『奇跡円舞曲』movement 01





『朝〜朝だよ〜朝ご飯食べて学校行くよ〜』
「む・・・」
 目覚まし時計を止めながら、祐一は呟いた。
「因縁が絡んでいる、か・・・」
 名雪。
 あゆ。
 真琴。
 舞。
 彼女たちとの再会。
 栞。
 香里。
 美汐。
 佐祐理。
 彼女たちとの邂逅。
 しかし、足りない。
 何が、と問われても答えることは出来ない。
 解らないからだ。
 いや、記憶がないと言うべきだろうか。
 彼女たちとのことは記憶の奔流から断片的に思い出せたに過ぎない。
 重要なことはまだ思い出せていない――思い出せないのだ。
「自分でどうにかなるもんでも・・・なさそうだな」
 嘆息。
 しながら着替え、階段を下りかけ――途中で思い出す。
「そーいやもうすぐか・・・?」
 祐一は身構えた。
 1分。
 2分。
 3分。
 音は来ない。
 首を傾げつつ、階段を下り、食堂へ。
「おはようございます、祐一さん」
「おはようございます」
 言いながらも祐一は周囲を見回した。
 ――祐一・視覚技能・発動・探査・成功。
 名雪の姿はない。
 そのことを疑問に感じ、祐一は秋子に問いただした。
「秋子さん。名雪は?もう起きたんですか?」
「ええ。朝練だそうです」
 あっさりとしたその答に、祐一は拍子抜けした。
「じゃあ・・・頂きます」
 今日はゆっくりと出来そうだ。
 そう思いながら祐一は皿の上のパンに手を伸ばした。
「ジャム、ありますけど?」
 ――祐一・心理技能・発動・衝動抑制・成功。
「祐一さん?」
 ――祐一・心理技能・発動・威圧反射・成功。
「いえ・・・バターでいいです・・・」
 祐一はなんとかそれだけを口にした。
「そうですか。残念です・・・」
 残念そうに――本当に残念そうにオレンジ色のジャムを戸棚に仕舞う秋子に戦慄を憶え、祐一は食べかけのパンを口に突っ込んだ。
 そしてコーヒーで流し込み――
「じゃあ、行って来ます!」
 飛び出した。
「行ってらっしゃい」
 秋子の声に送られて、疾走。
 ひたすら、走る。
 ――祐一・体術/脚術技能・重複発動・疾駆・成功!
 残像さえ残さずに。
 ――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・神速・成功!
 走る。
 そして。
「危なかった・・・」
 祐一は商店街に入ると同時に呟いた。
「また倒れるのはごめんだからな・・・」
 と同時に。
 ――祐一・心理技能・発動・殺気感知・成功。
「秋子さん、すみません」
 悲鳴にも似たその言葉と同時に殺気は消えた。
 それに安心し、呟く。
「・・・良かった」
 心からの安堵。
 その呟きを引き裂く様に、声が響いた。
「あっ!祐一くんだぁっ!」
 ――祐一・回避技能・発動・回避・成功。
 同時に、擦過音。
 その意味に気付き、祐一は思わず呟いた。
「あ」
「避けたぁっ!祐一くんが避けたぁっ!」
 あゆはばね仕掛けの人形の様に飛び起きた。
 そのまま、掴みかかる様な勢いで祐一に詰め寄っていく。
「すまん。つい」
「すまん、つい、じゃないよぉっ!」
「うぐぅ。酷いよ、酷いよ・・・」
 祐一は仕方ないなぁ、と苦笑。
 あゆに話しかけた。
「じゃぁもう一回来い。今度は避けないから」
 さあ来いと構える祐一と、まだ拗ねているあゆ。
「避けちゃ嫌だよ?」
「解ってる」
「じゃあ、行くよ?」
「おう。来い」
 あゆは深呼吸一つ。
 そして。
「本当に避けちゃ嫌だよ?」
「ええい、とっとと来いっ!」
 祐一のその叫びと同時に、あゆは空に。
 羽根で風を打って、祐一の方へと。
「祐一くんっ!」
 飛びつこうとしたのと同時に、祐一に声が掛かった。
「あ、祐一さんです〜」
「佐祐理さんか?」
 ――祐一・視覚技能・自動発動・視線察知・成功。
 祐一は呼び声と視線に無意識のうちに反応し――
 その結果あゆは祐一の脇を掠めて――
 再び、擦過音。
「あ」
「避けたぁっ!祐一くんがまた避けたぁっ!」
 再びばね仕掛けの人形の様に飛び起きるあゆ。
 見れば鼻の先が赤い。
「す、すまないあゆ。今度こそ俺が悪かった」
 冷や汗を垂らす祐一。
「酷いよ祐一くん!」
 睨み付ける――しかし、その幼い容貌のため、怖いと言うよりもむしろ可愛らしいのだが――あゆ。
「祐一さん・・・なんて酷い」
「祐一・・・酷い」
 僅かに顔を顰めている佐祐理と、半眼で祐一をみる舞。
 彼女たちのそんな目に耐えきれず。
「佐祐理さんも舞もそんな目で見ないでくれっ!不幸な事故だっ!」
 祐一は悲鳴を上げた。しかし。
 ――祐一・話術技能・発動・説得・失敗。
「事故ですか?」
「・・・事故?」
 あゆはもとより、佐祐理と舞も信じていない。
 だから。
「事故ですっ!ほらあゆ、お前も事故だって言ってくれ!」
 あゆにその標的を移し――
「あれは・・・」
「たいやき、奢ってやるから」
 祐一・話術/心理技能・重複発動・説得・成功。
「うぐぅ、なら事故という事にしてあげる・・・」
 何とか成功した。
「・・・良かった」
 祐一の安堵の溜息をついたが、
「祐一さん。そろそろ学校行かないと遅刻しますよ?」
 という佐祐理の言葉に驚愕した。
「嘘でしょ、佐祐理さん?」
 その祐一の問いに答えるように、舞はある方向を指さした。
 ――祐一・視覚技能・発動・状況把握・成功。
「馬鹿なっ!」
 時計の長針は2を指している。
 即ち。
「走らないと・・・遅刻か?」
 溜息。
「・・・行くか」
 呟き、技能を発動。
 ――祐一・心理技能・発動・記憶再生・失敗。
「ぐあ!道、忘れた・・・!」
 悲鳴を上げる祐一に、佐祐理は笑いながら提案した。
「あはは〜。じゃぁ、佐祐理たちと一緒に行きましょう〜」
「・・・祐一も一緒に行く」
 と、舞も祐一の腕を掴んだ。
「すまない、ちょっと待っててくれるか?」
 舞の腕をゆっくりと解き、祐一はきょとんとしているあゆに話しかけた。
「あゆ、俺はもうそろそろ学校に行くけど・・・」
 祐一のその言葉にあゆはすぐさま反応。
「祐一くん、たい焼きはっ!?」
 すぐ奢ってもらえるものと思っていたらしい。祐一は苦笑。
「すまん。今度にしてくれ・・・」
「うぐぅ・・・」
「今、持ち合わせがないんだよ。お金降ろしとくから」
「うぐぅ・・・約束だよ」
 しかしまだ不満そうだ。祐一は笑い、短い言葉をあゆに渡した。
「ああ。約束だ」
 ただそれだけ。
 しかし、あゆは納得したらしい。
 祐一は約束は破らない。
 そのことを知っていたからだろう。
「じゃぁ、ボクも行くねっ!」
 その言葉を残し、あゆは翼を広げた。
 そして、空へ駆け上がろうとしたが――
 祐一は気付いた。
 あゆの向かう方向。
 学校とは方面が違う。
「あゆ・・・お前、学校は?」
「ボクが行かなきゃいけないのはこっちなんだ・・・」
 ――祐一・心理技能・発動・表情読解・成功。
 今は何も聞かないで欲しい。
 あゆの表情はそう言っていた。
「訳あり、みたいだな」
 呟く。
 これ以上は何も聞かない。
 そんな掛詞を込めて。
 しかし、あゆは複雑そうな――そして、寂しそうな笑みを浮かべた。
「うん。ボクにはやらなきゃいけない事があるから・・・」
 槍型の奏神具――久遠を手に。
 あゆは翼を広げた。
「おう。じゃぁ、またな」
「うん!」
 祐一はあゆに背を向け、舞と佐祐理の待つ場所に駆けていった。
 あゆはそんな祐一を見送りながら呟いた。
「・・・ごめんね。祐一くん、ごめんね・・・」
 そして翼で強く風をうち、飛び立った。
 向かうのは、森。
 風に乗り、あゆの涙の雫が散った。





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