Locus 02-01 "illa decurrunto
atque urgeo"
「・・・え?」
転校初日。
相沢祐一は困惑とともに目覚めを迎えた。
「何でだ?」
右を見る。
千早がすーすーと寝ている。
左を見る。
静希がくーくーと寝ている。
祐一は目を閉じ、昨日を思い出してみようとした。
「最初は良かったんだよな・・・」
そう。最初は良かったのである。
家族の話。
今までどんなことがあったか。
前の世界での生活。
今の世界での生活。
そんな話をとりとめもなく話した。
しかし、全てはあの1杯から始まった。
「はい、祐一」
差し出されたのはオレンジジュース。
「さんきゅ、千早」
一口飲む。
「?」
もう一口。
「・・・千早。これ、酒入ってないか?」
「てへ♪」
千早は舌を出して笑った。
「てへじゃないだろうが・・・」
苦笑しながら祐一は更に一口。
千早も静希も既に上機嫌である。
そこまでは平和だった。
そう、平和だったのだが――
日付が変わり、数分もした頃。
「俺そろそろ寝るわ・・・」
次の日のことを考え、辞去しようとした祐一であったが、
「にゃにぃ!祐一、そんなにあたし達といるのが嫌なの!?」
「ぐすっ・・・祐一さんは私たちと出会ったのが嬉しくないんですね・・・」
連続攻撃により、脱出を諦めざるを得なかった。
そしてやがて力つき――祐一はいつしか眠りについていた。
「ぐあ・・・ 」
はぁ、と溜息をつく。
そして時計を見て――絶句。
「おい、起きろ!」
そして絶叫。
「ほえ?」
「ん・・・」
二人ともまだ寝ぼけている。故に。
「起きろ!遅刻するぞ!」
寝ぼけている千早と静希をたたき起こす。
「ん・・・うるしゃいなぁ・・・」
「ねむいです・・・」
思い切り不機嫌そうな声で起きる千早と静希だったが。
「ん〜何時だと思ってんの〜・・・あ」
「・・・・・・あれ?」
目を擦りながら時計を見た瞬間、硬直する。そして。
「ああああああああっ!拙いよこれ!」
絶叫とともに自分の部屋に戻る千早と。
「拙いです拙いです遅刻しちゃいます!」
着替えを散り出す静希を横目に見ながら、
「・・・俺も部屋に戻ろ」
祐一はとりあえず部屋に戻り、シャワーを浴びた。が・・・
「ぐあ、忘れてた!」
悲鳴を上げる。
ガスはまだ来ていない。
即ち、冷水。
「・・・目、完全に覚めた・・・」
しかし出ないよりましと我慢して汗を流し、着替えて部屋を出る。
と同時に左右のドアが開いた。
「ここからどのくらいかかる?」
鍵を掛けながら祐一が訊き、
「20分くらいかなぁ?」
同じく鍵を掛けながら千早が答えた。
「じゃぁ思い切り走れば間に合うな!」
と、明るくなった祐一であったが――
「思い切り走って20分ですよ」
静希のその言葉で顔色を変えた。
「もう行かなきゃやばいじゃないか!」
悲鳴の様に祐一が言えば、
「解ってるならダッシュ!」
「いきますよっ!」
千早と静希は駆け出した。
「全く!何で転校早々から入らなきゃいけないんだ!」
「ごめんね〜」
「ごめんなさい〜」
祐一は苦笑。
しながら、
「とにかく走るぞ!」
「りょーかい」
「はい〜」
学校に向けて走り続けた。
そして20分後、校門前。
「到着〜!」
おし!とガッツポーズの千早と、
「間に合いました!」
胸をなで下ろしている静希。そして。
「なんとかなったな・・・」
ほっとした表情の祐一。
そんな彼らのすぐ横を駆け抜けていった集団がいた。
「名雪さん、もうちょっと早く起きてよ!でないと秋子さん特製の・・・」
「わ、あゆちゃんごめんね!だからジャムは勘弁して〜!」
「解ってるならもうちょっと早く起きるべきでは?」
「美汐の言うとおり」
「えう、疲れたです・・・」
「あはは〜栞ちゃん、大丈夫ですか?」
「とにかく間に合ったみたいね・・・栞、大丈夫?」
「これで遅刻してたらシャレになんないわよぅ!」
懐かしい顔ぶれだった。
ただ、様々なことが異なっていた。つまり。
あゆが確かにそこにいたこと。
美汐が明るい表情を見せていたこと。
舞が微笑っていたこと。
栞が走っていたこと。
佐祐理の笑顔から陰が消えていたこと。
香里が栞を気遣っていたこと。
真琴がこの学校に来ていたこと。
そして、彼女たち皆が仲良さそうだったこと。
「そっか」
祐一は呟いた後、頭を軽く降って空を見上げた。
「そっか・・・!」
嬉しそうに呟く祐一の眼から――
涙が、こぼれていた。
「祐一・・・」
「良かったですね・・・」
千早と静希も、どこか嬉しそうな声だった。
「ありがとな」
しかし。
祐一のその台詞とともに予鈴が鳴った。
「うわ、まず!」
「すみません、先行きますね!」
言い残し、駆け抜けていく千早と静希。
「雰囲気台無しだな」
祐一は苦笑を浮かべた。
「さて・・・俺も職員室に行くか」
そして、歩き出す。
新しい生活に向けて。
「相沢君、ちょっと待っていてね」
担任――向坂和泉はそう言い残し、教室に入った。
「はーい、みんな席に着いてー」
がたがたと椅子を鳴らして席に着く生徒達。彼らを見て向坂は軽く頷き、切り出した。
「今日は転校生を紹介しますよ〜」
微かに湧く教室内。
「ちなみに男の子。結構格好良いから期待する様に」
その言葉に男子は押し黙り、女子は更に湧いた。・・・一部を除いて。
向坂はうんうん、と頷き、祐一に入ってくる様促した。
「相沢君、入ってきて」
しかし祐一は入らない。後ろのドアに向かってゆっくりと、音を立てない様に移動していく。
「相沢君?」
まだ入らない。
「照れてるのかな・・・」
向坂はぶつぶつ言いながらドアを開け、顔を出した。
「相沢君、何恥ずかしがって・・・あれ?」
と同時に祐一は後ろのドアから教室に入った。
「どこ行ったんだろ?」
向坂は教室の外に出た。
祐一はその様子を見ながら悠然と黒板の前に進み、待機した。
妙な沈黙が教室を支配した。
1分も経った頃だろうか。
「うーん、どこ行っちゃったんだろ」
ぼやきながら向坂は教室に戻ってきた。
そして戸を開けて――驚愕。
「・・・相沢君。いつ教室に?」
「先生が教室から出た瞬間に」
人差し指を立てて説明ぜりふの祐一に、向坂が振るう名簿が一閃。
なかなか良い音が響いた。
と同時に爆笑。
「うん、受けた」
満足そうな祐一であったが、
「今度からそのような真似は慎む様に」
向坂は凄絶な笑みを浮かべた。その凄絶な笑みに祐一は、
「はっはっは。善処します」
笑いながら答えたが、
「ん?気のせいかな?いい返事じゃなかったみたいだけど」
向坂が笑顔のまま、今度は名簿の角で狙いを付けているのを見て――
「はい・・・」
頷いた。
「宜しい。じゃぁ、自己紹介よろしくね♪」
先ほどまでの殺気はどこへやら、にこやかな表情の向坂である。
祐一は頭をさすりながら自己紹介を始めた。
「相沢祐一です」
頭を下げる。
と同時に、
「ふーん、なかなか・・・」
「和泉ちゃん面食いだから・・・」
「く、悔しいがいい男だ」
「うーん、仲良くなれそうだな」
等々、ひそひそ声が微かに聞こえてくる。
顔を上げ、クラスの生徒全員を見ながら挨拶を続けるが――
「よろしくおね・・・ああっ!」
見知った顔を発見して中断。千早と静希がやっほーと手を振っていた。
「祐一、同じクラスだね〜」
「祐一さん、宜しくお願いしますね〜」
にこにこと機嫌良さげな二人と対照に、クラスの男子の過半数は殺気を放った。
しかし祐一は――
「おう、千早、静希。こっちこそ宜しくな」
笑いながら千早と静希に声を掛けた。
「くっ!残念だが・・・あの笑顔には勝てん!」
「だなぁ・・・」
「うーん、いいなぁ、あれ」
「うっとり・・・」
等々の声が聞こえ、殺気は薄らいだ。
いや、雲散霧消したと言っても良いだろう。
いきなり和やかな雰囲気を導いた祐一の笑顔をぼんやりと見つつ、向坂は怪訝そうに訪ねた。
「知り合いだったの?」
何気ない、問い。その問いに祐一は――
「ええ。昔からの――」
はっきりと、答えた。
「大切な、知り合いです!」
最上級の笑顔とともに。
「みんな、元気そうだし。とりあえずは――良かった」
―continuitus―
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