『奇跡円舞曲』movement 05





 昼休憩の終了間際。
「バニラアイスは神が作った至高の食べ物なんです!」
「勘弁してくれ・・・」
「む。まだ解らないようですね!いいですか、祐一さん!」
「誰か助けて・・・」
 祐一はまだ栞に捕まっていた。
 食事すら出来ず。
 吹きさらしの中、アイスクリームの講義。
「俺何か悪いことしたか・・・?」
 思わず涙を流す。
「・・・ところで一つ訊いていいか?」
「仕方ないですね。なんでしょう」
 許しを得て、疑問を口にする。
「栞。寒くないか?」
「空神解除したら寒いかもですが」
 あっさりと。
「・・・・・・そうか」
 諦めの境地。
 に達しかけたとき、高らかに鐘の音が響き渡った。
 いつもなら嫌な音。
 しかし今の祐一にはその音は天井の音楽にも聞こえた。
「ああ、今はあの鐘の音が神々しく聞こえるぜ・・・」
 祐一は感動の涙を流しつつ、走って立ち去ろうとしたが。 
「じゃぁ、俺は授業があるから」
 栞はそれを赦さなかった。
「待ってください、話はまだ終わっていません!」
 護符を祐一に貼り付けて。
「う、動かん!」
 祐一の身体を麻痺させた。
 その表情は楽しそうだったと言っていいだろう。
「俺、これから授業なんだけど」
「授業とバニラアイスの話とどちらが大切なんですか?」
「授業」
 悩まず即答。
「わ、そんなこと言う人、嫌いです!」
 さらに護符を貼り付けられた。
 声が聞こえる。
『アイスクリームは神の食べ物アイスクリームか神の食べ物アイスクリームは・・・』
 どうやらそれが護符の効果らしい。
 神典なら砕けるものの、どうやら神典ではないらしく、エンドレスで聞こえてくる。
 声ではない。
「い、いかん!このままじゃ洗脳される!」
 ――祐一・聴覚技能・発動・聴覚抑制・成功。
 しかし声は途絶えない。
『アイスクリームは神の食べ物アイスクリームか神の食べ物アイスクリームは・・・』
「うわ、本気でシャレにならねぇ!」
 ――祐一・体術/腕術/脚術/心理技能・重複発動・呪縛解除・成功!
「だぁっしゃぁぁぁぁぁ!」
 荒く息を付きつつ、祐一は栞の方を見た。
「・・・お前凄いことするな」
「わ、褒められると照れちゃいます・・・」
 栞は本気で照れている。
 溜息一つ。
「褒めてないっ!ついでに言うと2度とするな!」
 半ば泣き笑い。
「えう、そんなこと言う人・・・」
 栞はまた護符を出そうとして。
 ――祐一・腕術技能・発動・叩き落とし・成功。
「するなっての」
 護符を祐一に叩き落とされた。
「わ、酷いです!」
「人を金縛りにするのも相当酷いと思うが」
 泣きそうな目で抗議する栞だったが、祐一が半眼で反論したら、
「えう、それを言われると痛いです・・・」
 素直に認めた。
「・・・自覚はあったのか」
 祐一は大きな溜息一つ。
 ついて、ふと思い出す。
「そうはそうとな。授業始まってるんだけどいいのか?」
 その問いに対する栞の答は。
「私はいいんです」
 笑顔のまま。
 微かに疑問を感じたものの、祐一はとりあえず自分の考えを出した。
「・・・俺は良くないんでな。そろそろ帰らせてくれると助かる」
 栞はそんな祐一の言葉に多少不機嫌そうな表情を見せたものの、概ね同意。
「仕方ないですね。ならば明日同じ時間にここで続きをということで」
 しかし祐一は短く告げた。
「却下」
「わ、どうしてですか?」
「寒いから」
 その言葉に栞は考え込んだ後、にっこり笑って言った。
「なら校舎の中でなら良いと言うことですね」
「何でそうなる!」
 祐一の抗議の言葉も栞にはもう届かない。
「場所は祐一さんにお任せしますから」
「こらまて」
 一礼して、去っていく。
「では、また明日」
 祐一は今日何回目かの大きな溜息。
「理不尽だ・・・理不尽だが・・・」
 自分の置かれている状況を鑑みて、最も適当と思われる行動をとることにした。
「とりあえず授業に行くか」
 教室の真下に立つ。
 ――祐一・体術/脚術技能・重複発動・大跳躍・大成功!
 キャットウォークに着地して、窓を叩く。
 窓際にいた生徒は一瞬ぎょっとした表情を見せた後、困惑気味に窓を開いた。
「・・・ただいま」
 力無く教室に入る。
 と、北川が興味深そうに寄ってきた。
「相沢、どうしたんだ?」
「絡まれた・・・」
 短く答える。
 北川は複雑な表情を浮かべた。
「絡む?お前に?それはまた命知らずがいたものだな」
 北川の誤解を解くように――あるいは別の方面でややこしくなるように祐一は憮然と告げた。
「絡むと言っても喧嘩絡みじゃなくてな。延々2時間以上バニラアイスのことを聞かされた・・・」
 北川は心当たりがあるのか、声を潜めて、
「・・・聞いたことあるぞ、それ。なんでもそいつと会った奴は一様にバニラアイスが好きになるとか。まぁ、埒もない噂だけどな」
 笑った。
 笑いながらバニラアイスいるか、と北川。
 祐一はいらねぇよ、と答えつつ、ふとした疑問を口にした。
「ところで、授業はどうした?」
「おお、自習だ。アイスクリームの食べ過ぎで腹壊したんだとさ。物好きだよな」
 アイスクリーム。
 洗脳。
 嫌な符号。
「アイスクリーム・・・まさかな」
 しかしその考えが消えない。
「俺もやばかったかも・・・」
 呟き、顔を上げる。
 と、香里と目が合った。
「おーい、香里香里」
 呼んでみる。
「・・・何?」
 硬い表情で、香里。
 朝のことをまだ引きずっているらしい。
 それでもちゃんと来る辺り、律儀なのだろう。
 祐一は苦笑して、栞のことを訊いてみた。
「香里。美坂栞って奴だけどな、お前の妹だって?」
 祐一の問いに対する香里の答は否定。
「・・・あたしには妹なんていないわ」
 只の否定ではない。
 温度のない否定。
「でもな・・・」
 まだ問いたげな祐一を遮り、香里は告げた。
 冷たく。
 殺気すら滲ませて。
「あたしには、妹なんていない」
 ――祐一・心理技能・発動・表情読解・失敗。
「・・・そうか」
「そうよ」
「・・・ならそう言うことにしといてやるよ」
 香里がその言葉にほっとしたような表情を見せたのもつかの間。
 祐一の、言葉。
「でもな。本気でそう思いたいなら――」
 突き放すような。しかし、案じている言葉に。
「涙なんか流さないことだ」
 香里は自分が泣いていることを自覚した。
 一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げる。
 その表情には涙の残滓はない。
 香里は笑みを浮かべ、祐一に告げた。
「忠告・・・受け取って置くわ」





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