『奇跡追走曲』movement 04





 つい先日まで守護役などという役職にいたせいだろうか。祐一は眠れずにいた。
「寝るに寝られん・・・」
 呟きながら、ベランダに出る。と――月が出ていた。
 真円に近い、銀色の月。
「いい、夜だな・・・」
 祐一は呟き――月に誘われる様に街へと出かけた。
「危ないことをしたらいけませんよ?」
 と言って笑った叔母の顔を思い浮かべながら祐一は苦笑。
「危ないってってもなぁ・・・」
 呟いた後、自分がこの街を甘く見ていることに気付き、気を引き締める。
「そうだな。いくら守護役だったからと言って――気を抜くのは危ない」
 そして。
 ――祐一・脚術技能・発動・疾走・成功・
 疾走する。
 ――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
 人を避けながら。
 ――祐一・脚術技能・発動・跳躍・成功。
 或いは飛び越え。
 ――祐一・体術/脚術技能・発動・疾駆・成功
 速度を上げていく。最後に。
 ――祐一・体術/腕術/脚術技能・発動・大跳躍・大成功!
 5m以上はあるだろう壁を飛び越え、
 ――祐一・体/腕術/脚術術技能・発動・大着地・大成功!
 着地。
「鈍っちゃいないな」
 思い出す。
 つい先日まで――即ち、東京圏の守護役だった頃を。
「何だかなぁ・・・」
 呟きながら、自分の拳を見る。
 望むだけで湧き上がってくる力。
 それは和解動乱の時の『彼』の力に似ていた。
 しかし――どこかが違う。彼の力とは違う力であることを祐一は感じていた。
「騒音の領主、か・・・」
 彼は神器を用いずにあらゆる神器を用い、全ての技能に通じていたという。
 祐一自身、自分の力は騒音の領主と同様のものだと考えたこともあった。事実、そう言ってくる者も数多くいた。しかし、何かが違うのだ。
「俺は騒音の領主じゃない」
 確かに祐一は殆どの神器を扱える。技能も用いることが出来る。
 しかし――それは騒音の領主の力ではない。
 祐一はそう確信していた。
 理由など無い。根拠など無い。
 強いて言うなら只の直感である。
「じゃぁ、俺の力は・・・何だ?」
 疑問を一瞬で消す。
「あいつを守れるのなら――取り戻せるのなら、どんな力でも・・・構わない」
 しかしその思考は更なる、そして異質な疑問を生んだ。
「あいつ――?誰の・・・ことだ?」
 頭痛。
 頭痛に囚われる。
 逃げようのない頭痛。
 しかし、頭痛は一瞬にして消え失せた。
 消したのは音。硬質な何かがぶつかり合う音。闘いの音だ。
 ――祐一・聴覚技能・発動・聞き耳・成功。
「こっちか!」
 ――祐一・体術/脚術技能・発動・疾駆・成功。
 祐一は走りながら、高揚していく心を感じていた。
 ――祐一・視覚技能・発動・索敵・成功。
「・・・いた!」
 そこにいたのは二人の女生徒と10体の妖物。
 女生徒の一人は刀の形状の奏神具を、もう一人は杖状の奏神具を携え、妖物に対峙している。
「守護役、なのか?」
 呟きながらも疾走。
「舞!来る!」
 杖を持った少女が刀を持った少女――舞に鋭く呼びかけ、
「佐祐理・・・解ってる」
 舞は短く神術師の少女――佐祐理に答えて。
 神典を発動した。

<舞:神域・展開/不知火・起動/典詞・詠唱開始>

[闘う術は誰にでもある
    心の刃がある限り
  自ら捨て去らない限り
     戦いの神は守護を与える]

<舞:交神・武神>

「・・・!」
 神典を付与された斬撃は妖物の甲殻をものともせず、あっさりと切り裂いた。
 舞は返す刀で空間を薙ぎ――斬られた空間は断層を生んだ。
 そして妖物は為す術もなく崩れ落ちた。
「全ての物を斬撃・・・か」
 思わず立ち止まり、闘いの行く末を見る。
 続けて佐祐理も神典を起動。

<佐祐理:神域・展開/雲英・起動/典詞・詠唱開始>

[きらりきらりと光の糸
    輝く未来を紡ぎ出し
  ゆらりゆらりと月の糸
     久遠の夢を編み上げて]

<佐祐理:交神・煌神>

 杖から放たれた光条は妖物を貫き、無害な遺伝詞に分解していく。
「こりゃぁ俺の出る幕はなかったかな?」
 祐一は立ち止まろうとして――
 ――祐一・回避技能・自動発動・緊急回避・成功。
 回避。
 どうやら妖物の一匹が空間を渡ってきたらしい。
「おお、危ねぇ危ねぇ」
 祐一は破神を起動しかけて――止めた。祐一の神典、破神の効果は『神典の破壊』である。すなわち、神典以外には何の意味も持ち得ない。
「便利なんだか不便なんだか・・・」
 ぼやきながらも力を望み、力の名を呟く。
「――凍神!」
 呟きと同時に祐一の拳は凍気を纏った。
 ――祐一・凍神/腕術技能・重複発動・凍神蓄積・成功。
 祐一は体を落とし、軽く構えた。
 構えながらも右の拳に宿る凍神の詞階を高めていく。
 もはや拳に宿るのは凍気の嵐だ。
 吹き荒れる凍気は周囲の遺伝詞を凍て付かせていく。
 風。
 大地。
 全てを凍て付かせていく。
 凍て付く大気越しに、
 凶!
 と妖物が吠え、祐一を恫喝するが祐一は動じない。
 動じない祐一に痺れを切らしたのだろう、妖物は飛びかかるが――
 ――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
 祐一は危なげなく回避。そのまま遺伝詞さえも凍て付かせる拳を妖物に叩き付けた。
 ――祐一・凍神/腕術技能・重複発動・凍神一撃・成功。
 ガラスの砕けるような音とともに妖物は瞬時に凍て付き、砕け散った。
 その砕ける様を見ながら、祐一は呟いた。
「神器の力が――上がっている?」
 東京圏で凍神を使ったときは、凍らせてから砕いていた。しかし、さっき振るった凍神は妖物を凍らせ、あまつさえ粉砕した――祐一の拳が触れる前に。
「少なくとも160万詞階。俺が扱えるのは60万詞階程度の筈。これはどういう――ことだ?」
 疑問符。
 しかしその疑問に答える者はない。
 代わりに記憶が甦る。
 耐え難い痛みを伴う記憶。
 しかし、取り戻さなければならない記憶が。

『あゆあゆじゃないもん!』

 吹き荒れた。

『これ、雪うさぎって言うんだよ』

 痛みが走る。

『魔物が来るの』

 その痛みに耐えながら、記憶を制御する。

『待ってるからね!帰ってこなかったら酷いんだからね!』

 封印された過去の記憶が甦ってくる。

「泣かないで・・・お願いだから・・・」

 しかし――その声を認識した瞬間、祐一の意識は浮上した。
「――――!」
 荒い息を吐く。心臓は激しく動いている。
 傍目から見たら妖気に当てられた様に見えたろう。 
「・・・大丈夫?」
「あはは〜大丈夫ですか〜?」
 見上げれば妖物と闘っていた女生徒――舞と佐祐理がそこにいた。
「・・・大丈夫だ。余分なことかも知れなかったけどな。とりあえず消しといたぞ」
「・・・そう。でも、無茶はいけない」
 舞の声に感情は無いように思えた。
 しかし、その声には明らかに気遣う様な色が見えた。
「無茶って・・・」
「妖気に当てられたから苦しい筈ですよ。め、です」
 その体には不釣り合いなほど巨大な杖を携えたまま、佐祐理が叱りつけた。
「めって・・・違うって」
 言いながら祐一は苦笑。
「はぇ?でも、調子が悪そうですよ?」
「いや、ちょっと昔のこと思い出してただけだ」
 苦笑しながら否定する祐一だが、
「はえ〜そうなんですか〜。佐祐理は勘違いした様ですね〜」
 と佐祐理。もう一人は、
「それならいい。でも、今度からは気を付けた方がいい。この街の魔物は強いから、生半可な腕じゃ殺されるだけ」
 と、にべもない。
「ひょっとして俺、嫌われてる・・・?」
 思わず情けない表情になった祐一であったが、
「あはは〜。舞はね、あなたを心配してるんですよ〜」
 と言う佐祐理の台詞にほっとした。しかし舞は、
「・・・佐祐理」
 佐祐理の頭をチョップで叩いた。
「あはは〜照れちゃ駄目ですよ〜」
 そう言って笑う佐祐理の頭に舞は連続チョップを浴びせかけた。
「痛い痛い、痛いですよ、舞」
 じゃれてるようにしか見えない二人をぼんやりと見つめた後、祐一は正気に戻り――
「・・・俺、帰るわ」
 気を抜かれた表情で立ち去ろうとしたが――
「まだ逃げちゃ駄目ですよ〜」
 佐祐理に捕まった。思わず振り返る祐一に、
「おうちに帰るのは自己紹介してからです」
 と、佐祐理はあくまでも呑気だ。
 そしてえへん、と胸を張りつつ、自己紹介を開始。
「華音圏守護役補佐、倉田・佐祐理です。よろしくお願いしますね〜」
「・・・華音圏守護役、川澄舞」
「相沢・祐一だ」
「あはは〜じゃぁ祐一さんですね〜」
「ああ。そう呼んでくれていい。こっちもそう呼ぶから。佐祐理さんと・・」
 舞さん、と言いかけた瞬間。
 祐一・心理技能・発動・視覚探知・成功。
 舞と目があった。
「・・・」
 ずっと見つめていたらしい。舞の瞳に宿っているのは驚愕。そして歓喜だ。
 ――祐一・心理技能・自動発動・記憶制御・成功。
 思い出す。
 麦畑。
 魔物が来ると叫んだ舞。
 力。
 約束。
 約束。
 ――約束!
「お前・・・舞、なのか・・?」
「祐一・・・帰ってきた・・・帰ってきてくれた・・・」
 舞は泣き出し――祐一に抱きついた。
「ああ、もう。泣くな」
「ぐしゅぐしゅ・・・無理」
「仕方ねぇなぁ・・・舞は」
 祐一は苦笑しながら舞の頭を撫でた。
 そうされていると安心したのだろう。舞はいつしか泣きやんでいた。
「はえ〜。舞と・・・祐一さんはお知り合いだったのですね〜」
「ああ。忘れてたけど、つい今思い出したんだ」
 思わず正直に言ってしまう祐一だったが、舞はその言葉を聞き逃していなかった。
「祐一、酷い」
「酷いって・・・」
 困惑する祐一を舞は睨む様に見つめている。
「忘れてたなんて酷い・・・ぐしゅぐしゅ」
「そうですね〜酷いよね〜」
 舞の頭を撫でながら佐祐理はめ、と祐一を叱った。
「・・・俺が悪かったです」
 二人ががりで責められ、祐一はただ謝るしかなかった。
「ぐしゅぐしゅ・・・」
 しかし舞は泣きやまない。
「・・・どうすれば泣きやむんだ?」
「ぐしゅぐしゅ・・・牛丼・・・」
 泣きながら睨む舞。
「そうですね〜祐一さん、ごちそうになりますね〜」
 にっこりと笑う佐祐理。
「ぐあ・・・解った、解ったよ!」
 最早祐一が残された選択肢はただ一つ。
 この二人を連れて牛丼屋に行く事だけだった。


「おかわり・・・」
「ぐあ、またか・・・?」
 3杯の牛丼を食べたにも関わらず、舞は更に牛丼を頼んだ。
「もうそろそろいいだろ?」
 と引きつった笑顔で祐一は言うが、
「足りない」
 と舞はすげない。祐一は思わず
「俺の財布が持たないっての!」
 と叫びかけたが――舞はまた泣き出しそうになっているのに気付いた。
 こんなところで泣かれたらどうなるか。その危険性故に祐一は口を閉ざした。
「あ、舞。良かったね〜」
「・・・」
 無言で頷く舞の隣。佐祐理はにこにこと笑っている。舞と同様、佐祐理も牛丼3杯を既に食べている。しかし、
「佐祐理もおかわりお願いしますね〜」
 笑いながら注文。
 無敵であった。
「・・・好きにしてください」
 祐一はそう呟き、カウンターに突っ伏した。
 舞と佐祐理はその後それぞれ2杯ずつ牛丼を食べた後、守護役の役目の続きをするために街中に去っていった。
「・・・また明日」
「祐一さん、また明日お会いしましょうね〜」
 と言い残し。
 祐一は財布の中身を見、蒼くなっていた。が、
「ああ。また明日な、舞。佐祐理さん」
 迷うことなく告げていた。





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