『奇跡狂想曲』movement 05
目覚めれば、大樹の切り株にもたれていた。
と。
何かが視界を横切った。
――祐一・視覚技能・発動・視認・成功。
羽根だ。
祐一の掌に載っていた羽根が風に舞い上がり、駆け上がっていく。
「・・・・・・」
見覚えのある羽根。おそらくあゆの羽根だろう。
「待っててくれてもいいのにな」
苦笑。
立ち上がり、街を見下ろす。
「・・・・・・」
どこか、熱が籠もっている様な街。
理由は分かる。
闘争の遺伝詞が活性化しつつあるのだ。
戦いへの渇望がそこにあるのだ。
「行くか」
――祐一・脚術技能・発動・疾走・成功!
疾走開始。
向かうべき場所は一つ。
学校の屋上。
久瀬が、そこで待っている。
空を駆け上がるあゆの羽根は、もう祐一の視界にはない。
――祐一・体術/脚術技能・重複発動・大跳躍・大成功!
屋上に降り立った祐一を、久瀬は迎えた。
「割と早い帰りだったね」
予想していたかの様に――いや、予測していたのだろう。
余裕の表情。
自分の進む道を見据えている者の目だ。
その目に一瞬気後れしつつも、
――祐一・心理技能・発動・感情制御・成功。
自らの心を鎮め、祐一は久瀬を見据えた。
「腕の良い風水師がいたんでな」
表面上は不敵な笑顔を浮かべて。
「このペテン師が・・・
お前のは言実詞なんかじゃないだろ?
どういったカラクリかは解らないけどな・・・」
一歩。
祐一は久瀬に向かって踏み出した。
しかし久瀬は意外そうな表情だ。
逃げ出す姿勢はない。
「いや。言実詞だよ」
「ハッタリが通用するかよ!」
更に一歩。
しかし久瀬は動かない。
あと一歩祐一が踏み出せば、間合いに入る。
それは理解しているのだろうが、余裕の表情を崩さない。
それは自分に自信があるからだろうか。
ただ、穏やかに微笑っている。
「いや。使えるよ。
それに嘘はない」
「ならなぜ・・・言実詞なら、強臓式機械のその名前が要らない!?」
そう。
言実詞なら、強臓式機械の名を織り込まないと起動しないはずだ。
故に、久瀬の扱ったあの現象は――言実詞ではない。
祐一はそう判断した。
もう一歩。
祐一は久瀬を自分の間合いに捉えた。
しかい、久瀬は余裕の表情を崩していない。
「神典ってのは元々空間の遺伝詞を書き換え、任意の現象を起こす。
その点では言実詞とよく似ているだろう?
神典は具体的な効果を顕すことが出来るが、一定の方向性にしか働かない。
言実詞は様々な効果を顕すことが出来るが、強臓式機巧の名前に縛られ、その効果も抽象的なものだ」
「講釈なんか要らないんだよ!・・・砕神!」
――祐一・砕神神器/腕術技能・重複発動・砕神蓄積・成功。
「・・・せっかちだね、君は」
久瀬は苦笑。
祐一は間合いを一気に詰め、
――祐一・体術/腕術/脚術技能・発動・
「要するに僕が言いたいのは、神典と言実詞。
この二つを同時に有するのなら――
具体的な効果を顕すことが出来る。
そういうことなんだ」
<神王が見るのは炎の壁>
砕神強撃・失敗。
動揺が砕神の一撃を散らした。
動揺をもたらしたのは、久瀬の歌に従い生じた炎の壁。
炎の壁は祐一と久瀬を囲み、天をも焦がすかの様だ。
しかしそれは祐一を逃がさないためではない。
他の誰にも邪魔されないためだ。
それをもたらしたのは言実詞。
一般に知られる発動方法にそった形で発動した、言実詞だった。
言実詞に込められた名は神王。――神々を束ねる者。
雷光を司る神の名。
つまり。
「ほら・・・使えるだろ?」
「な・・・に・・・まさか!?」
「そう。
僕の奏神具、『無尽』は強臓式機械としての名も持っている
――『神王』という、ね」
そう言って久瀬が掲げたのは手甲。
どこか楽器めいた、手甲だった。
「だから、僕が放つのは神典であり言実詞というわけだ」
久瀬はそのまま右腕を振りかぶり、
「――日神」
――正登・日神/腕術技能・重複発動・日神一閃・成功。
右腕を一閃。
久瀬の神典が生み出した真空の刃が駆け抜け、炎の壁を一瞬切り裂く。
典詞は、無かった。
「そして、名前を呼ぶだけで神器と神典を使える様に・・・僕も、その名を呼ぶだけで神典が使え、強臓式機械の名前に縛られず言実詞を使うことが出来る」
「お前の神典は治癒じゃなかったのか・・・?」
久瀬は首を振った。
「傷も、それを癒すのも結局は物理現象。
課程を無視して、結果だけを生み出す――そう、物理系遺伝詞の支配。
それが僕の神典、日神の力だ」
蒼く、空を焦がす炎。
その中、久瀬は左手を祐一に伸ばした。
「そして、僕のもう一つの神典。
月神。
その効果は――精神系遺伝詞の支配」
呟き、同時に久瀬は月神と神王を起動。
<我が鎖は汝の精神を縛る>
祐一の精神を縛ろうとするが。
――祐一・心理技能・対抗発動・精神制御・成功!
失敗。
「そう、そうでないとね。
簡単に僕の支配下に入ってもらっても困る」
しかし久瀬は残念そうな表情は見せない。
嬉しそうな声だ。
それは、久瀬の目的――華音の解放に、闘争の遺伝詞が必要だからだろう。
「・・・月神、か。
精神系の遺伝詞が操れるならそいつでなんとかすりゃいいじゃないか。
他の奴らを巻き込むな!」
久瀬の力を聞かされ、祐一は激昂した。
そう、絶望もまた精神だ。
ならば、久瀬の<月神>が精神系遺伝詞を制御出来るのなら闘争を起こす必要はないはずだ。
しかし。
「僕がそんなことも計算出来ないとでも思っていたのか?
確かに僕の<月神>は精神系遺伝詞を制御する。
絶望の遺伝詞も壊せる。
でも、足らないんだよ」
ぽつり、と。
悔しそうに、久瀬は呟いた。
己の力がまだ足りないことを嘆き、しかしそれをどうにかしようとしている者の声だ。
「足らないんだよ、まだ。
この街を食い尽くそうとしている絶望の遺伝詞を壊すには、ね。
僕一人の心じゃ、駄目なんだ。
そこまで深く絶望は根付いている。
だから、僕は闘争を起こす。
絶望の遺伝詞を打ち砕くほどの遺伝詞を集めるために。
そうすればほんの少し――後押しするだけで、絶望の遺伝詞を壊せる。
そのために閉鎖動乱のとき、いやそれ以上の闘争を起こす・・・」
久瀬は言葉を続けていく。
いや、言葉ではない。信念を。
「この街を解放するために。
それが僕の贖罪だ。
そして僕はこれ――神王を手に入れるのに、僕自身の寿命を代償にした。
だから、僕はこいつを発動させない限りは――そう、長くないだろう。
死にたくなければ神王を発動させるしかない。
でも、僕がこいつを発動させるのはこの街を開放させる時意外にはあり得ない」
淡々と語る久瀬の目には、自己中心的な光はない。
自分が為すべき事をこれと信じ、為すべき事を為そうとしている者の目だ。
あるいは、殉教者の様な。
「死にたくないからじゃない。
ただ、僕はこの街を開放したいんだ。
解放して、そして・・・・・・」
その先を言葉にすることなく、久瀬は一瞬だけ苦笑。
軽く頭を振って、その瞳の色を変えた。
「とにかく、僕は退くわけにはいかないし、負けるわけにもいかない。
華音を解放するために。
あの時出来なかったことを成し遂げるために。
そのためなら僕は――」
――人を、殺せる者の目。
殺括者の目だ。
「僕は殺括者にでも何にでもなれる」
轟音が響いた。
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