『奇跡狂想曲』movement 07





 連れられて行ったのは、小高い丘の上。
「祐一さん。
 あなたは忘れているんでしょうね・・・
 ここは始まりの場所。
 この街を神典だけの街にした場所。
 あなたが、力を暴走させた場所。
 あの日から全てが変わってしまいました・・・」
 目を閉じて、懐かしむ様に、悔やむ様に、歌う様に、秋子。
 そして目を開き、告げる。
「でも、あの日からずっと変わらない光景もあります」
 指差した方向には、一人の少女。
 あゆだ。
 真剣な表情で大樹の切り株を見据えている。
 手にした槍には風水の奏で。
 どれだけの遺伝詞が集まっているのだろうか。大気が歪んで見えるほどだ。
 しかし慣れているのだろう、あゆは詠唱。
「聞こえているかな?ボクの声が――」
 晶。
 響いた音に乗せ、槍を一閃。
「――ラ!」
 詞と共に刃を大樹の切り株に打ち付ける。
 ――しかし、効果は現れない。
 少なくとも見えていない。
 悔しそうに切り株を見つめ、唇をかむ。
 そして風水、風水、風水の繰り返し。
 幾度も、幾度も繰り返される風水。
 ――しかし、効果は現れない。
 血を吐く様な詠唱と、血を撒き散らす様な風水。
 倒れ、起きあがり、風水し、また倒れる。
 そこに秘められた、悲壮な決意。
「・・・!」
 駆け寄ろうとした祐一を秋子は遮った。
 邪魔をしてはいけない、と。
 何故、と目で問う祐一を秋子は見据え、言った。
「今の祐一さんにはあゆさんに会う資格はありません」
 と。
 そして問い掛ける。
「あの子はここで少しずつ、少しずつ風水して来ました。
 あの日から、ずっと。
 何故か、解りますか?」
 祐一の答は沈黙。
 解らないからだ。
 何故か、解らない。
 いや、記憶がないからか。
 ・・・焦燥。
 それが祐一の表情に浮かんだ。
「祐一さん。
 あなたを、取り戻すためです。
 そして、この絶望を終わらせるため――
 彼女は、ずっと絶望と闘ってきたんです。
 誰に頼ることなく。ひたすらに」
 秋子はあゆを見つめたまま、祐一に背を向けたままで更に問う。
「祐一さん。
 あなたは誇れますか?
 あゆさんに、今の自分を誇れますか?」
 祐一は唇をかんだ。
 今なお風水を続けるあゆを見つめ、力無く首を振った。
 ――諦観。
 それに囚われる。
 しかし秋子の言葉は容赦なく祐一を打ち据える。
「誇れないでしょう。
 今のあなたは焦っているだけです。
 過去の記憶を喪い、何を為すべきかも見失い、何を為したいのかも分からない。
 そんな心のままじゃ今のあゆさんに会うことなんて出来るはずもありません」
 そして告げる。
 今のあゆの前に立つための道を。
「祐一さん。
 あなたは思い出すことが出来ます。
 ここで何が起こったか。
 何故、この街には神典しか無いのかを
 そして、見付けることが出来るかもしれません。
 何を為すべきか。何を為したいのか」
 微笑みもせず、ただ淡々と。
 祐一は縋った。
 もしも、と。
「・・・秋子さん。
 俺が喪った過去を知ったら――
 あゆの、風水の理由が分かるんですか?
 俺は、あゆの前に胸を張って立てるんですか?」
 しかし秋子はあくまで冷たい。
 ただ、事実を述べるだけだ。
「あゆさんの風水の理由だけは分かるでしょう。
 でも、胸を張って立てるかどうかは祐一さん次第です。
 そしてその後も祐一さん次第。
 知って、彼と戦い抜くのか。
 知って、彼に手を貸すのか。
 知って、街から逃げ出すか。
 どれを選ぶのも自由です。
 しかし、どれを選んでも心に傷は残るでしょうね。
 それでも知りたいと思いますか?
 真実を思い出さないままで過ごすという道もあります。
 そうすれば――少なくともこれ以上傷付くことはないでしょう。
 でも、その時は――二度と私達の前に姿を現せないで下さい」
 一瞬の躊躇。
 しかしそれは知るか知らないままでいるかの答を探すためのものではない。
 答はとうに出ている。
 自分の言葉を探すための躊躇だ。
 考え、悩み、口を開く。
 ぎこちなく。
「・・・・・・上手く言えないんですけど。俺は――思い出さなきゃいけない。
 そんな気がします。
 だから・・・記憶を取り戻す術があるなら俺はそれを願います」
「・・・もう一度だけ訊きます。
 真実を知れば、あなたの心は砕けるかも知れない。
 それでも、知りたいと思いますか?」
 祐一は真っ直ぐに秋子を見据えた。
 微かな恐怖とともに。
「・・・正直、怖いです。
 でも俺は――思い出さなきゃいけない。
 それが、俺がこの街に来た理由でしょうから」
 ――微苦笑。
 待ってろ、と小さく呟き。
 声にする。
 ――意志を。
「だから俺は望みます。
 俺の無くした過去を。
 俺の歩むべき道を。
 ・・・お願い出来ますか?」
 その祐一の言葉に、秋子は初めて笑顔を見せた。
 そして、誘う。
「解りました・・・名雪」
「・・・うん」
「名雪の神典、夢神は生物無生物を問わず眠らせます。
 そして、夢の中、無意識の中から記憶を呼び出します。
 夢の中で、思い出して下さい。
 ――全てを」
 過去の記憶へと繋がる夢の世界へと。
 祐一は無言で頷いた。
 それを見た名雪も頷き、巨杖を構えた。
 祐一を見つめ、祈る様に。
「祐一。行くよ?
 ・・・思い出してね。全てを――!」

<名雪:神域・展開/睡蓮・祈導/典詞・詠唱開始>

[知らない色 知らない音 知らない心
  記憶にないはずの、しかし懐かしい光景
   いつか惹かれていた その場所へと
  求めたのは道標 辿り着くべき場所へと
   誘って 導いて やがて進むべき道へ
    夢の中 真実の呼び声が聞こえる]

<名雪:降神・夢神>

 ――凛。
 音が、響いた。





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