『奇跡幻想曲』movement 05





 目覚めた祐一が最初に目にしたのは、あゆの顔だった。
「・・・よう」
「祐一くん・・・」
 心配そうなあゆの頭を右手で撫で、
「全部、見た・・・。
 今、本当の俺ってここだけなんだな」
 右手を見て、苦笑。
「・・・ごめんね」
「何で謝るんだ?」
「だって、ボク達のせいで祐一くんは・・・」
「バカ」
 苦笑してデコピン一発。
「おまえ達だけのせいじゃない。
 そもそもあの絶望を生んだのは俺達だろ?
 だから、これはある意味自業自得だ」
 右手を見やり、拳を握る。
「それにな。
 確かに本当の俺と呼べるのは、右腕だけかもしれないけど、あゆが風水してくれるんだろ?だから気にするな」
 立ち上がり、
「もっともその前にあのバカを止めなきゃいけないけどな」
 ――祐一・脚術技能・発動・
         掛けだそうとしたところを、
                  疾走・
                         脚を捕まれ、
                      失敗!
                                 転倒。
「コラあゆ。何のつもりだ!」
 その問いは、しかしあゆの声で遮られた。
 目を伏せ、決意を秘めた声。
「祐一くん。ボクはね・・・」
 顔を上げる。
 その瞳に宿る強い光に、祐一は戸惑った。
 強い意志に、圧倒された。
「ずっと、ずっと風水してきてた。
 祐一くんを、樹ちゃんを取り戻したくて。
 取り戻す、って誓って。
 そのための準備を、整えてきたんだよ」
「あゆ・・・」
「祐一くん。
 正登くんを、止めてあげて。
 やっぱりあんなの間違ってると思うから。
 でも、ボクには正登くんを止められない。
 だから、祐一くんが正登くんを止めて。
 そのためにボクは今――」
 一呼吸。
 鋭い意志を込めた瞳で大樹を見据え、言い放つ。
「祐一くんを――祐一くんの、本当の身体と、樹ちゃんの精神を風水する――!」
 しかし、祐一は躊躇った。
 自分たちを解放することの意味。
 それを知ったから。
「・・・あゆ。でも、そうすると・・・絶望が解放されちまう。
 この街を覆い尽くせるほどの、巨大なやつが・・・」
「うん。そうだね。
 だから今度はボクが、絶望を抑え込むよ」
 何でもないことのように、あゆは微笑った。
「――あゆ!」
 止めようとする祐一を、視線だけで黙らせ、あゆは言葉を解き放っていく。
 それが自分の役目だ、と。
「祐一くんは正登くんを止めなきゃいけないでしょ?
 それに樹ちゃんは衰弱してるだろうから。
 だから、絶望を抑えるのは、ボクの役目なんだよ」
 うん、と頷き、
「それにね。絶望の始末だけは、他の人には任せられないでしょ?」
 肯定を求める。
「確かに、な・・・
 こいつだけは、俺たちが何ときゃしなきゃ、な。
 どんな手段を使ってでも・・・!」
 肯定せざるを得ない。
 否定できない。
 苦渋の混じった祐一の声を笑い飛ばして、あゆ。
 そこに込められているのは――紛れもない信頼。
「うん。
 でもね。ボクは信じてるよ?
 祐一くんは正登くんを止めて、二人で戻ってくるって。
 それで、ボク達が生んだ絶望をやっつけちゃうって。
 だから、ボクは絶望を遮るの壁になれるんだよ。
 それとも、自信がない?」
 祐一は悪戯っぽく見つめるあゆに苦笑。
「馬鹿言え。
 すぐに正登を引きずって来てやるさ」
 その言葉に笑顔で頷き、あゆは槍――久遠を携えた。
 あゆの腕の中、久遠が――瑯、と啼く。
 あゆはその声に翼を広げ、解放する。

<あゆ:神域・展開/久遠・起動/典詞・詠唱開始>

[望んだのは空翔る翼
   願ったのは暖かい光
  希望と夢の翼広げて
    今飛び立つのは蒼穹の世界]

<あゆ:飛神・交神>

 あゆは軽く地を蹴り、空へと舞い上がった。
 大樹の中程まで昇り、止まって、目を閉じる。
 あゆの神典、飛神。
 その記動効果は、重力制御――即ち、重力からの解放だ。
 しかし、祈導効果は――蓄積された力の解放。
 あゆが久遠を手に入れてから今まで風水し続けてきた、その力。
 あの日から弛まず織り上げられてきた、風水そのものの効果。
 即ち、無限の遺伝詞とその制御力。
 それが――放たれようとしている。

<あゆ:神域・展開/久遠・祈導/典詞・詠唱開始>

[空を見上げ 雲を見上げ
   今 夢を解き放つ
  心に抱くべきは希望
    振り払うべきは絶望
   明日を信じていればこそ
     翼はなにも恐れはしない]

<あゆ:飛神・降神>

 その刹那、全てが吹き荒れた。
 風水の力、周囲の遺伝詞、街の記憶。
 遺伝詞の咆吼の中、目を閉じたままのあゆは負けじと叫んだ。
 楽譜式首聯。
 風水をなすための、遺伝詞への呼びかけの詞だ。
「ボクの大好きな人のカラダを形作る、無限詞諧の遺伝詞よ。
 ボクの大切な友達のココロを形作る、無限詞諧の遺伝詞よ」
 凛、と声を響かせ、翼で大気を打つ。
 久遠を振りかぶり、ありとあらゆる遺伝詞に呼びかける。
「聞こえているかな?ボクの・・・」
 目を開く。
 視線と久遠は大樹を貫き、全てが渦を巻いた。
「ボクの、声が!」
 そして、万象の遺伝詞の洪水の中――ラ、という歌声が響いた。





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