『奇跡狂想曲』movement 01





 朝。
 祐一は異変に気が付いていた。
 微かな違和感。
 夢の中、走ろうとしても走れない様なそんな感覚。
 使えたはずの力が使えない、感覚。
「――――」
 意志を練り上げ、力の名前を呟く。
「――破神!」
 破神は発動しない。
 全てを破壊する神の刃は、顕現しなかった。
 神典に対しては無敵だと言える、そのチカラ。
『破神』の起動が出来なくなっている。
 理由は分かっている。恐怖だ。
『破神』の真の効果、『遺伝詞の破壊』が怖い。
『破神』が暴走するかも知れないのが怖い。
 その結果、自分の力が自分の知っている人達を『遺伝詞ごと破壊』するかも知れないのが怖い。
 最強の力を手に入れた祐一は、しかし――その力を揮うことが出来なくなっていた。
 つまり、今の祐一は――神典に対して、無防備に近い。
 とはいえ、神器や技能まで使えなくなっているのがせめてもの救いだろう。
 だが、それでどれだけ対抗出来るだろうか?
 これでは・・・
「護ることなんか出来ない・・・」
 ――ダレヲマモル?
「助けることなんか出来ない・・・」
 ――ダレヲタスケル?
 口をついて出た言葉に、戸惑う。
「・・・・・・」
 記憶にない記憶。
 見つからない幾つかのピース。
 別に探し求めていたわけではない。
 にもかかわらず――
 記憶の奔流が襲った。
 対抗は――
 ――祐一・心理技能・対抗発動・記憶制御・失敗!
 出来なかった。
 激痛を伴い。
 追想を伴い。
 憎悪を伴い。
 激怒を伴い。
 安堵を伴い。
 記憶が、流れた。
 キオクノウツルイクツカノモノ。
 イクツカノコエ。
 イクツカノカンジョウ。
 それらに、囚われる。
 浮かび上がる幾つかの幻像。
 紅く染まった白い羽根。
『慟哭』
 小さな拳を地面に叩き付けて。
『絶望』
 あふれ出る黒い意志。
『咆吼』
 目の前の光景を信じたくないと。
『涙』
 祈りにも似た誓い。
『翼』
 交わされた約束。
『贖罪』
 視界が黒く染まっていく。
 そして、言葉。
『――は――を守れなかった!』

『約束するよ。――は、――を絶対に助ける!』

『――、きっと――から!』

『だから、今は――』

 それは守れなかった誰かに対する誓いの言葉。
それは守れなかった誰かに対する贖罪の言葉。
 それは守れなかった誰かに対する約束の言葉。
 では、守れなかった誰かは誰なのか?
 約束したのは誰なのか?
 誓いの言葉を叫んだのは誰なのか?
 それは――見えない。聞こえない。
 ただ、そこにあったのは感情の奔流。
 誰の言葉なのか、解らないままのそれ。
「どうすればいい?」
 どうしようもない。
 しかし、立ち止まっていられないのも事実だ。
 久瀬は、この街に闘争の遺伝詞を流すつもりだと言った。
 それにより、起こるだろう動乱。それを黙って見過ごすつもりは祐一にはなかった。
 だが――不安があるのも事実。
 今の自分が久瀬にどれだけ対抗出来るだろうか?久瀬は自分の力をまだ見せてはいない。
 対して、祐一は自分の神典を失っているに等しい。
 だが。
「俺はまだ戦える。
 俺はまだ戦う力を全部なくした訳じゃない。
 神器がある。
 技能がある。
 舞闘がある。
 俺はまだ――闘える」
 祐一は起きあがり、ASRAを纏った。
 予期せぬ――或いは、予想される闘いのために。
 そしてポケットにバンダナを。 
 Dバッグに手甲を詰め、階段を下りていく。
 リビングには――秋子がいた。
 祐一がこの時間に降りてくることを知っていたかのように。
「おはようございます、秋子さん」
「おはようございます、祐一さん」
 挨拶を交わすも、その後が続かない。
 重い、沈黙。
 それを破ったのは――
「祐一さん」
 秋子だった。
 祐一の目を見据え、問い質す。
「行くのですか?闘いが起こるかもしれないのに」
「ええ」
「・・・神典を使えなくなったのに」
 ――祐一・心理技能・発動・感情抑制・成功。
 浮かび上がる驚愕を抑え、ただ訊く。
「気付いていたんですか?」
 と。
 その答は、沈黙。
祐一は軽く微笑い、自分の決心を口にした。
「もしも破神を使えたなら、あいつ――久瀬との闘いも有利に運べるでしょう。
 でも、恐怖のためでしょうね。俺は神典を使えなくなっています。
 どこまで出来るか分かりませんが・・・俺は行きます」
 強い意志を秘めた瞳で。
 だから。
「祐一さん」
 秋子は、微笑った。
「私が願うのはただ一つです。
 ・・・無事に帰ってきて下さい」
 そして、自分に出来ることをした。
「あと・・・」
「はい・・・」
 即ち。
「名雪を起こしてきて下さい。朝ご飯にしましょう」
 祐一の心を、少しでも軽くすること。
 あくまでもいつも通りに過ごすこと。
「・・・はい」
 そして祐一も秋子に応え、笑って2階へと足を向けた。
 ――名雪を起こすために。





≪back    next≫