『奇跡円舞曲』movement 04





 教室に入れば、石橋は既に来ていた。
「相沢。遅刻だぞ」
「すみません・・・」
 頭を下げる。
 弁解はしない。理由を言わない方が良いだろうと判断したからだ。
 総長に呼ばれた。
 そのことの意味は今のこの街ではあまりにも重い。
「・・・まぁいい。席に着け」
 はい、と答えながら席に着く。
 と同時に、北川が声を掛けてきた。
「相沢」
「ん?何だ、北川?」
「総長に呼ばれてたんだろ?」
 ああ、と短く答えると北川は妙に爽やかな笑みを浮かべて問いかけた。
「嫌な奴だろ?」
 祐一は苦笑。
「おいおい第一特務隊長。自分とこの総長を嫌な奴とか言うか?」
「嫌な奴だからしょうがないだろうが。・・・まぁ、奴は奴なりにこの街のことを憂いてるんだろうだけどな」
 そう言って肩をすくめる。
 祐一にも解っていた。
 久瀬もこの街を案じている人間であることに。
「それは・・・解るけどな」
 そう、解るのだ。
 解りすぎるくらいに解るのだ。
 久瀬は久瀬なりに本気でこの街のことを思っている。
 しかし・・・
「その手段が気に入らないんだよなぁ・・・」
 呟きながら、机に突っ伏す。そしてそのまま。
「・・・寝やがった」
 呆れながら、北川。
「じゃぁ俺も」
 そしてそのまま就寝。
 名雪は、と言えば――
「くー」
 既に寝ていた。


 午前の授業終了のチャイムとともに、3人は覚醒した。
「祐一、昼休憩だよ」
「何ぃ!そうだったのか!」
「うん、そうなんだよ」
 どこか、間の抜けた会話を繰り広げる祐一と名雪。
「・・・・・・はぁ」
 それを見て香里は思わず溜息をついて。
「・・・・・・不思議なテンションだ」
 北川はまだ眠そうに欠伸をひとつ。
 そして祐一は香里の呆れてしまいましたと言わんばかりの溜息に反応。
「どうした香里、溜息なんかついて」
「呆れたのよ」
「それは俺にか?それとも名雪にか?」
「両方よ」
「なるほど納得」
 頷きながら、窓の外を眺める。
 と。
 不意に――
 中庭。
 中庭で、人影が動いていた。
「ん?」
 ――祐一・視覚技能・発動・遠隔視・成功。
「あいつは確か・・・」
 気になった。
 どことなく。
 だから、と言うわけではないが祐一は――
「あ。俺ちょっと用事が出来た」
 言い残し、窓から身を躍らせた。
 と。
 ――祐一・視覚技能・自動発動・動体認識・成功。
 着地予定地――花壇の脇に、人影。
「!」
 ――祐一・体術技能・発動・姿勢制御・成功!
 体の向きを変え。
 ――祐一・脚術技能・発動・蹴撃・成功!
 壁を蹴り。
 ――祐一・体術技能・発動・姿勢制御・成功!
 再び体制を整え。 
 ――祐一・脚術技能・発動・着地・成功!
 降り立つ。
「無茶苦茶な奴だな」
 半ば呆然と、北川。
「・・・窓から飛んできたってあれも嘘じゃなかったんだな」
 信じられなかったが、信じざるをえないという声だ。
「だって祐一だもん」
 北川の問いに答える名雪。
 そんな名雪を半眼で見やりながら香里は嘆息。
「答になってないわよ、名雪。・・・でも、ある意味正しいのかもしれないわね・・・」
 しかし、『祐一だから』という言葉には肯かざるをえなかった。
「どういう意味だ?」
 その言葉に、北川が反応。その真意を質そうとしたものの――
「言葉どおりよ」
 香里はにべもない。
 北川は解らねぇ、と頭を抱えたが――
「解らねぇけど、なんか納得出来る」
 北川も認めないわけには行かなかった。
「相沢は相沢だからあんなことが出来る、か・・・」


「済まなかった!」
 祐一は着地するや否や、花壇の前に走っていった。
「脅かしちまったな・・・って、お前確か真琴と一緒にいた・・・」
「天野・美汐です」
 祐一の眼を見据えて、名乗る。
「ああ、確かそんな名前」
 だったな、と言いかけた祐一を遮って、美汐は問いかけた。
 それもそうだろう。
 目の前にいる男、相沢・祐一は窓から飛び降りてきたのだ。それも神典――それでさえも限られてくるが――も使わずに。
「相沢さん。今のは・・・」
「今の?ああ、技能か」
 美汐の緊張感と裏腹に、祐一は何でもないと言った風に答えた。
「技能って・・・」
 そして驚いている美汐の顔に気付いて思い出す。
「ああ、そうか。この街では神典以外の力は存在しないんだったな」
「そうです。何故相沢さんはあんな事が出来るのですか?」
 問いかけ。
 ごく、当然の問いかけだった。しかし、それに答える術を今の祐一は持っていない。
「うーん。俺にも分からん」
 困った様な表情で、答える。
「分からないって・・・そんな適当な」
 納得がいかないのだろう。美汐は少しばかりきつい口調だ。 
「でも事実だしな。何で俺は技能や神器が使えるのか、分からないんだ]
 そして、溜息の様に――呟く。
「この、神典――奇跡しか赦されない街で」
「・・・・・・」
 それに対する美汐の答は、沈黙。
 肯定とも、否定とも受け取れる沈黙だった。
「悪いな・・・」
「いえ・・・」
 ややもすると気まずい空気が流れたが――
「・・・相沢さん。どこかに御用があったのではありませんか?」
 思い出した様な美汐により、霧散。
 祐一はあ、と呟き――
「済まないな、天野!また後で!」
 駆け出した。
「また後で、ですか・・・」
 美汐は自覚していた。
 相沢・祐一と、また会いたいと思っている自分に。
 しかし――
「・・・でも、私は――」
 望んでも、いいのだろうか。
 その答は、否。
 何故なら。
「私は・・・まだ私の罪を贖えていない――」


 ――祐一・脚術技能・発動・疾走・成功。
 走る。
 降り積もった雪の中を、危なげもなく。
 すると、見えてくる。
 ストールを羽織った少女が。
「よぉ」
「?」
「前に会ったよな。えーと・・・」
 悩む間もなく、少女は自己紹介。
「美坂。美坂・栞です」
「美坂・・・」
 何かが引っかかる、と言った風に栞を見つめる祐一。
 そして、気付く。
 紅い瞳。
 異族の眼。
 吸血系鬼族の眼だ。
「お前、ひょっとして・・・」
 祐一の問いたかったことが分かったのだろう。
 栞は笑いながら答えた。
「華音圏の副長の美坂・香里ならば私の姉ですよ」
「なにぃっ!そうなのかっ!」
 殊更に驚いてみせる。と。
「あの、そんなに驚かれても・・・」
 決まりが悪そうに、栞。
 照れている栞に祐一は短く一言。
「冗談だ」
「わ。そんなことする人、嫌いです」
 そう言いながらあまり怒った風ではない。
「ところで、あのアイスだけど本当に一人で全部食べたのか?」
 思い出した様な祐一の問いに、栞はあっさりと
「はい」
 と答えた。
 祐一はその答に冷や汗を垂らし、唸る様に呟いた。
「10個だぞ10個」
 しかし栞は笑顔を崩さなかったのだが。
「だって美味しいですから」
「・・・美味しいからって食えるか?」
 その祐一の言葉に。
「・・・そんなこと言う人」
 栞は3枚の符を引き抜いた。
「嫌いです!」
 そして、舞う。すると――
 纏っていたストールから涼、と言う音色が流れてきた。
 神曲だ。

<栞:神域・展開/白夜・起動/典詞・詠唱開始>

「こらこらこらこら!」
 祐一は慌てて突っ込むが、
「何ですか?」
 と栞は起動を止めようとする様子はない。
「何でいきなり神典を起動しようとするかなお前は」
「美坂家の女の嗜みです!」
「んな嗜みがあってたまるかっ!」
 冷や汗を垂らしながら祐一。
 それもそうだろう。
 北川や香里の様な、自分の力を確かめるといった理由があるでもなく、今目の前にいる少女は神典を発動しようとしているのだ。

[掴めそうな空 広く どこまでも広く
    雲は流れ 夢は流れ 時は流れ 命は流れ
  笑い 怒り 悲しみ 喜び 歌い 踊り 望み 眠る
     流れ 移ろう心を移す空 心の中に広がっている]

「待て待て待て待て!」
「もう遅いです!」

<栞:空神・交神>

「ああっ!起動させやがった!・・・破」
 祐一が破神を起動する間もなく、ストールから奔った閃光が符を貫き――
 符が、アイスクリームになった。
「・・・・・・は?」
 腕を振りかぶった体勢のまま、思わず間抜けな声を出す祐一。
 気にした風もなくアイスクリームを食べ出す栞。
「おい・・・」
「はい?」
「アイスクリーム?」
「はい」
 受け答えをしながら栞はアイスクリームを食べだした。
「・・・・・・」
「うん、やっぱりここのバニラアイスは最高です!]
 トリックを使った風ではなかった。
 例え神器を使えても不可能。
 しかし――この街でなら、あり得ない訳ではない。
 即ち――神典。
「空間を加工して符にアイスクリームを封じ込めたのか・・・」
 そうとしか考えられない。
 そしてそれが事実なら――
「お前の神典は空間を操るわけだ・・・」
 祐一の推論に、栞は満面の笑みを浮かべた。そして。
「御名答です!祐一さんもお一つどうですか?」
 はい、とバニラアイスのカップを差し出す。
「・・・・・・」
「本当に美味しいんですよ?」
「ああ。もらう・・・」
 受け取ったアイスクリームは冷たい。
 つい先ほどまで冷凍庫に入っていたかの様に。
 一口、食べる。
「・・・美味い」
 思わず祐一は呟いていた。
「ですよね?これなら10個食べても不思議じゃないですよね!」
 嬉しそうに、栞。
 しかし祐一の次の言葉でその笑顔は凍り付いた。即ち。
「いや、それは言い過ぎ」
 その言葉が引き金となり――
 栞による、バニラアイスの素晴らしさの演説が始まった。





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