Locus 02-03 "venetus relaxatio,ventus refocillo"
「・・・・・・何だかなぁ」
祐一は困惑していた。
10人の女生徒と一人の男子生徒に取り囲まれ――その上、その他の生徒の好奇の目に晒されていたためである。
屋上のそこここで祐一の方をちらちらと見てはこそこそと話をする生徒達で溢れていた。
それもそうだろう。この学校の中で最も人気の高い10人の女生徒が一堂に会し、それを実現させた人物なのだから。
その上、あの倉田一弥もその同席を認めている。
つまり、倉田一弥が認めた人物であると言う事なのだ。
「なぁ、いつもあんななのか?」
祐一はややげんなりした表情で訊いた。
「いえ。いつもはあそこまでじゃないけど・・・」
そう答えたのは香里だった。
「なんでだろね?」
にこにことしながらあゆ。
「そうですね〜多分・・・えーと・・・」
祐一の名前が分からないからだろう。佐祐理は困った様な顔をしている。
「・・・とりあえず自己紹介しましょう。名前が分からないと不便だし」
それを見てやれやれといった風な声で切り出したのは美汐だった。
祐一はやや驚きながらも、自分から自己紹介をはじめた。
「そうだな。じゃぁ、俺から」
軽く11人を見回しながら、祐一は口を開いた。
「相沢祐一だ。今日、転校してきた。よろしく頼む」
ぺこ、と頭を下げる。続いて祐一の右側に座っていた千早が自己紹介を始めた。
「御巫千早。祐一とは同じクラスだよ。よろしくね!」
そして、祐一の左側に座っている静希。
「斎笹静希です。千早ちゃんと同じく祐一さんとは同じクラスです。あと」
祐一は嫌な予感を感じ、静希を黙らせようとしたが――
「今は祐一さんの隣の部屋に住んでます」
遅かった。
「言っちゃったよ、おい・・・」
「静希・・・」
祐一と千早は頭を抱えたが、他の誰も気にした風もない。ただ、一弥が――
「・・・大変だなぁ」
と呟いただけだった。
「これで・・・明日には誰もが知ってる事になるんだろうなぁ・・・」
遠い目で蒼い空を見上げる祐一であった。
「生き延びろよ・・・」
ぽん、と肩を叩く一弥。
「ああ・・・」
力無く答える祐一であった。
「僕は倉田一弥。相沢くんと同じく2年だ」
よろしく、と笑う一弥。
(そっか・・・こんな奴だったんだ・・・)
祐一は呟くともなく呟き、そんな祐一を一弥は怪訝な眼で見ている。祐一は軽く頭を振った。
「相沢くん・・・止めてくれ。祐一でいい祐一で。その代わり俺もお前の事一弥って呼ぶから」
「おっけ、祐一。これからよろしく」
「ああ。一弥」
変化。
変化は確かに起きていた。
例えば舞。そして佐祐理。
「倉田佐祐理です」
「川澄舞。3年だけど敬語は使わなくていいよ」
「そう言ってくれると助かる」
笑いながら祐一は、
「悪いけど、佐祐理さんと舞って呼んでいいか?」
「いいけど、何で?」
「何となくだが」
ちょっと困った様に祐一は答えた。
(まさかそう呼んでたから、なんて答えられないよな・・・)
祐一は微かに苦笑――痛みの混ざった苦笑を浮かべた。
しかし舞は祐一のそんな表情には気付かず、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうじゃなくて。何で佐祐理にはさん付けなのにわたしは呼び捨てなのかなって」
舞の笑顔。
嬉しかったが、祐一は敢えて表情を隠した。そして、答えてただ一言。
「・・・嫌だったか?」
それに対する舞の答はあっけらかんとしていた。
「ん、そんな事無いよ。それでいいよ」
「・・・さんきゅ」
祐一はようやく笑った。
そんな二人を見て、少し拗ねた様に佐祐理は呟いた。
「舞と相沢さん、何だか仲が良いです・・・」
そんな佐祐理を見やり、一弥は一言。
「ちなみに僕はこのぼけぼけの弟なんだ」
「ぼけぼけって・・・そうなのか?」
祐一は知ってる、と言う言葉を呑み込んだ。
知っていてはいけない。
そう、そのことは祐一は知っているはずがない事だったから。
「ああ。見事にぼけぼけだ」
「ふえ、酷いです一弥。そこまで言わなくても・・・」
やや涙目の佐祐理と、
「でも事実だよね」
ぼそっと、しかし辛辣な事を言う舞。
しかしその表情には陰は無かった。
例えば栞と香里。
「美坂香里よ」
「美坂栞です」
「香里と・・・栞か。そう呼んでいいよな?」
「ええ。構わないわ。相沢くん」
「いいですよ、相沢さん」
「二人は姉妹なのか?」
祐一のその問いに、香里は冷たく答えた。
「いえ、違うわ」
「・・・え?」
祐一は驚愕のあまり思わず声に出していた。
変わらなかったのか?
祐一がそう思ったとき。
「とっても仲の良い姉妹ですよね、お姉ちゃん!」
「・・・照れるけどね。事実よ」
嬉しそうに笑う栞。
照れた表情の香里。
二人は、少し違う、しかしその根本は同じ表情を見せていた。
つまり、お互いに信頼しあい、支え合っているのが表面に現れていたから。
大丈夫だった。
変わっていた。
祐一は安堵を覚えていた。
この姉妹は、何があっても大丈夫。
祐一は確信した。
例えば、真琴と美汐。
「水瀬真琴よっ!」
どうだ!と言わんばかりにふんぞり返って真琴。
「怒鳴らなくても聞こえてるって」
「何よう!」
苦笑している祐一に掴みかかって行きそうな真琴だったが、
「真琴、抑えて抑えて」
冷や汗を垂らしながら真琴を宥めているのは――
「あ、天野美汐です。よろしく」
美汐だった。
「命拾いしたわね!美汐に感謝するのね!」
「あくまでも偉そうだなオイ」
祐一はにっこり笑いながらベアクロウをかまそうとして――止めた。
そう。
この真琴はあの真琴ではない。
祐一を知っている真琴ではない。
だから。
祐一は何も出来なかった。
「真琴、相沢さんに謝ったら?」
美汐に促され、真琴は渋々謝った。
「う・・・仕方ないわね。悪かったわね!」
「この子は・・・」
苦笑を浮かべる美汐。
「いや、気にしてないから」
祐一は何とか笑顔を浮かべた。
しかしそれ以上に祐一を驚かせていたのは――美汐が、表情豊かになっていたことだった。
例えばあゆと名雪。
「水瀬あゆだよ。さっきは助けてくれてありがとね!」
満面の笑みであゆ。
人見知りの癖は消えたらしい。
「怪我が無くて良かった」
「祐一くんのおかげだよっ!」
あの世界と変わらない呼び方。
変わらない笑顔で、あゆ。
「祐一くん、か・・・」
しかし、やはりどこか違うあゆ。
「うぐぅ、嫌だった・・・?」
しかし、困った様な表情のあゆに――
「いや、そう呼んでくれた方が嬉しい」
こう答えたのは感傷故か。
「水瀬名雪だよ」
「水瀬・・・あゆと、真琴とは姉妹なのか?」
祐一は答が解っているいる質問をした。
ただ、確認のために。
「・・・姉妹なのか?」
「うん。そうだよ」
嬉しそうに答える名雪。
「そうか・・・」
(そう言う事になってるのか・・・)
祐一は言葉に出さず、呟いた。
(秋子さん、だろうな。感謝、しますよ・・・)
しかし、深くは訊かない。
訊くべきではない事だったから。
しかし、それ以上に祐一は動揺していた。
「これからよろしくね、相沢君!」
名雪の、その言葉故に。
つまり。
名雪は。
祐一が従兄弟であると言う事を知らない。
12人ははじめて――そう、はじめて――逢ったにも関わらず、以前からの知り合い――否、幼なじみの様に仲良く過ごした。正確には静希と千早を除く10人だったが。
そして。
一弥の口から、不意にこんな言葉が漏れた。
「なんでだろうな、祐一。お前だと姉さん達を任せてもいい様な気がする」
「買いかぶりだ。俺はそんなに大層な奴じゃない」
微かな恐怖を感じつつ、祐一は答えた。
任されるのが嫌なわけではなかった。
ただ、今はそうあるべきではない。
そんな気がしていたからである。
「相沢くん」
「祐一と呼んでくれ」
「・・・そのうちね。あなた、あたし達と逢うのってはじめて?」
予想していた問いだった。
しかし、その問いは同時に祐一の心を砕きかねない凶器でもあった。
苦しみ。
痛み。
そんなものを抑え、祐一はようやく答えた。ただ一言。
「ああ・・・」
と。
しかし香里も、他の誰も納得していない。
「そう・・・。でも、どこかで逢った様な気がするのよねぇ・・・」
「香里も?わたしもそんな気がしてるんだけど・・・」
こう答えたのは名雪。
「ふえ。どこででしょ・・・」
考え込んでいるのは佐祐理。
「もうっ!何で思い出せないのよう!」
癇癪を起こしているのは真琴。
「どこででしょうね・・・」
真琴を宥めつつ、美汐。
「えう、解らないです・・・」
唇に指を当てて栞。
「・・・確かにどこかで逢った様な気がするのに」
困惑した表情で舞。
「うぐぅ・・・なんでだろ・・・」
何とか思い出そうと頭を抱えているのはあゆ。
祐一はそんな彼女たちに。
「気のせいだ。俺は――お前らに」
痛み。
心を引き裂くほどの痛みに、耐えながら。
強い意志で。
あるいは、強すぎる意志で。
答えた。
「はじめて逢うんだから」
そうかな、と気にしながらも9人は階下に降りていった。
その後を追う様に、他の生徒達も三々五々帰っていく。
屋上には祐一と千早、そして静希だけが残された。
風が、強く吹いた。
「解ってた事だけどな」
祐一は苦笑を浮かべた。
苦笑と言うには、あまりにも感情の入りすぎている苦笑。
「ああ、解ってた事なんだ。あいつ等が俺の事忘れてるなんて」
ぽつり。
ぽつりと。
「あいつ等が元気で、笑ってられるならそれでもいい」
痛みを振り切る様に。
感傷を振り切る様に。
「それでもいいなんて言ったけど・・・やっぱ辛いな、静希。千早・・・」
そう言って千早と静希に振り返った祐一は――微笑っていた。
千早も、静希も思わず涙をこぼしていた。
祐一の優しさ。
強さが辛くて。
そして切なくて。
千早と静希は――思わず祐一に抱きついていた。
「祐一・・・あたし達は、側にいるから。祐一の、側にいるから」
「忘れてませんから。わたし達は祐一さんがやった事、忘れてませんから」
涙が、祐一の胸を濡らした。
しかしそれ以上に二人の温もりが祐一を元気づけた。
そこにある、確かな温もり。それが嬉しかった。
「ありがとな・・・お前らがいてくれて、本当に良かった・・・」
そう言って二人を抱き返した祐一は――泣き笑いではない笑顔を浮かべていた。
「ありがとうな。千早。静希・・・」
―continuitus―
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illius"
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involvere"