Quo vadis Locus 00-03 "bellicum cano
cantatio"
「さ、て・・・仕上げだ」
香里は栞の手をしっかりと引いて。
美汐は子狐を抱いて。
あゆと名雪は仲良さそうに手を繋いで。
舞はいつも携えていた木刀を捨てて。
倉田家の前に、集まった。
「来てくれたんだな」
祐一は嬉しそうに笑った。
「じゃぁ、行こうか」
「ねぇ。ここって・・・」
後ろの方で囁きが聞こえる。
祐一は聞こえないふりで呼び鈴を押した。
「・・・誰かね?」
程なくインターホンから厳しそうな男性の声。
「俺だ」
祐一は畏まることなく、ただ一言。
「・・・君か」
途端に男性の声が和らいだ。
「今日は約束通り友達を連れてきたんだ。・・・いいかな?」
「勿論だ。佐祐理も一弥も君を待っている。さ、上がってくれ」
招き入れられる一行。
「祐一、いつの間にこんな家に住む人と友達になったんだろ・・・」
「よく分からない人ね・・・」
招き入れられたのは、先日祐一が佐祐理を諭した部屋。
佐祐理も、一弥も嬉しそうに祐一たちを迎えた。
「よ。約束通り来たぞ」
祐一が軽く手を挙げる。
「沢山ですね〜」
佐祐理が感嘆の声を上げ、
「・・・・・・」
一弥は照れくさいのか、黙り込んだ。
しかしその顔は先日来たときよりも血色が良い。
血色は良いが――死の影が拭い切れていないのも事実だった。
(しかし――その歴史を変えるために俺はここにいる)
祐一はこれからの歴史を知っている。だからこそ、ここにいる。
彼女たちが微笑っている世界に作り直すために。
(その代償は俺の存在、か。結構大きかったのか、俺の存在って)
思わず苦笑を漏らす祐一を、皆は怪訝な顔で見つめていた。
その視線に気付き、祐一は咳払い。
その後、切り出した。
「まずは自己紹介だな。俺は相沢祐一。有り体に言えばお前らを引き合わせた張本人だ」
続けて名雪。
「水瀬名雪だよ。祐一の、従姉妹」
「イチゴジャムでご飯を喰う変人だ」
「でも美味しいんだよ〜!」
香里と美汐の唖然とした顔が見える。
(・・・初めて見た)
祐一は何故か嬉しくなっていた。
「ボクは月宮あゆ・・・」
「鯛焼き好きなうぐぅだ」
「ボクうぐぅじゃないもん!」
おどおどとしていたのはどこへやら、あゆ。
(・・・大丈夫そうだな)
安心感を憶えながら、祐一は舞に自己紹介を促した。
「・・・川澄舞」
言葉少なに、舞が呟く。
「無口だけどな、無茶苦茶いいやつだ。怖がらなくても良いぞ」
「・・・・・・」
舞は無言で祐一の頭をぽかり。
一同に笑みが漏れていた。
(ま、こいつらと一緒にいたら舞も愛想が良くなるだろ)
「倉田佐祐理です」
吹っ切れたのだろう、優しい笑顔で、佐祐理。
「弟と遊ぶのを躊躇っていたお馬鹿なお姉さんだ」
「酷いです、それ!」
「でも今は楽しく遊んでる様だな。偉い偉い」
祐一は佐祐理の頭を撫で撫で。
先ほどまでの膨れっ面もどこへやら、佐祐理は幸せそうな顔になっていた。
(佐祐理さんは・・・もう、心配はいらないな。本当の笑顔、してくれてるし)
うんうん、と頷きつつ次を促す。
「美坂香里よ」
「美坂栞です」
「見ただけじゃぁ分からないが二人は姉妹だ。似てないだろ?」
「相沢くん・・・覚悟はいい・・・?」
「えう〜酷いです〜!」
「とまぁこんな所は似てるがな・・・ぐあ!」
香里が祐一の首を締め上げている。
栞は祐一に関節技を極めている。
「・・・・・・きゅぅ」
祐一の視界、ブラックアウト。
・
・
・
・
・
「はっ!」
「あ、相沢くん、気付いた!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
あたふたとしている美坂姉妹。
「ああ。多分、大丈夫。よっ、と」
勢いよく起きあがる。
「な?」
その笑顔を見て、
「良かった・・・」
「良かったです・・・」
同じような顔で、ほっとしている二人。
(香里。お前が栞を拒絶する理由は俺が取り除いてやる)
声に出さず、呼びかける。
(栞。お前の悩みの原因は俺が消し去ってやる)
笑い合っている姉妹に。
(だから・・・)
ひたすらに。
(・・・いつまでも仲良くしてくれな)
呼びかけた。
(俺が居なくても、大丈夫だよな?)
一度床に目を落とす。
顔を上げ、
「ほい、次。天野」
「天野美汐と申します」
深々とお辞儀をしながら、美汐。
「おばさんくさいが栞と同い年だ」
「失礼な。物腰が上品だと言ってください」
しかし祐一に茶化され、頬を膨らませている。
(それでいいんだよ、天野。年相応の顔をすればいいんだ)
「で、こいつが・・・真琴だ」
美汐からひょい、と真琴を受け取って抱き取り、紹介。
「?」
何が起こっているのかよく分からない様子の真琴。
よほど気に入ったのだろう、彼女たちは感嘆の声を上げた。
「わ。可愛い〜」
はしゃいでいる彼女たちを横目に、祐一は一弥に近づいた。
「今日からお前も友達だぞ」
言いながら、笑いかける。
一弥も祐一に答えて笑った。
「だからな。一日も早く元気になってくれ、な?」
祐一のそれは頼みでなく、祈りにも似た願いだった。
その真摯な瞳を見たが故か。
「・・・頑張るよ」
そう言った一弥の眼には力がこもっていた。
9人と1匹。
これだけ居れば仲間はずれになる子が出てきてもおかしくないだろう。
しかし、彼女たちにはそのような心配は不要だった。
相性が良かった。
それはあるだろう。
年齢が近かった。
それもあるだろう。
しかし、最大の原因は祐一という共通の友人が居たこと。
そして、祐一によって繋がれたという連帯感。
そして何より、祐一に対する好意。
それが結びつきを強くした。
(悪いな、みんな)
祐一は吐息の様に呟いた。
(俺は・・・・・・)
そう。
祐一には解っていた。
今が、みんなと過ごす最後の時間であることに。
(でも俺は・・・決めたんだ)
笑いあい、はしゃぎあう彼女たちを見ながら。
(お前らが笑ってられる未来を創るんだって)
たとえ自分を犠牲にしても。
黄昏の色が部屋を染めた頃、祐一は切り出した。
みんなにとっては約束の言葉。
しかし、祐一にとっては別れの――永遠の別れの言葉を。
「それでだ、今日で俺はお別れなんだけどな。お前達にプレゼントがあるんだ」
ポケットをごそごそとしながら、
「なんと、魔法の指輪だ」
色とりどりのガラス玉が飾られたそれを、祐一は誇らしそうに取り出した。
部屋を沈黙が支配した。
疑念ではない。
それは、どんな魔法なのか、という疑問故の沈黙。
それは祐一がここにいる皆に信頼されていることの証明だった。
「この指輪は一つだけならどんな願いでも叶えてくれるんだ」
「どんな、願いでも?」
「ああ。俺にできることしか無理だけどな」
おもちゃの指輪を渡していく。
「なんせ願いを叶えるのは俺だから」
香里には紅の。
真琴には橙色の。
栞には黄色の。
佐祐理には緑色の。
名雪には青の。
美汐には紫の。
舞には藍色の。
あゆには桃色の。
指輪を、渡した。
「あ、真琴にはこのままじゃ困るな・・・」
呟きつつ、首輪に付けてやる。
「これで良し!困ったときはな、みんな」
みんなの眼を見つめながら、祐一は言葉を紡いだ。
「この指輪を握りしめて、祈るんだ。俺に出来ることなら、叶えてやる」
忘れまいと。
無くすまいとするかの様に、顔を見つめる。
「俺が、必ず叶えてやる」
叶わない願い。
それは解っている。
でも。
(これくらいは大目に見てくれよな?)
最後に部屋にいる全てに向けて。
この街にいる住人全てに向けて。
微笑った。
そして。
「もう、いいぞ」
呟く様に、彼女たちに呼びかける。
時間は凍り付き、彼女たちが降り立った。
「じゃぁ、頼む」
その思考を最後に。
祐一は光に解けた。
きらきらと。
きらきらとした光が、漂い――
奇跡を、起こした。
真琴に力を与え。
栞と一弥の病を癒していった。
降り注ぐ金と銀。
祐一はもはや精神のみの存在となって、彼女たちを癒していくそれを見つめていた。
顔には笑顔を浮かべて。
『これで、良いのですか?』
黄金の少女が訊き。
「ああ。俺の記憶はちゃんと消しといてくれたよな?」
『はい』
白銀の少女が答えた。
『彼女たちはあなたのことを――憶えていないでしょう』
『あなたという存在。それ自体が消えたのですから』
「なら・・・それでいい」
肉体に続き、魂も光になっていく。
「じゃぁ、な」
最後に彼女たちに笑いかけて。
どこまでも、どこまでも優しい笑顔で笑いかけて。
相沢祐一という存在は――消滅した。
現在からも。
未来にも。
もはや、過去にも相沢祐一という存在は無くなる。
それが奇跡の代償だった。
「あれ?なんであたし、泣いてんだろ?」
「何でか分かんないけど、ボクも・・・哀しい・・・」
「栞、なんで泣いてるの?」
「・・・お姉ちゃんこそ」
「なぜでしょう・・・涙が・・・止まりません・・・」
「くぅん・・・・・・」
「・・・・・・」
「あれ?おかしいですね・・・何でこんなに哀しいんでしょうか・・・」
涙。
ただ、彼女たちは泣いた。
手に残された指輪。
とても大切に思えるそれだけが、相沢祐一が存在した証明だった。
そして祐一は――再び紫色の世界で目覚めた。
「あれ?俺、魂も消えたんじゃなかったっけ?」
『演出です』
振り向けば彼女たちがいた。
金の羽根。
銀の羽根を揺らして。
「ちょっと待てコラ!」
『もちろん嘘です』
「はぁ・・・で、なんで俺、意識があるんだ?」
『適応力が強い人ですね・・・』
半ば呆れた様に、聖。
『端的に言いますとあなたの魂を復活させたからです』
思い切り解りやすく、魔。
「うわ、解りやすい説明。で、なんで復活させたんだ?」
『あなたを気に入ったから、というのはいかがですか?』
黄金なる聖が羞じらい。
『あなたのこと、気に入ったからに決まってるじゃないですか』
白銀なる魔が微笑った。
「・・・俺に惚れたな?」
(多分、そんな訳無いでしょう、と返されるだろうな)
という祐一の予想とは裏腹に、彼女たちの答えは
『そうかも、しれませんね』
『そうですね』
というものだった。
「そーかそーか俺に惚れたかってええっ?」
『そんな声を出すことはないでしょう』
むっとした顔で金の羽を揺らし。
『酷いです』
拗ねた様な眼で銀の羽を広げた、彼女たち。
その誇らしく、しかしどこか寂しそうな顔に祐一は疑問を口にした。
「おい」
『はい。何ですか?』
「代価が――要るんじゃないのか?」
『・・・ええ。要りますよ』
「まさか俺と同じように・・・?」
『身体を無くすだけです』
「だけってお前ら・・・」
祐一はそこまで言って気付いた。
「お前らが死ぬってことじゃないのか?」
『・・・・・・』
「バカか!」
『バカとは酷いですね』
『あんまりですよ』
「バカだろうが。他人のために命捨てやがって」
『あなたも同じことをしたではありませんか』
「ぐあ、そう来るか」
祐一は頭を抱えた。
「でも、ひょっとしたら消えずにすむかもしれないんだろ?」
一縷の望みを託す様に。
必死な眼で、祐一は問いかけた。
『ええ・・・』
『ひょっとしたら・・・』
眼を反らしながら、少女達は答えた。
だから。
祐一は、願いを込めて、口にした。
「お前らにもやるよ。・・・余ったからな」
言いつつ、白と黒の指輪を渡す。
『私の願いも聞いてくれるのですか?』
『えーと・・・嬉しいです』
「そういう指輪だからな」
『ありがとうございます・・・』
『ありがとう・・・』
「その代わり、また会おうな。絶対だぞ」
『ええ・・・』
『はい・・・』
「約束破ったら、何処だろうと頭をはたきに行くからな!」
その言葉を残し、祐一は――再生した。
残されたのは指輪。
願いを叶えるための指輪。
彼女たちは渡されたそれを抱きしめ、眼を閉じた。
『行ってしまいましたか』
『行ってしまいましたね』
彼女たちは呟き、空を見上げた。
澄んだ紫の空に星が光る。
『約束、守れませんね・・・』
『守りたいのに、ね・・・』
『怖くないと言えば嘘になりますね。でも』
『後悔は、してない』
『でも――もし、願いが叶うのなら』
『私たちの願いが、叶うのなら』
『許されるのなら――もし、許されるのなら』
『人として、あなたに会いたかった』
『人として、あなたの側に・・・いたい・・・』
彼女たちの願いに――<彼>はただ、頷いた。
「あなたが造り替えた世界――」
「あなたが望んだ世界。そこで――」
「「私たちは、あなたに出会う」」
―continuitus―
solvo Locus 01-01 "et reviset,aurum
et argentum"
moveo Locus 00-02 "regressus"