Locus 01-01 "et reviset,aurum et argentum"





「結局――この街に来ちまったな」





「ここが・・・俺の部屋、か」
 祐一は感慨深そうに呟いた。
「変わったんだな。何もかもが」
 自分が放ったその言葉に、祐一は驚愕した。
「どういう事だ・・・?」
 この街に来るまでは気付かなかったことがある。
 この街に来るまでは忘れていたことがある。
 即ち。
「この7年の記憶が二つある・・・?」
 一つは今に至る7年。
 もう一つは、別の7年。
 その世界では、祐一が住むのは水瀬家のはずだった。
 しかし、実際に居るのはマンションの一室。
 そして、その世界では冬になってから来るはずだった。
 しかし、実際に祐一が来たのは9月の始め。
 記憶が静かに湧き上がっていった。
 造り替えられる前の世界の記憶が。
「そっか・・・」
 理解。
 以前の世界の辿った道。それを変えるために、やり直された世界。
 それが今祐一がいる世界であることを。
 世界を造り替えた代償に自分の命が一度は失われたこと。
 そして、祐一を呼び戻すために金色と銀色の少女が力を使ったこと。
 それを思い出した。
「あいつら・・・どうしてるだろうか」
 吐息の様に呟く。
 会えないかも知れない。
 しかし、会えるかも知れない。
 また会おうという約束。
 それは叶えられるだろうか。
「会えるのなら――逢いたいな」
 別れる間際の彼女たちの笑みを思い浮かべ、祐一は祈りの様に呟いた。
 前の世界と今を比べながら、
「本当に・・・変わってしまったんだな」
 苦笑。
 しながらエアコンの電源を入れつつ明かりを灯そうとするが――灯りは点かず、エアコンも動かない。
「・・・・・・え?」
 嫌な予感を憶えつつ、お湯を出してみる。
 ・・・・・・いつまでたっても冷たい水。
 「おいおいおいおい・・・」
 慌てて大家に電話してみたところ、契約がまだだから両方使えない、とのことだった。その上、
「どちらにせよ今日は無理ですねぇ」
 という言葉を聞いて、祐一は床に転がった。
「・・・・・・あ、あの親どもめ!きっと今頃ほくそ笑んでるに違いない!」
 電気もガスも使えない。こんなピンチがあるだろうか?
「しゃ、シャレにならねぇ!」
 溜息一つ。
 その後、顔を上げた。
「まぁ、季節が季節だし。死にゃぁしないだろ」
 とりあえず祐一は窓を全開。
 秋の風を部屋に迎え入れた。
「いい、風だな」
 今はまだ何もない部屋だが、もうすぐ引越センターが来る。
 そうすればこの部屋も住める様になるだろう。
「ただ電気もガスも来てないのは叶わないけどな」
 呟く。
 呟きと同時に、チャイム。
 どうやら荷物が来たらしい。
 祐一は印鑑など、必要なものを持って玄関へと向かった。


「さて。やっと届いたな」
 祐一は段ボールの山を見回した。
「でもいろいろ買わなきゃ、だな」
 ベッド、冷蔵庫、クローゼット。
 買わなければならないものは数多くある。
 数多くあるが、今は為すべき事がある。
 すなわち。
「・・・飯、喰わなきゃな」
 呟きつつ、財布を開けてみる。
「ひゃくじゅうにえん・・・うげ。金、引き出しとかなきゃだな」
 呟きつつ、ポケットに突っ込み溜息をもう一度。
 そして祐一は街へと向かった。
 銀行でお金を引き出すために。
 しかし。
「・・・・・・嘘だろ?」
 銀行は既に閉まっていた。
「・・・陰謀だ。陰謀を感じるぞ!」
 祐一は人の眼を気にせず、最早絶叫に近い声を上げていた。
 遠巻きにひそひそ話し合う人の声の中、祐一には彼女たちの声だけが何故か――何故か、はっきりと聞こえた。
「何、往来で叫んでんだろ?」
「・・・さぁ?」
 振り向く。
 そこにいたのは二人組の少女。
 どこかで見た様な――懐かしい、匂いを感じた。
 しかし祐一はその感傷を振り切った。
 感傷よりも何よりも、生命の危機に晒されていたからである。
「お前らに俺の気持ちが解るのか?」
 祐一は泣いていた。
「引っ越してきたはいいが、電力会社ともガス会社とも契約は出来てねぇ!飯喰う金がないから引き出そうと銀行に来てみたら既に閉店だったという、俺の気持ちが解るのか?」
「いや、力説されても・・・」
 やたら元気そうな少女が困った様な顔をしているが、祐一は止まらない。
「命に関わるんだぞ命に!くそう、あの親ども絶対赦さねぇ!何が『全部すませてあるから安心しろ』だ!」
「・・・大変ですねぇ」
 大人しそうなもう一人が気の毒そうに言ったところ、祐一は世にも情けない顔になった。
「・・・解ってくれるか・・・」
「想像はつきますよ」
 彼女の顔に浮かんでいた表情は苦笑。
 しかしその苦笑はどこか暖かく、祐一を和ませていたのも事実だった。
「ありがとう・・・ところでお前らは誰だ?」
 その言葉を聞いた途端、二人は驚愕の表情を見せた。
「・・・忘れたの?」
 と呆れ顔で一人が言えば、
「哀しいです」
 ともう一人は哀しそうな顔を見せる。
「・・・・・・?」
 祐一は首を傾げたまま。
「駄目だよ静希、憶えてないみたいだよ」
「・・・残念です。でも、仕方ないですよ」
「だよ、ね・・・」
 哀しそうな――傷ついた様な表情を見せる二人。
 その表情を見た途端、祐一はぽむと手を打った。
「おお」
「思い、出した?」
 期待している二人への祐一の答えは、
「やっぱりわからん」
「殴る!」
 その答を耳にした元気な方が本気で怒ったのを見て、祐一は一言。 
「冗談だ」
 しかし今までが悪かったのか。二人とも胡散臭そうな目で祐一を見ている。
「その目は冗談に見えないです」
「・・・指輪、まだ持ってるか?」
 やれやれ、と祐一は問いかけた。
 その次の瞬間。
 二人は祐一に抱きついた。
「良かった・・・良かったよぉ・・・」
「また・・・会えました・・・」
 泣いている。
 二人とも、泣いている。
 祐一は戸惑うしかなかった。
 天下の往来。そこで二人の少女が泣きながら抱きついている。
(・・・今の俺、とんでもなく悪い奴に見えてるよな)
 とりあえず。
「と、とにかく場所を変えよう!」
 祐一は二人の手を引いて駆けだした。
 ひたすら走り、公園へと向かう。
 二人ともどんな体力をしているのか、しっかりと付いてきている。そのことに安堵しつつ、しかしこれからに微かな不安を抱きつつ祐一は走った。


「ここまで来たら・・・大丈夫だろ」
 微かに息を荒げながら、祐一。
「いきなり走らないでよ・・・びっくりするじゃない」
 と、金色の少女の面影を残す一人が言えば、
「ちょっと・・・疲れました」
 と銀色の少女の面影を残すもう一人。
 3人そろって深呼吸。
「ふぅ。これで落ち着いて話せるな」
「そうだね」
「そうですね」
 3人はベンチに座り――話し始めた。
 祐一の記憶通りと言うべきか、予想通りと言うべきか――彼女たちはあの日、祐一が出会った二人の存在の転生体だった。
 祐一が自分たちのことを憶えている。
 それは彼女たちにとって嬉しかったことではあるが、疑問が残った。
「ところで。私たちのことですが、思い出したのですか?それとも憶えていたのですか?」
 その問いに対する祐一の答はただ一言。
「憶えてた」
「やっぱり殴る!」
 今度はしっかり頭を叩かれてしまった祐一だったが、
「痛いじゃないか」
 と苦笑するだけだった。
 すん、と鼻を鳴らしながら先ほど祐一の頭を叩いた少女は詰め寄った。
「ごめん・・・でも・・・!」
「いいって。ふざけてた俺も悪かった」
 そう言って笑う祐一に彼女たちは再び抱きついた。
 しばらく抱きついていて、ようやく二人は落ち着いた。
 二人が元気になっていた分、祐一はぐったりとしているが――それでも名前を知らなきゃ呼ぶに呼べん、という祐一の言によって自己紹介を始めた。
「今の名前は――御巫千早だよ」
「同じく、斎笹静希です」
 自己紹介。しかし、
「今の名前って。俺、お前らの元の名前知らないし」
「私たちもあなたの名前知りませんよ」
「嘘だろ?」
「嘘ですよ。相沢祐一さん」
 にっこりと微笑う静希。
「わ、わりといい性格してるのな・・・」
 祐一の呟き。
 それを聞きつけて、千早が耳打ち。
「そうそう。普段はぼけぼけなのに怒ると怖いのよ、静希」
 しかし、その言葉は静希の耳に届いたらしい。
「・・・千早?」
 優しげな表情。優しげな声で静希。しかしその目は笑っていない。
「あ、あはははは・・・」
 千早はただ乾いた笑いを洩らした。乾いた笑いを洩らすことしか出来なかった。
(殺、殺られる・・・!)
 千早が覚悟したその瞬間。
「でも驚いたぞ。まさかまた会えるとは、って言うか、人間になってるとは思わなかったぞ」
 刃の様な空気を察したのか、祐一がフォローを入れた。
 そのためだろうか。
「そうですね。私たちもまた祐一さんに会えるとは思ってもいませんでしたよ」
 静希はすっかり穏やかな様子に戻っている。
(祐一、ナイスフォロー!)
 千早には見えていた。
 祐一が背中越しにサムアップしているのが。
 今、この空気が持続しているうちに。
 そう判断したのだろう。千早は提案してきた。
「じゃぁ、さ。今日は色々話そうよ。祐一の事、色々知りたいし」
「でも、どこで話すんだよ。俺の部屋は知っての通り、電気もガスも来てないぞ?」
「あ、大丈夫。あたしたちも一人暮らしだし」
 にっこりと千早が笑う。
「そうですね。なら・・・私の部屋はいかがですか?」
 静希も笑った。
「お前らがいいなら・・・いいけどさ。本当にいいのか?」
 しかし祐一は歯切れが悪い。
「いいのかって・・なんで?」
 千早は心底不思議そうな顔。
 静希もなんででしょう、と呟いている。
「あのな。俺、一応男なんだけど」
 やれやれ、といった調子で祐一。
 しかし。
「何だ・・・そんなこと」
「だって祐一さんですから」
 二人はあくまでも祐一を引きずっていこうとしている。
 最早断る理由はない。
 祐一は覚悟を決めた。
「なら・・・行こうか」
 3人は仲良く――昔からの幼なじみの様に仲良さそうに歩き出した。
「思いがけない、しかし予想はされた再会か」
 祐一は誰に言うともなく呟いた。
 本来ならばあり得ない再会。
 または、もとの世界では出会うはずの無かった人たち。
 彼女たちとの縁は恐らく強固なものとなっているだろう。
 しかし、もとの世界で親しくしていた人たちとの縁は――恐らく、弱くなっている。
「報酬と、代償・・・か」
 立ち止まり、空を見上げる。
 紫。
 夜と昼の入り交じった色。
 虚構と現実が混ざった世界。
 祐一は微かな恐怖を憶えて、視線を戻した。
 視線を戻した先には、千早と静希。
 二人とも不思議そうな顔――または、何かに驚いた様な顔で祐一を見つめている。
「何でもない――ああ、何でもないよ」
 呟きながら、祐一は二人の元に駆け寄った。





「やっぱり、また――」
「また、会えましたね」





―continuitus―

solvo Locus 01-02 "nox primum,incolatus istae"

moveo Locus 00-03 "bellicum cano cantatio"