Locus 02-04 "passio ex picturae illius"





「やれやれだな・・・」





 屋上から戻ってきた祐一達を迎えたのは、ある意味尊敬の、ただし微かな嫉妬の入り交じった視線だった。
「・・・なんだ一体?」
 その祐一の質問に答えのは滝元だった。
「やるね、やるねぇ祐一!まさか転校初日で10人全てを陥落させるとは!」
 しかし祐一はそんな滝元を半眼で見やりながらあほかこいつわ、と言った声音である。
「・・・何言ってんだ?」
「おおっと誤魔化すんじゃないぜブラザー。お前が仲良くご飯を食べてたのは誰だい?」
「・・・・・・なるほど」
 納得。
 即ち、この学校に置いて抜け駆け禁止の10人に、見事に近付いてしまったことになるのだ。しかも、転校初日に。
「あれは・・・」
 祐一はあゆが、と言いかけ、口を閉ざした。そして再び口を開く。
「水瀬が階段から落ちかけてたのを助けた礼だ。それ以上でもそれ以下でもない」
 その祐一の言葉に滝元はふむ、と腕を組んだ。
「階段から落ちる様な水瀬というと水瀬あゆか。ふむふむ。しかし上手くやったなぁ」
「?言ってる意味がよく解らないんだが」
 祐一は滝元のその言葉の意味を量りかねていた。しかし、滝元はその答えをあっさりと与えた。
「よく倉田一弥が認めたな、と思って」
 なるほどね、と祐一は呟き、
「だから礼だろ?今日だけだ」
 素っ気なく答えた――否、答えようとした。
 声は――微かに、震えた。
「そう思えないけどな・・・お、先生が来た。じゃ、またな」
 そんな祐一に気付いたのか。滝元は自分の席に戻った。
 祐一は、冷たい言葉を口にした。
「そうさ。俺と、あいつらは・・・今日、はじめて、出会ったんだ。仲だって・・・良い訳じゃ・・・無い・・・!」
 自分に言い聞かせるために。

 
 午後の授業中、祐一は――集中力を欠いていた。
 言うまでもなく昼の出来事が原因である。
 予期していたこととはいえ、想像するのと実際にそれが起こるのとは違う。
 それが起こって初めて分かることもある。
 つまり、祐一は――
 心のどこかで彼女たちが自分を覚えていることを期待していた。
「このままじゃいけないなんて解ってるんだけどな・・・」
 自嘲めいた笑みを浮かべ、祐一は独りごちた。
「とにかく・・・あの世界はあの世界。この世界はこの世界だ。仕方・・・ないやな」
 振り切ろうとする。
「それに・・・この世界だからあいつらに逢えたんだし」
 クラスの女子と仲良さそうに話している千早と静希。
 二人の笑顔が、祐一を救っていた。
「とにかく、全てはこれからなんだから」
 祐一はうん、と伸びをした。
「じゃぁ、帰るかな・・・」
 鞄を手に取るや、
「祐一、一緒に帰ろ!」
「祐一さん、一緒に帰りましょ!」
 千早と静希が寄ってきた。
「ああ、いいけど。・・・お前ら、部活とかは?」
 何とはなしに聞いてみる。
「あたしは帰宅部」
「わたしもです」
 にっこり笑う千早と静希に、祐一も笑いかけた。 
「じゃ、いいか・・・」
 そう言い、連れだって帰りかけた矢先――
「相沢祐一はいるか・・・!」
 教室に、衝撃が走った。
 格闘系の部活にでも入っているのか。
 かなり体格の良い男子生徒が数人、連れだって祐一達の教室に入ってきた。
「・・・俺が相沢祐一だが?」
 祐一はしかし全く動じていない。
 他の生徒達の方が怯えているくらいだ。
「・・・なかなか良い度胸だな」
 感嘆の表情で、リーダー格の男子生徒。祐一は首をすくめた。
「ありがとよ。で、要件はなんだい?」
 リーダー格の男はにや、と残忍な笑みを浮かべた。
「ちょっとばかり付き合って貰おう。なに、時間はとらせないさ」
 祐一は思わず苦笑を漏らしていた。どの世界にもこんな奴は居るんだな、と。
「やれやれ・・・なんというか・・・」
「黙って付いてくればいいんだよ・・・」
 ドスを利かせた声で促したのは、身長はともかく、筋肉の固まりの様な男だった。
(あんた本当に高校生か?)
 祐一はそんな突っ込みを心の中で入れつつ、千早と静希に明るく声を掛けた。
「と言うわけで千早。静希。ちょっとばかり行って来るわ」
「いってらっさい〜」
「早く帰ってきて下さいね〜」
 千早も静希も心配した風には見えない。
「・・・御巫も斎笹も案外冷たいのな」
 滝元もあまり心配した風ではなかったが、敢えて千早と静希に質問。
 しかし、その答えは。
「だって祐一だから。あんなのが何人かかっても祐一をのす事なんて出来ないよ?」
「そうですね。信じてますから」
 と言うものであった。
 滝元はやれやれ、と肩を竦め――
「はいはい、ごちそうさま。んじゃ、俺も待たせて貰うとするかな・・・」
 自分の席に戻り、文庫本を広げた。


 一方、体育館の裏。
「で、要件は?」
 付くなり祐一は切り出した。余分な時間を使いたくない、と言った表情だ。
 それに答えたのはリーダー格の生徒だった。
「簡単な事だ。御巫と斎笹のことだ」
 その言葉に祐一は冷笑を浮かべた。
「近付くなって事か?そりゃ無理だな」
 それにな、と祐一は言葉を続けた。
「悪いけどな。今日の俺は――機嫌が悪い。手を出さない方がいいぞ?」
 ごく自然体で立っている祐一。
 隙がない。
 それに気付いたわけでもないだろうが、リーダー格の生徒は苦笑を浮かべた。
「早まるな。そんな事じゃない。第一お前をどうにかしたところであの二人が俺たちに振り向くわけではない。それくらいは解る」
 その言葉に祐一は怪訝そうな顔になった。そして問う。
「じゃぁ、なんなんだ一体・・・?」
 次の瞬間、男達は土下座した。
「写真を・・・」
「は?」
「頼む、写真を撮ってきてくれ!盗み撮りなんかじゃなくて、視線がしっかりこっちを向いたのを!」
 悲愴な表情を浮かべ、男達は泣いていた。その一種異様な雰囲気に祐一は思わず後ずさっていた。
「・・・うわぁ、来なきゃ良かったなぁ」
 じりじりと、祐一が後ずさる。
「後生だ、相沢!写真を・・・写真を・・・!」
 追いかけて男達がにじり寄る。
 じりじり。じりじり。
 不意に、逃げ場が無くなった。
 壁だ。
 しかし男達は土下座の体制のまま寄ってくる。
 恐怖。
 恐怖が祐一を支配した。
 故に。
「分かった!分かったからこれ以上近付かないでくれ!」
 悲壮な決意とともに、そう答えてしまっていた。
 刹那、
「ありがとう相沢!ありがとう、ありがとう・・・!」
 男達は祐一に抱きついた。
「うわ、離せ!汗くさい!」
 しかし男達は感動のためか、祐一のそんな言葉は耳に入っていない。
 抱きつく腕により一層の力がこもった。
「放せってのに!」
 泣きそうな祐一の声にようやく正気に戻ったのだろう。
「おお、すまんすまん」
 言いながら、男達は1人また1人と祐一から離れていった。
 先ほどまでの殺気は、即ち写真を欲するが故のものだったのだろう。その願いが叶うと解った今、男達の表情は明るかった。
「相沢、何か困ったことがあったら俺たちに言え!きっと力になるからな!」
 そして――むくつけげなる男達は文字通りスキップしながら去っていった。
「な、何だったんだ一体・・・!」
 単純に喧嘩するよりもダメージは遙かに大きかった。
 祐一は暫し呆然。
「・・・・・・・・・・・・」
 した後、
「・・・教室に帰ろう・・・」
 よたよたと教室に戻っていった。


「・・・何だかなぁ」
 疲れ果てた祐一が教室に戻るや否や、
「相沢、大丈夫だったか?」
「相沢くん、怪我はない!?」
 クラスメイト達が寄ってきた。
「ああ。別にそんな喧嘩というわけではなかったし・・・」
 苦笑しながら祐一。
 どうやらクラスに受け入れられたらしく、男子生徒の目には嫉妬の色の欠片もない。
「でもお前、凄いよなぁ。俺だったら絶対逃げてるぜ・・・」
 そんな声。
 そんな声に祐一は答えた。
「逃げたって解決にはならないからな。逃げるよりぶつかっていった方がずっといい」
 自分に言い聞かせる様に。
「ところで・・・」
 千早と静希は、と言いかけて祐一は口を閉ざした。
 にこにこと笑いながら、二人が寄ってきたからだ。
「あ、やっぱり大丈夫だった」
「そうですねぇ。祐一さんですものねぇ」
 あっけらかんと、またはのほほんと千早と静希。
「ちいっ!生きてやがる!」
 半ば本気で悔しそうなのは滝元だ。 
「生きとるわいっ!」
 祐一は一瞬にして間合いを詰め、滝元の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「い・・・いいのもってんじゃねぇかよぉぉぉ・・・」
 がっくりと崩れ落ちる滝元に、祐一は冷や汗を浮かべた。
「あ。やべ」
 しかし、
「ふっかぁつ!この俺は無敵で不死身で素敵で不気味なのさ!ん、どうした祐一!いやまいすいーとはにー!」
 祐一は今度こそ本気になった。
「だ・れ・が・・・まいすいーとはにーじゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 拳と肘と膝の乱打が滝元に牙を剥いた。
「うきょぉぉぉぉぉぉっ!」
 倒れ伏した滝元を見下ろし、祐一は呟いた。
「これで・・・どうだ・・・?」
 しかし、無情にもボロボロだった滝元は一瞬にして復活した。
 見れば服さえも元に戻っている。
「甘ぁい甘いなまいだーりん!」
「化け物かお前はぁっ!?」
 半ば悲鳴の様な声を上げる祐一に、
「無駄よ、相沢くん・・・だって滝元くんだし」
「そう。あいつには物理法則は働いていないんだ、きっと・・・」
 納得顔のクラスメイト達である。
「・・・疲れた・・・帰る。・・・みんな、また明日な・・・」
 半ば泣きながら去っていく祐一を、
「うん、それがいいよ」
「じゃ、帰りましょ」
 千早と静希が追いかけていった。
「相沢・・・羨ましいが・・・それ以上に哀れだ・・・」
「相沢くん・・・目を付けられちゃったねぇ」
 祐一達を見送るクラスメイトの視線は同情に満ちていた。
 それは男子とても例題ではない。
 それは千早と静希が懐いたという羨ましさよりも、滝元に気に入られたという哀れみの方が遙かに上回っているからであった。
「とにかく・・・面白くなりそうだな、これから」
 仲良さそうに去っていく祐一と千早、静希。
 3人を見送りながら、滝元は笑っていた。





「冗談じゃねぇぞ、全く・・・」





―continuitus―

solvo Locus 02-05 "invitatia illius,illuceo invisitalis"

moveo Locus 02-03 "venetus relaxatio,ventus refocillo"