『奇跡狂想曲』movement 04





 祐一が目覚めた時、眼にしたのは記憶に残る大樹の切り株。
 そして――
「聞こえているかな?ボクの声が」
 自分を狙い澄ましている槍の穂先だった。
「待てぇ!」
「待たないよ」
 槍が刺さった。
 風水。
 槍が刺さったところから傷が癒されていく。
 それを祐一は複雑そうな顔で見つつ、
「助けてくれたのは礼を言うし、癒してくれてることにも文句はない。
 でもな。風水するなら一言断ってからにしてくれ」
 溜息一つ。
 あゆを見上げながら、言った。
「心の準備がいるんだよ」
「うぐぅ・・・じゃ、そうする」
 頷いた後、あゆは不思議そうな表情を見せた。
 そして、訊く。
「どうしたの?なんだか、一方的にやられちゃってたけど」
 祐一の答は沈黙。
 あゆから目を逸らした。
「なんで神典使わなかったの?」
 あゆの問いに、祐一は途切れ途切れに答えた。
「俺の神典な。
 遺伝詞を、破壊しちまうんだ」
 祐一は俯いたまま、言葉を続け。
「怖いんだ・・・
 壊してしまうんじゃないかって。
 大切なものも、何もかも壊してしまうんじゃないかって」
 そして、震えた。
 そんな祐一を見て、あゆは溜息一つ。
 言い切った。
「なんだ、そんなことなんだ」
「!」
 何か言いかけた祐一を、抱きしめて。
「大丈夫だよ。ボクは知ってるもの」
 その言葉は、祐一の遺伝詞に染み込んでいく。
「祐一くんが強いって、ボクは知ってるもの」
 そして、断言。
「ボクは、知ってるもの」
 力強く。
「それにね。
 壊したくないなら、練習するとかすればいいじゃない。
 祐一くんが教えてくれたんだよ?」
 そして、祐一から離れて、立ち上がって。
「祐一くん、言ったよね。
『風水師になりたい?だったら練習しろよ。
 そうすりゃきっと、凄い風水師になれるぞ。
 え?怖い?失敗しそうだ?
 バカだなあゆは。
 失敗しないために練習するんだろ?』
 って。
 祐一くんがそう言って、ボクを励ましてくれたからボクは風水を頑張れたんだよ?
 その祐一くんがそんなだと、哀しいよ」
 少しだけ哀しそうに微笑った後、告げた。
「今のボクね、『得天の覚者』って字名もあるんだよ」
 自分の、字名を。
 祐一は驚愕した。
「げ」
『得天の覚者』。
 東京圏の守護役だった時に聞いたことがある字名だ。
 総長連合の最強の風水師を凌ぐ風水師。
 ただ一人で大竜を風水したことがあるとかないとか。
 そんな情報が浮かぶ。
「嘘だな」
「うぐぅ、本当だよっ!」
「信じられるか」
「うぐぅ・・・じゃ、見てて。
 滅多にやらないんだけど」
 あゆは手にした槍型の奏神具――『久遠』を振りかぶり、
「世界を白く染めるもの、静寂なる空より降りしきる2546万詞階の遺伝詞たち。
 聞こえているかな?ボクの声が」
 振り抜く。
 風水したのは、雪。
 ラ。
 その響きに従い、雪は織り上げられた。
 形作られたのは、竜。
 白銀の、雪の竜だ。
 風水された雪は水の遺伝詞に変わり、解け、空に駆け上がっていく。
 もはや雪の残滓はない。
 心持ち、暖かく思えるほどに。
「大丈夫だよ。
 いろんなもの壊しちゃってもボクが風水するから」
 そして、笑顔。
 完全に信頼しきった笑顔で、あゆ。
「だから安心して壊しちゃっていいよ」
 言っていることは、多少物騒だったが。
「全く・・・」
 祐一が浮かべたのは、苦笑。
 心配をかけている。
 あゆを見くびっていた。
 自分が言ったことを忘れていた。
 その事実に対しての苦笑だ。
「ん?」
 不思議そうに首をかしげたあゆに、
「まぁ・・・そんときは頼むな」
 告げて。
「うん!」
 その笑顔に救われて、宣言する。
「あゆ。
 やってみる。
 酷いことになるかも知れないけど・・・
 お前がいるから、大丈夫だよな?」
 その問いに対するあゆの答は、笑顔。
「大丈夫だよっ!
 安心して、神典を使って!」
 その答に頷き、目を閉じて。
 心の中を探る。
 ――祐一・心理技能・発動・精神探査・成功。
 いる。
 心の奥底に眠る恐怖。
 自らの内にわだかまるそれに意識の手を伸ばし・・・
 ――祐一・心理技能・発動・精神制御・成功。
 殴りつける。
 途端に湧き上がる、底のない恐怖を制御。
 ――祐一・心理技能・発動・衝動抑制・・・成功!
「おおおおおおおおぉおおぉおぉぉぉぉ!」
 叫び、そして抑えつける。
 しかし・・・足りない。
 僅かに、恐怖の方が勝っている。
「・・・く・・・ぅ!」
 その、苦しそうな呻きにあゆが反応。
「風水するね」
 言うが早いか、あゆは祐一の答を待たずに槍を振りかぶり――
「前進を阻むもの、心の深淵より湧き上がる367万詞階の遺伝詞たち。
 聞こえているかな?ボクの声が――」
 ラ、という歌と共に、一閃。
 祐一の恐怖が一匹の黒い多頭蛇となって姿を現した。
『恐怖』を睨み、祐一は叫んだ。
 力の名前を。
「――破神!」
 起動しない。
「何故だ!何で!」
 焦燥。
 あゆは祐一から離れた空に浮かび、祐一と『恐怖』を見ている。
 あゆに逃げる様子はなく、『恐怖』はあゆに目を向けて――襲いかかろうとしている。
「あゆ!逃げろ!」
「嫌だよ!」
 あゆは即答。
 その答に祐一は苛つき、あゆを睨んで叫んだ。
「逃げろっつってんだろうが!」
 しかし、あゆは祐一を睨み返した。
 あゆの目に、恐怖はない。
 ただ、怒りだけがある。
「ここでボクが逃げたら、祐一くんまた閉じこもっちゃうじゃない!
 それでいいの?
 祐一くんはそれでいいの!?
 何か、したいことがあるんじゃないの!?
 祐一くんの神典で!」
 あゆは泣いていた。
 泣いているあゆに『恐怖』は牙を剥いて――喰らおうとしている。
 しかしあゆは逃げない。
 あゆの唇が、小さく動いた。
 あゆは、呟いていた。
 その呟きは空気を介さず、光を介さず祐一に届いた。
『信じてるから』
 伝わったのはそんな掛詞。
 祐一は迷い無く、叫んだ。
「破神!」
 心の中で、何かが蠢いた。
 歓喜の声と共に蠢き、目覚め、姿を現す。
 それは、破壊。
 全てを破壊する意志を秘めた、慈悲の欠片もない力だ。
 荒れ狂う破壊への渇望を宥め、取り込む。
 ――祐一・心理技能・発動・衝動抑制・成功!
 祐一の四肢に破壊の力が集っていく。
 破壊は周囲の遺伝詞を喰らおうと牙を剥く。
 それを制御するために、自らに新たに設定した技能を起動。
 ――祐一・破神神典技能・発動・破神制御・・・・・・成功!
 破壊は御された。
 祐一は微かに頷き、駆けた。
 ――祐一・体術/腕術/脚術技能・重複発動・神速・成功!
 破壊を従えて、駆けて。
 ――祐一・破神神典/腕術技能・重複発動・破神一閃・成功!
 薙がれた右腕の一閃は破壊の刃を生み、恐怖を切り裂いた。
 その刃は長大であったが、あゆを傷付けることはない。
 傷付けられた『恐怖』は、祐一を見据え、啼いた。
 恐怖が、響く。
 ――祐一・破神神典/心理技能・重複発動・恐怖破壊・成功!
 しかしそれが祐一を縛ることはない。
 そして。
 ――祐一・破神神典/投術技能・重複発動・破神投射・成功!
 無数の破壊が『恐怖』を貫き、そして――
 ――祐一・破神神典/体術/腕術/脚術技能・重複発動・破神一撃・成功!
 快音。
『恐怖』は破壊された。
 祐一はあゆに笑いかけると、疲れ果てたのだろう。
 ゆっくりと倒れた。
 満ち足りた表情で、眠っている。
 あゆは祐一を嬉しそうに見つめ、そして呟いた。
「もう、大丈夫だね・・・」
 頷き、そして真面目な表情で。
「ボク、少しは祐一くんの助けになったのかな?」
 誰かに確認する様な呟き。
 頷き、そして一滴だけ涙を流して。
「でも、そうだね。
 あと少し。あと少しだけ・・・」
 俯き、翼を広げてあゆは空に駆け上がった。
 その軌跡を見る者は、いない。
 白い羽根が一枚。
 一枚だけ、眠っている祐一の右の掌に落ちた。





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