Locus 01-02 "nox primum,incolatus istae"





「逢えた喜びとこれからへの戸惑い。どっちが強いんでしょうね・・・?」





「・・・本当にここか?」
 静希に連れられてきた場所。そこはつい先ほど祐一が荷をほどいた場所――すなわち、祐一がこれから住む予定のマンションだった。
「ん、どうかしたの?えーと・・・困ったな、どう呼ぼう?」
「祐一でいいぞ。・・・俺もここに住むんだ」
 怪訝な顔の千早に、祐一はややげんなりした風で答えた。しかし静希は祐一のその言葉を聞いた瞬間、嬉しそうな表情を見せた。
「わぁ、偶然ですね!でも、嬉しいです!」
「そうか・・・」
 軽く溜息をついた祐一だったが、くいくいと自分を引っ張る感覚に何事かと見てみれば、千早も嬉しそうな顔で自分を指さしている。
「何だ?えーと、千早」
「あたしもここに住んでるの」
 その言葉に祐一は、思わずただ一音洩らした。
「げ」
「・・・げって何よげって」
「ただのげだ。気にするな」
 涼しい顔で答える祐一だったが、千早は祐一の顔を両の手で捕まえ――そのまま自分の方を向かせ、にっこり笑いながら尋ねた。
「ひょっとしなくても馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてる訳じゃないぞ。からかっているだけだ」
 あっさりと言いきった祐一に、思わず千早は猫化した。
「ふ〜!」
「きしゃ〜!」
 つきあいが良いのか、祐一も猫化。しかし。
「・・・仲がいいですね」
 やや恨みがましい静希の声に我に返り、
「ぐあ・・・」
「う・・・」
 二人はただ呻いた。


 3階の奥。
「ここが私の部屋です」
 と静希が笑い、
「で、この部屋の隣の隣があたしの部屋ね」
 と千早が笑った。
「・・・・・・」
 祐一は暫し無言。
「どうしたんですか、祐一さん?」
「・・・答えたくないがそのうちばれるだろうから言っとく。お前らの部屋に挟まれてるのが俺の部屋だ」
 と言う祐一の言葉。その言葉は劇的な効果を生んだ。即ち。
「え、そうなんだ!」
「嬉しいです!」
 嬉しそうな表情で祐一の手を掴む千早と静希。
「手を思い切り振るな。疲れるから・・・でもなぁ、これ・・・出来すぎてないか?」
 しかし千早も静希も祐一の手を放そうとしない。さすがに振り回すのは止めた様だが。
「確かに・・・」
「そうですね・・・あ」
 賛同した後、何かに気付いた様に静希。
「あり得るとしたら・・・<彼>の力でしょうね」
「んな無茶苦茶な・・・」
「でも<彼>ならやりかねないね。ただ面白いからって」
 思わず冷や汗を垂らす祐一と、同様に冷や汗を垂らしながら千早。
 冷や汗を垂らしながらも祐一の心には疑問が生じていた。
 素朴な、疑問。
 当たり前と言えば当たり前な疑問。
「なぁ・・・<彼>って・・・何だ?」
 しかし、千早は祐一から目を逸らした。
「ごめん・・・それには答えられないの」
「答えたくても答えられない、と言うべきかも知れませんけどね」
 苦笑を浮かべながら、静希。
「答えようとすると――言葉が消えるの。試そうとしても駄目」
 ごめんね、と千早は謝り、
「いや、気にするな。どうしても知りたい、ってわけじゃないんだし」
 その千早の様子に祐一はフォローを入れていた。
 そしてしばらくの間沈黙が続き――静希が口を開いた。
「<彼>の行動について、どんな傾向を持っているかついて話すことは出来ます。でも、<彼>が何なのか。<彼>の存在の意味について話すことは出来ないようです」
「・・・そうみたいだね」
 溜息をつきながら千早。
「でも、敵ってわけじゃないんだろ?ならそれでいいじゃないか」
 あっけらかんと祐一。
 そんな祐一に静希と千早は暫し呆然とし、笑い出した。
「あはは。変わらないねって言うか。思った通りだね、祐一」
「ふふ・・・そうですね」
 二人が嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑っているからだろう。
 祐一は肩をすくめた。
「何げに酷いことを言われてる気がするが・・・まぁいい。それよりも聞きたいことがある」
 苦笑しながら言ってみると、
「何々?何でも聞いて」
「どうぞ、聞いてください」
 千早は嬉々とし、静希はにっこりと笑った。を見つめ、こほん、と咳払いをした後、祐一は訊ねたのだが、
「・・・なんでお前らここにいるんぐぁ!」
言い終わらない内に祐一は静希に太股をつねられ、千早に後頭部を張り倒された。
「・・・酷いよ」
「酷いです」
 千早、静希とも涙目である。
(お前らの方がよっぽど酷いと思うぞ・・・)
 祐一も涙目であったが、このまま泣かれたら大変なことになると直感し、慌てて言い直した。
「ああ、訊き方が悪かったな。なんでお前らは人間になってるんだ?で、なんでこの街にいるんだ?」
 祐一の問いに千早と静希は交互に答えた。
「多分・・・<彼>の力だと思う」
「私たちは祐一さんを元の世界に送った後、やはりと言いますか――消えそうになりました」
「な!」
 思わず祐一は声を上げたが、千早も静希も微笑っている。
「でも、最後に祈ったの。赦されるなら人間になりたい。祐一の側で生きたいって」
「そうしたら、<彼>が笑ったんです。良いだろう、って」
「でもね。どんなことになるのか見るのも面白そうだ、とか言ってたっけ」
 肩をすくめながら千早。
 しかし、静希も千早も直ぐに目を伏せた。
「でも――その後、<彼>が何か言ってたのですが・・・」
「憶えてないの。警告だったことは憶えてるんだけど・・・」
「内容はどうしても思い出せませんでした」
 なるほど、と祐一は一度頷いたが――すぐにおや、と言う顔で二人に尋ねた。
「そっか・・・でもな。何で俺と同い年なんだ?」
「・・・やはり<彼>でしょうね」
「・・・『こっちの方が面白い』とか言って笑ってそうだよね」
 肩をすくめやれやれと言った風情の静希と千早である。
「・・・・・・」
 祐一は何となく自分に似てる、と思っていた。
 行動パターン。
 言動。
(た・・・他人とは思えん・・・)
 冷や汗を垂らしつつ、祐一は次の質問に移った。
「あ・・・そうそう。お前ら、何で一人暮らしなんだ?両親とかは?」
 当然と言えば当然の質問である。
 祐一としても興味があったから聞いたのだが、その答はあっけらかんとしたものだった。
「うん。父さんも母さんもちゃんといるよ。・・・何、その目は?まぁいいわ。ずっとあたしたちは人間として生活してきたの」
「でも、私達の両親は別の街に引っ越したんです。でも私達は何故か――そう、なぜかこの街に残ってなきゃいけないような気がしてました」
 だから無理言って残ったんだけどね、と千早は笑い、話を続けた。
「でも、祐一と出会って――ううん、再会して解ったの。何故この街に残ってなきゃいけなかったのか。そう、全ては――」
「全ては、再会するため、か?」
 祐一は千早の言葉を途中で引き継ぎ、
「ええ。でも、実を言いますとね。今日、祐一さんを見かけるまではずっと、私達は7年前のことを忘れていたんです」
 静希が祐一の言葉を肯定し、次なる言葉を紡いでいく。
「祐一を見た瞬間、思い出したの。あたしは金の羽根を持ち」
 目を伏せ、千早は詠う様に。
「私は銀の羽根を持っていたこと。人間ではなかったこと」
 そして静希は歌う様に。
「そして――<彼>の言葉によって祐一の願いを叶えたこと」
「祐一さんを再生したこと。その代償に消えかかったこと」
 記憶を、語った。
「そして、転生してからの生活を、か」
 吐息のように呟き、祐一も語り出した。
「全部、変わっちまったな。本来なら俺は1月になってから来るはずだった。でも、俺はもうここにいる。そして俺は名雪の家に厄介になるはずだった。しかし今俺がいるのは――俺が住むことになったのはこのアパートだ」
 自嘲めいた笑いを洩らす祐一。
 助けることが出来なかったあの時と、彼女たちがもはや救いを必要としない今――
 縁が切れたかも知れない。
 そんな、微かな痛みを含んだ声だった。
 微苦笑を浮かべる祐一に、千早が問いかけた――不安そうな顔で。
「祐一は――いつ思い出したの?」
「・・・この街に来て、お前達と再開して――そして、自分の部屋に入った瞬間に自覚した。俺には7年の記憶が2重にあるってな。一つは前の世界――みんなを失った世界の7年。そして、この世界の7年。これは――どういう事なんだろうな?」
「存在が揺らいでいるのかも知れません。祐一さんも、私達も」
「気を付けた方が――いいのかもね」
 不安を滲ませながら、静希と千早。
 途端に雰囲気が暗くなる。
 祐一は自分が振った話題ながら後悔を感じていた。だから殊更に明るく、不安を吹き飛ばす様に告げた。
「とにかく!今日は再会のお祝いだろ。暗い話は止めようぜ?」
「そだね」
「そうですね」
 千早と静希に笑顔が戻ったのを見て祐一は安堵したのだが、
「よし、じゃぁ今日は騒ごう!」
「いいですね!」
 という千早と静希の言葉に一瞬耳を疑い――
「本気か?」
 思わず訊いていた。
「大丈夫です!隣は祐一さん、その隣は千早。多少騒いでも迷惑はかからりません!」
 なるほど、と納得しかけたが――
「下にもいるだろうがっ!」
 つい静希の頭にチョップを喰らわせる祐一であった。
「酷いです!」
 頭を押さえながら祐一を睨む静希であったが、怒っていても怒っている様に見えない。
「・・・悪かったな」
 だけど――いや、だからつい、祐一は静希の頭を撫でていた。
「あ・・・」
 撫で撫で。
「ん、嫌だったか?」
 撫で撫で撫で撫で。
「い、いいえ・・・」
「そっか」
 真っ赤になっている静希と好対照に、
「あ!ずるい!」
 千早は不満顔だ。
「何だ、お前も撫でて欲しいのか?」
 茶化す様に祐一は言うが、
「・・・悪い?」
 素直に千早は返答し、その結果。
「「♪」」
「・・・・・・」
 撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で。
 祐一は両の手で千早と静希の頭を撫でることになった。
 しかし。
 祐一自身、この状況を楽しんでいるのは事実であり――
 千早と静希。
 彼女たちとの再会を喜んでいるのも紛れもない事実であった。
「なぁ、千早。静希」
「ん、何、祐一」
「何ですか、祐一さん」
 祐一は一呼吸起き、
「これから、さ。色々頼むな」
 何が起こるかわからないからな、と吐息の様に祐一は呟いた。
 不安。
 焦燥。
 生じてくる負の感情。
 しかし。
 それらを消し去る様な笑顔で彼女たちは言った。
「あたりまえじゃない!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね!」





「逢えた喜びの方が強いに決まってるじゃない。そうでしょ?」





―continuitus―

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