『奇跡狂想曲』movement 02





「名雪、起きろ!」
 目覚まし時計たちの盛大な合唱の中、祐一は叫んだ。
「くー」
 しかし効果はない。全くない。
「く!とりあえず・・・」
 片っ端から目覚まし時計を止めていき、
「遅刻するだろーがっ!早く起きろ!」
 もう一度叫ぶ。
「うー・・・」
 不機嫌そうに唸りながら、それでも名雪は起きてきた。
「起きたのか?」
 こう聞けば、
「うん、大丈夫だお」
 という答。
 糸目のまま、今なおゆらりゆらりと揺れている名雪にやや呆れつつ、
「・・・じゃ、とっとと着替えろ」
 と言い残して名雪の部屋を出て行きかけた祐一は、名雪の言葉に足を止めた。
「だってわたし、ピーマンも好きもん」
 それは嬉しそうに、誉めてくれと言わんばかりの声。
 祐一はつい名雪の頭を掴み、前後左右に揺さぶった。
「寝てんじゃないかっ!おら起きろっ!」
 だが。
「うるさいおー」
 言うや、名雪はごそごそと巨杖を手にして、神曲を奏でた。
「待てぇっ!」
「嫌だおー」

<名雪:神域・展開/睡蓮・起動/典詞・詠唱開始>

[暖かな夢 過去の記憶
   穏やかなとき 安らぎの中
  憂いも痛みも全て癒して
    明日のための眠りに誘う]

<名雪:交神・夢神>

「く!」
 だが、祐一は破神を起動出来ない。
 破壊の恐怖が、心に刻み込まれていた。
 故に。
 ――祐一・心理技能・対抗発動・睡魔抑制・失敗!
   ――祐一・心理技能・対抗発動・睡魔抑制・失敗!
     ――祐一・心理技能・対抗発動・睡魔抑制・失敗!
       ――祐一・心理技能・対抗発動・睡魔抑制・失敗!
         ――祐一・心理技能・対抗発動・睡魔抑制・失敗!
           ――祐一・心理技能・対抗発動・睡魔抑制・失敗!
 こうなる。
 神典は遺伝詞を書き換えるものである。故に、どの様な手段を講じても対抗は困難。
 神典に対抗出来るのは神典のみ。
 より強い意志で奏でられた神典こそ、既に書き換えられた遺伝詞に対抗するための唯一の手段なのだから。
 完全な対抗は出来ないまでも、この華音の住人なら自らを守る程度の神典なら奏でることが出来る。
 しかし、祐一はその神典を起動することが出来ない。
 破壊の神典、『破神』を起動することが出来ないでいる。
 全ては、恐怖故に。
『ここで自分が破神を起動したら、名雪までも破壊してしまうかもしれない』
 そんな、恐怖。
 たとえ人がいなくても、
『自分が破神を起動したら、何もかもを破壊してしまうのではないか』
 そんな恐怖が祐一の心に息づいていた。
 気付いている恐怖。気付かない恐怖が、静かに刻まれていた。


 そもそも、『起きている』状態の遺伝詞を、『眠っている』状態の遺伝詞に書き換えてしまう神典。それが名雪の『夢神』である。
 本来なら『夢神』はその対象を生物、無生物を問わず眠らせてしまう神典なのだが、祐一は今、こうして名雪の神典『夢神』に対抗出来ている。
 それは技能と意志力によるのだが、それにも限界はある。
「だ、駄目だ寝てしまう・・・!」
 祐一は悲痛な覚悟で、睡魔に引きずられそうな意志を振り絞り、その言葉を口にした。
「あ・・・ねこ・・・だ」
「え?ねこさん!?」
 その言葉により、名雪は瞬時に覚醒。
「ねこさんどこ!どこにいるの祐一!」
 それどころか祐一の襟元を掴み、思い切り揺さぶっている。
「祐一!ねこさん隠すとためにならないよ!」
 そのおかげで、祐一は夢神の呪縛から解放され、
「ねこはいないぞ」
 にっこりと答えた。
「うー、祐一酷いよ、騙すなんて・・・」
「お前がすぐ起きてたらんなことする必要もなかったわ!
 その上神典まで使おうとしやがって!」」
 ――祐一・腕術技能・発動・本気突っ込み・成功!
 まずはチョップ。
「うー、痛いおー」
 涙目になった名雪に、
「これで目が覚めただろ?着替えたらさっさと学校行くぞ」
 呆れながらこう言えば、名雪は目を見開いた。
 先ほどまでの眠気も、完全に吹き飛んだらしい。
「え?朝ご飯は?」
「食べる暇があると思うか?」
 俺も食べられないんだ、と呟いても、
「う〜」
 と名雪は涙混じりに唸るだけ。
 祐一は苦笑し、名雪を階下に誘った。
「・・・仕方ないな。5分だけだぞ?」
「うん!」
 だが10分後。
 祐一は嬉しそうに食パン付きジャムを食べている名雪を、後悔と共に見つめていた。
「・・・仏心を出すんじゃなかった」
 その呟きに、名雪はにっこり笑って言った。
「大丈夫だよー、本気で入れば間に合うよー」
「俺は歩いて行きたいの!」
 その祐一の嘆きにも気を留めることなく、名雪はゆっくりと朝食を食べ続け、その結果――
 ――祐一・体術/脚術技能・重複発動・疾駆・成功!
「まったく・・・また走ってるよ俺!」
「大丈夫だよ、わたし走るの好きだから」
「そんなこと聞いてんじゃない!」
 昨日以上のスピードで祐一と名雪は走っていた。
 走りながら、前方を見る。
 ――朝の商店街。
 平穏な風景の筈なのに、どこか空気がささくれ立っていた。
 何となく苛々させる様な、そんな朝。
「――限界まで、来ていたのか?」
 呟く。
 街中に小石を放り込むだけで、爆発的な変化を起こしかねない空気が満ちていた。
 と。
 一人の子供が、転んだ。
 そして、周囲に響く泣き声。
 ――引き金は、引かれた。
「うるせぇ!」
 若い男が叫び、子供を蹴ろうとした。
「何するんだ!」
 少年は叫び、その男を引き留めた。
 だが、少年は子供が心配になって引き留めたのではない。
 その証拠に、少年はまるで、”戦う理由が出来た”と言わんばかりの嬉しそうな表情だ。
「祐一!」
「ちっ・・・拙いな・・・!」
 名雪の声に背中を押され、子供の元に向かおうとした祐一は驚愕した。
 その、子供が浮かべていた表情は愉悦。
 自分の行動が争いを引き起こした。
 それを自覚しつつ、喜んでいる。
「・・・・・・くそ」
 舌打ちと同時に祐一は踵を返した。
 ――祐一・腕術技能・発動・抱え込み・成功!
   ――祐一・脚術技能・発動・疾走・成功!
 そして、小脇に名雪を抱えて疾走開始。
 ――目指すべきは、高校。この騒ぎの現況であろう男が待つ場所。


 ここでも、戦いは繰り広げられていた。
 それぞれがそれぞれの奏神具を揮い、神典を放っている。
 そして響き渡る神曲の不協和音。
 その不協和音が更に戦いを呼び、際限なく広がっていく。
 祐一は嘆息した様に呟いた。
 この現象――原因は分かっているが――に、どういう訳か影響を受けていない自分の従妹に。
「名雪。お前は・・・こいつらを眠らせてくれ」
「え?うん・・・怖いけど、やってみる。・・・祐一は?」
「俺は・・・奴を、止めてくる」
 言い残し、
 ――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・神速・成功!
 駆け抜け、
 ――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・大跳躍・大成功!
 その場所にたどり着く。
 ――屋上。
 そこでその男――久瀬は校庭を見下ろしていた。面白くもなさそうな顔のままで。
「久瀬・・・満足かよ?」
「ああ・・・相沢君か。思ったよりも小さい火だからね。まだまだだよ」
 不満そうに、久瀬。その声に傲慢さはない。ただ、事実を事実として述べている。
「ぬけぬけと!」
「どうするんだい?」
 久瀬の言葉に、祐一は拳を握った。
「止める。力づくでも、な」
 ――祐一・砕神神器・発動・砕神蓄積・成功。
 祐一の拳に砕神の黒い光が絡むと同時に、歌の様に響いたのは久瀬の呟き。
<雷の蛇は汝を縛りて>
 言葉通り、雷光が祐一に絡みついた。あたかも、蛇の如く。
「なに!」
 祐一は即座に、
 ――祐一・砕神/腕術技能・重複発動・砕神一撃・成功!
 雷の蛇を粉砕。
 久瀬に背を向けたまま、呻く様に呟いた。
「言実詞・・・だと!?」
「君と一緒だよ。僕はこの街でも神典以外の力を使える。ただそれだけのこと」
「ふん・・・それがどうしたってんだ。
 言実詞だろうが当たらなきゃ意味はないだろ?」
 ――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・神速・成功!
 言葉だけ残し、祐一の姿が消えた。
 しかし久瀬は戸惑うことなく、目を閉じて歌う様に呟いた。
「そうだね。どんな大きな力でも、当たらなかったら意味はない。でも」
 目を開き、
<我が目は汝を逃すこと無し>
 祐一を見据え、
「言実詞は、言葉にした事象を現実に変える」
 言い放った。
「そして、この街で技能を使えるのは――」
 ――正登・体術/腕術/脚術技能・発動・強撃・成功!
「君だけじゃない」





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