」
「奇跡を否定する奇跡、かよ。矛盾してるな」
「俺は矛盾都市から来たんだぜ?なら、この程度は予想の範囲だろ」
「にしても非常識すぎるぞ」
「余計なお世話だ」
憮然として、祐一。
そんな祐一に北川は更に問いかけた。
「それと技能ってったっけ?なんでそんな物が使えるんだ?」
「おかしな事を言う奴だな。俺は一通りの神器に技能を学んできたんだぜ?使えないはずがないだろう」
何を当たり前のこと訊いてるんだ、といった風な祐一と対照に、北川は釈然としない顔だ。
「しかし・・・この街では神典以外の力が使えるはずはないのに・・・」
「一回身につけたものが使えなくなるはずが無いだろう?」
「矛盾だ・・・」
納得出来ない、といった顔で、北川。
北川に笑いかけながら祐一は言葉を紡いだ。
「だから言ったろ?俺は矛盾都市から来たって」
「無茶苦茶だな。喧嘩売るのやめときゃよかった」
苦笑しつつ。北川は祐一の手を取った。
そして人懐こい笑いを浮かべながら一言。
「華音圏第一特務隊長の北川・潤だ。よろしくな」
祐一も応えて、
「元東京圏守護役の相沢・祐一だ。よろしくな」
「知ってる」
「いや、でも名乗られたら名乗り返さないと」
そんな祐一に北川は笑いながら、一言。
「変な奴だな、お前」
祐一は掴んでいた手を離した。
北川の体は重力に従い落下し――後頭部を痛打。
とても、とても良い音が響いた。
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