『奇跡狂想曲』movement 06





 ――祐一・回避技能・発動・回避・成功!
「さすがは無敗の華音圏総長、ってか?」
 砕けた背後の壁を気にせずに、祐一は加速。
「――砕神!」
 神器を起動し、
 ――祐一・砕神/腕術技能・腕術発動・拳撃・成功!
 地面に叩き付ける。
 轟音。
 同時に無数の瓦礫が久瀬の視界を覆った。
 一瞬なりとも焦りを見せるか、と思えたが久瀬は溜息一つ。
「駄目だよ。
 そんな心じゃ・・・・そんな力じゃ・・・
 僕を倒すことなんて出来ない」
 呟き、

<汝の前に氷の障壁は立ちふさがり>

 言実詞で氷の壁を展開した。
「破神!」
 祐一は破壊を纏った右の脚で氷の壁を破壊。
「破神は全てを破壊する!
 神典だろうと、何だろうと・・・」
 そして久瀬を打ち据えようとする。
 ――破壊を纏わせた右の腕ではなく、左の腕で。
 破神に対する恐怖は、拭い切れていない。
 ――祐一・腕術/体術/脚術技能・重複発動・強撃・成功!
 ――正登・回避技能・発動・回避・成功。
 回避。
 久瀬はすり抜け、呟いた。
 破神が破壊した氷の壁を見ながら。
「破壊。
 僕の日神が及ばない事象。
 でも、一度破壊された事象破壊そのものではなくなり――僕の意志に従う」

<汝を穿つは氷の魔弾>

 久瀬の詞に従い、氷の欠片は弾丸と代わり、祐一を撃つ。
 ――祐一・回避技能・発動・回避・

     <汝は魔弾を避けること能わず>

失敗!
 避けられない。
「!」
 氷の魔弾は祐一を全ての方位から打ち据えた。
 宙を舞いつつ、
 ――祐一・体術技能・発動・姿勢制御・成功。
        体制を整え、
 ――祐一・体術/脚術技能・重複発動・着地・成功。
              着地。
 そのまま、地を蹴る。
「まだだ!」
 間合いを詰める祐一を眺めつつ、久瀬は呟いた。
「月神」
 その呼びかけに応え、久瀬の月神が起動。
 呼び覚まされたのは、悔恨の遺伝詞。
 悔恨の遺伝詞が壁の様に立ち塞がっている。
「破神!」
 それに対して祐一は破神を起動し、悔恨を――
 破壊しきれない。
 引き裂かれた悔恨の欠片が祐一に触れた。
 侵入。
 それが引き金となり、祐一の中の悔恨が増殖。
 祐一の精神を食い荒らそうとする。
「――く!」
 心を押し潰そうとする悔恨を、
 ――祐一・心理技能・発動・精神制御・成功!
               ねじ伏せる。
 だが、精神的な疲労は祐一に膝を付かせた。
「さすがだね。
 普通なら今ので動けなくなってるところだよ。
 自分の悔恨に押し潰されて、ね」
 幽鬼の様な表情の祐一を見て、久瀬が呟く。
 そして無造作に近付いて、
 ――正登・脚術技能・発動・就撃・成功。
 祐一を蹴り飛ばす。
 ――祐一・回避技能・発動・回避・失敗。
 為す術もなく蹴り飛ばされ、為す術もなく屋上に背を打ち付けて。
 霞む目で、見る。
 冷たい表情のまま近付いてくる久瀬を。
 久瀬は祐一を見下ろし、日神を起動。
「日神・・・」
 ――正登・日神神典/腕術技能・重複発動・日神打撃・成功!
 拳を叩き付けた。
 祐一にではない。
 祐一の頭を掠め、屋上に叩き付けていた。
 久瀬の拳が叩き付けられた屋上。
 そこは既にコンクリートではなかった。
 ――氷。
 コンクリートであった場所が、氷となっていた。
 神典により書き換えられたのだ。
 一瞬の恐怖に歯がみする祐一の耳に、久瀬の声が滑り込んだ。
「殺さないよ。だって、君を殺したら・・・」
 久瀬は音にならない言葉を紡いだ。
 決して誰にも――いや、ただ一人。
 ここには居ない誰かにだけ届く言葉を。
 そして、苦笑。
「それでも僕は・・・止めることは出来ない」
 苦笑を冷笑に変え、祐一を片手で掴み上げて――
「・・・強くなったら、また来るといい。
 もっともその頃には全部終わってるだろうけどね」
 ――正登・投擲技能・発動・投擲・成功。
 屋上から、放り出した。
 祐一の意志は砕かれていた。
 技能を発動する気力すら湧き上がってこない。
 ――激突。
 その寸前。

<大地は汝を優しく迎える>

 久瀬は日神を介し、言実詞を発動。
 日神により書き換えられた白い大地は祐一を優しく受け止めた。
 痛みはない。
 傷もない。
 ――身体には。
 しかし。
「く・・・そぉぉぉぉぉぉ!」
 完全な敗北感を心に刻み込まれた祐一はただ空を見上げ、声にならない声で吼えた。





「――ただいま」
 祐一の目には、どこか昏い光が宿っていた。
「おか」
   えりなさい、と言いかけた秋子は祐一の瞳を見、言い放つ。
「・・・祐一さん、あなた――」
 祐一は目を逸らした。
 自分でも分かっているのだろう。
 今の祐一には余裕がないということを。
「・・・嫌な目をしていますね」
 溜息一つ。
 何も答えることが出来ず、祐一は沈黙。
 自分でも分かっているのだろう。
 しかし、制御が出来ない。
 荒れた心を鎮めようとすればするほどに、心は激しい叫びを上げる。
 ――救いを求めている。
 それが伝わったのだろう。
 秋子は躊躇。
 目を閉じ、開き、秋子は告げた。
「少し早いかも知れませんが――祐一さん。
 あなた、真実を見る勇気はありますか?」
 その瞳に込められたのは決意。
 圧倒され、ただ頷く。
 暫く祐一を見つめ、名雪を呼ぶ。
「名雪。準備しなさい。
 ――行きますよ、あの場所に」
 階段を駆け下りる音。
 姿を現した名雪の表情は驚愕。
「お母さん。本気なの?
 祐一・・・壊れちゃうかも知れないのに・・・!」
 言葉にして、しまったといった表情。
「名雪」
 短く名を呼ぶ。
 その鋭さに、名雪は沈黙。
 更には名雪に問いたげな祐一の名を呼んだ。
「祐一さん。名雪が言ったとおり、真実を知ればあなたの心は壊れるかもしれません。
 それでも、行きますか?」
 躊躇はあった。
 恐怖もあった。
 しかし、それ以上にあったのは――使命感。
 行かなければならない。
 そんな、根拠も何もない使命感。
 故に。
 祐一は何も言葉にすることなく、ただ、頷いた。





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