『奇跡追走曲』movement 03
祐一は気持ちよさそうに気を失っている北川を見下ろしていた。
「・・・ぐあ。こいつが気を失ったら俺、教室に帰れないじゃないか!」
とりあえず頭に一撃。
しかし北川は起きない。
2発目。
北川は起きない。
「・・・むしろ更なる眠りの世界に叩き落としてる様な気がする」
祐一は嘆息し、仕方ない、と呟き――技能を発動した。
――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・大跳躍・大成功!
体重を感じさせない動き――いや、翼があるかの様に祐一は跳躍し、校庭に来たときとは正反対に窓から廊下に入ったのだが、廊下に降りた途端、名雪に飛びつかれた。
「祐一、凄いね!」
――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
「祐一、なんで避けるの?」
振り返った名雪は祐一を睨んでいる。
「おお」
「おお、じゃないよ〜酷いよ〜」
名雪が拗ねているが、祐一は別の女生徒の視線に反応していた。
「香里か。何か訊きたいって顔だな」
「・・・相沢くん、なんであんな事が出来るの?」
「は?」
相手を威圧する様な香里に対して、祐一は何を言っているんだこいつは、という顔だ。
「神典も使わずに窓から飛び降りたり、北川くんと互角に戦ったり」
「なんでって・・・技能を使っただけだぜ?別に変じゃないだろ?」
「その事自体がおかしいのよ。なんで相沢くんは技能とか神器を使えるの?」
まるで詰め寄る様な香里。
「この街はね、相沢くん・・・技能も神器も存在出来ないのよ」
「一度身につけたものが使えなくなるはずはないだろ?」
「・・・あたしはこの街に入った瞬間、神器も技能も使えなくなったわ。その代わり神典を使える様になったけど」
香里のその言葉に驚愕しつつ、祐一は言葉を重ねた。
「・・・俺が矛盾都市から来たってのは知ってんだろ?」
「矛盾の力・・・そうかも知れないわ。でもね」
香里は祐一の目を見据えた。
そして一言。ただ一言だけ残して、立ち去った。
「あたしも――矛盾都市から来たのよ」
祐一は呆然として――その言葉の意味を噛み締めながら、香里を見送った。
「ならば――香里も矛盾の力を持っている?」
疑問。
疑問は既に抑えようが無くなっている。
香里が矛盾都市の住人ではなかった――すなわち、矛盾の力を持っていなかったのなら、祐一がこの街で神器や技能を使えるのは矛盾の力を持っているからだ、と納得するだろう。
しかし、香里も矛盾の力を持っている――いや、持っていた。ならば。
『なぜこの街で神器や技能を使えるのか』
それは強い疑問になるだろう。
「どういう・・・事だ・・・?」
自分に問いかける。
「何故俺は――俺だけが技能も神器も使えるんだ?」
頭痛――耐え難い頭痛が祐一を襲った。
――祐一・心理技能・発動・自己制御・失敗。
祐一はそのまま――意識を失った。
「祐一!ゆういち!」
名雪の声が遠くで響いていた。
微笑っている匪天の少女。
「また、明日ね」
その言葉を残し、彼女は翼を広げて飛び立つ。
赤い空へと。
高く、高く。
祐一は少女――あゆを見送った後、さよならを言って森から出ていった。
夕日に長く伸びた影が手を振っていた。
「また明日」
そんな言葉とともに。
「・・・夢、か」
気が付けば祐一は保健室のベッドで寝ていた。
「・・・よく寝た」
さっきまで見ていたはずの夢。その記憶はない。
「ま、夢だし」
気にならないと言えば嘘だったが、祐一は頭を振って起きあがった。
「・・・足が動かん」
見れば名雪が眠っていた。
「くー」
とりあえず無駄だとは思いつつ声をかけてみる。
「名雪。おーい、名雪」
「くー」
「やはり無駄だったか」
どのくらい気を失って――または、眠っていたのか。時計を見れば、あれから30分ほど過ぎていた。
「・・・・・・」
足を引き抜けば、名雪の頭がベッドに沈んだ。
祐一はしばらく観察。
「くー」
まだ寝ている。熟睡に近い様だ。
「こら名雪、起きろ!」
頭を軽く叩いてみる。
「うにゅ」
目を擦りながら名雪は頭を上げ、あっちを見、こっちを見した後、祐一の姿を認めて大声を上げた。
「祐一!」
「ああ。祐一だぞ」
「心配したよ」
「の割にはよく寝てたな」
祐一が茶化すと、名雪は不満そうな顔でうーうー唸った。
「悪い。心配かけたな。もう大丈夫だから」
出来るだけ元気そうな声で言う。
「でも心配だよ」
しかし名雪は不安そうな顔だ。
「大丈夫だって。こんなんでへばってたら東京圏守護役なんて務まらなかったっての」
言いながら、祐一は苦笑。
「そう・・・なら、わたしは部活に行くけど・・・」
名雪は心配そうな顔をしている。
「祐一。まだ調子悪いみたいだし、調子が戻るまで待っててもいいよ」
「大丈夫だって」
笑顔を見せる祐一に名雪は、
「でも祐一。昇降口の場所、分かる?」
心配そうな名雪だったが、祐一の
「失礼な。昇降口くらい一人でいける」
という言葉を信じたのだろう。じゃぁわたしは行くね、と言って部活に行ってしまった。
しかし10分後。
「・・・・・・昇降口はどこだ?」
祐一は結局迷い――気が付いたら1階の廊下にいた。
「そして俺はまたもや迷ったわけだ」
呟く。
「どうする、俺?」
途方に暮れた。
「教室に戻るにしても・・・どこが俺の教室かわからん」
吐息。
「どうされましたか?」
振り向けば、朝の1年生だ。
「あれ?」
「あ、貴方は」
「ああ、朝はありがとうな」
「いえ・・・それより、どうなさったのですか?」
首を傾げて、訊いてくる。
祐一の答はただ一言。
「迷った」
「は?」
「だから、迷った」
「またですか」
無表情のようだが、口元が笑っている。可笑しかったらしい。
祐一は溜息をつきながら悩みを口にした。
「ああ、まただ。明日も明後日も迷うんだろうなぁ・・・」
その言葉が引き金となった。
「すみません・・・!」
女生徒は背中を向けた。
「おい?」
見れば、背中が小さく震えている。
「・・・そこまで笑うことはないだろう」
祐一は憮然としている。
女生徒は振り向き、涙を拭いながら、
「すみません。本当に可笑しかったもので・・・」
と言いつつ、ふふ、と笑った。
女生徒は、これも何かの縁ですね、と呟いた後、
「私は天野・美汐と申します。よろしくお願いいたします」
自己紹介。祐一もそれに応えた。
「俺は相沢・祐一だ。まぁ、よろしく」
自己紹介を終えたちょうどそのとき。
「美汐〜!何やってるの〜!」
祐一の背後から誰かが駆けてくる気配。
「振り向けば謎の女生徒がそこにいた」
「美汐。こいつ、何?」
髪をツインテールに結んだ、気の強そうな少女が胡散臭そうな眼で祐一を睨んだ。
「・・・相沢さん、状況を口にするのは如何なものと思いますが。それと真琴。失礼ですよ」
やれやれ、といった風情で美汐は苦笑。しかし祐一は平然としたものだ。
「気にするな。俺も気にしてないから」
しかし、あいざわ、という名を聞いた瞬間。
少女――真琴は攻撃的な視線を祐一に放った。
「あいざわ・・・下の名前は?」
「は?」
「あんたの下の名前よっ!」
「祐一だが?」
「あいざわ・・・ゆういち・・・?」
祐一の名前を反芻する真琴。
その瞳に次第に憎しみにも似た光が宿っていった。
「ああ」
「・・・あなただけは」
眼が、光る。
「赦さないから!」
腕が風を切り裂いた。
早い。
――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
「この!避けてんじゃないわよ!」
「避けるっての!」
繰り出される拳は空間をも切り裂くかの様だ。
目は金色に輝き、祐一の命を狙っている。
「その眼・・・異族か」
真琴は縦長の瞳孔を持つ、獣の瞳で祐一を見据えた。
「だからどうしたって言うのよぅ!」
<真琴:神域・展開/飛雲・起動/典詞詠唱・開始>
[全ての者は牙を持つ
守るためにあるいは闘うために
運命に抗うそのために
未来を切り開くそのために]
<真琴:交神・牙神>
真琴の奏神具、飛雲は鈴の形状だった。鈴から流れる音色に乗せ、真琴は神典を起動し、
その両腕に牙持つ神を宿した。そして振るわれた腕は空間の遺伝詞を獣の牙に書き換えていく。
餓。と――咆吼。
「うわ、危ねぇなぁ!」
――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
避けつつ祐一は力の名を呟く。
ただ、呟くだけで力は生じるから。
「――破神!」
破神はすぐに生じ、四肢に宿った。
「――砕!」
振るわれた拳は慈悲の欠片もなく牙を砕く。
あとには破壊された神典の残滓が残るだけだ。
「あぅ〜!なんでぇ〜!?」
悲鳴を上げながらも少女は腕を振るい、振るわれた軌跡に従い生じた牙はその鋭さを増していく。
しかし不可視の牙は、
餓
と振るわれるその度に、
壊
と打ち砕かれていく。
「あぅ〜!」
自棄になったのか。真琴は腕を振り回しはじめた。
牙は見境無く襲いかかってくる。
避ける隙間さえ無いくらいに。
牙は神典を起動した、真琴さえも切り裂こうとしている。
「・・・どうしようもねぇなぁ」
祐一は破壊神の宿った四肢を縦横無尽に振るった。その姿はあたかも破壊の舞を舞っているかの様だった。舞踏の王――ナタラージャの如く。
全ての牙を砕いた後、祐一は少女の方を向いて憮然とした顔を見せていた。
「・・・大体なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ?」
理不尽な、と呟く祐一に対して少女の眼は冷たさを宿している。
「祐一・・・忘れたの・・・?」
その眼に宿ったのは、怒りか。
或いは、喩えようのない悲しみか。
少女の目に宿った光を見た祐一は何かに気付いた様に、驚愕と共に言葉を発した。
「お前・・・ひょっとして」
「そうよっ」
「誰だ?」
「なによぅ、それはっ!」
腕が振られ、牙が生じる。
牙をひょいと避けて、祐一。
「ハハハハハ。ボクガキミヲワスレルワケナイジャナイカ」
「じゃぁあたしの名前言ってみなさいよぅ!」
「殺村凶子」
「あんたわあっ!」
膨れあがる殺気。
――祐一・心理技能・発動・威圧反射・成功。
しかし祐一は殺気を受け流して少女に近づいていった。
そして笑いながら、告げた。
「馬鹿。忘れてる訳無いだろう・・・真琴」
「なによぅ・・・覚えてるじゃない・・・」
「お前、泣いてるのか?」
「泣くわけないじゃない!なんであたしがあんたのために泣かなきゃいけないのよぅ!」
少女――真琴は涙を拭った後、
「とにかく・・・」
祐一を見据えて、
「これで勘弁したげるわよっ!」
思い切り殴りつけた。そして、今度は嬉しそうな声で。
「お帰りなさい、祐一」
そう言いながら、祐一に抱きついた。
祐一は殴られた頭を気にしながらも告げていた――ごく自然に、真琴の頭を撫でながら。
「おう。ただいま、真琴」
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