Locus 02-05 "invitatia illius,illuceo invisitalis"





「・・・何で俺はここに来てるんだ?」





 ぐったりとして教室を出ていった祐一は、後を追いかけてきた静希と千早に両腕を捕まれた。
「祐一さん、元気がないですよっ!」
「こんな時は美味しいものを食べるのが一番!」
 そしてそのまま引きずられる様に祐一は商店街へと連れ去られた。
 そして辿り着いた先は――
「・・・結局ここか」
 祐一は疲れた様な表情で店のドアを見つめた。
 百花屋。
「・・・俺、帰っちゃ駄目か?」
「駄目」
「却下」
 そして祐一はそのまま店内へと引きずり込まれた。


「・・・変わらないんだな。やはり」
 店内を見、祐一は感慨深そうに呟いた。
 あの頃、名雪と――前の世界でだが――来ていた店内と、全く変化がない。
 女性8割以上、男が2割未満といった客層も変わりがない。
 そして、嬉しそうにイチゴサンデーをぱくつく名雪と、アイスクリームを前に幸せそうな表情を浮かべている栞も。
 全く違いはなかった。
 ただ、違うとすれば、一緒にいるのは一弥だと言う事くらいだろう。
 そして、彼女たち個人個人と来ていたのが、全員と来ていること。
「・・・・・・」
 祐一は微かに痛みを感じていた。
 彼女たちの話の輪に入れない。
 その事実を痛感して。
 しかし、すぐ隣を向けば千早と静希がいる。
 祐一が辛そうな顔を見せたら彼女たちはすぐに自分のことのように悩むだろう。
 祐一にはそのことが解っていた。
 だから。
「さて、どこ座る?」
 敢えて、明るく訊いた。
「窓際・・・しか空いてないですね」
「いいよね?」
 早く行こう、と祐一の袖を引っ張って行きそうな二人に、祐一は自分が笑っているのを自覚した。 
「ああ。別に構わないぞ」
 静希と千早は満面の笑みを浮かべた後、窓際の席に向かい――その席のすぐ近くにいる1人の男子生徒と8人の女生徒の姿を見た瞬間、息を呑んだ。
 名雪。
 あゆ。
 栞。
 香里。
 舞。
 佐祐理。
 真琴。
 美汐。
 そして、一弥。
 思わず、振り向く。
 祐一の表情に変化はない。
 そして、気付いた。
 祐一は知っていたことに。
 だから。
「・・・あ」
「ごめん・・・」
 泣きそうになった。
 祐一を元気づけようとしたはずなのに、結果は裏腹になりそうだと。
 余計に祐一を傷つけることになるのではないかと。
 そのことに、恐怖した。
 しかし。
「莫迦。気にするな。第一、今の俺にはお前らが居るんだから」
 祐一は笑顔を見せた。
 無理のない笑顔を。
 二人に、見せた。
「いっそ一緒にお茶するか?俺はそれでも構わないぞ」
「でも・・」
「祐一さんは・・・」
 歯切れの悪い二人の頭を祐一は撫でた。
 優しく。
 とても優しく、撫でた。
「俺がいいって言ってんだから良いんだよ」
 そして微笑い、二人を促した。
 そんな祐一の気持ちに応えたかったからだろう。
 千早と、静希は笑った。
 何とか笑って、祐一に答えた。
「・・・うん」
「そう・・・だね・・・」
 祐一はもう一度二人の頭を撫でた後、9人が座っている大きなテーブルに向かった。
 そして、深呼吸一つ。
 声をかけた。
「よ。なんてか、お前ら仲がいいね」
 一番先に反応したのは名雪だった。
「あ、はいああふんは」
 スプーンをくわえたまま笑い、
「名雪・・・あんたね。飲み込んでから話しなさい。相沢くん、こんにちは」
 香里に注意され、もぐもぐとした後口の中のイチゴサンデーを呑みこんだ。
 そして。
「あ。相沢君だ」
 言い直す。
「相沢?相沢もこんなとこ来るんだ・・・って、斎笹と御巫につれられてきたの」
 舞が振り向き、 
「あはは〜。相沢さん、こんにちは!」
 佐祐理が微笑った。
「相沢さん、また会いましたね!」
 バニラアイスと格闘しながら栞が挨拶し、
「相沢さん、こんにちは」
 あんみつのスプーンを手に美汐が頭を下げた。そして。
「なに!相沢っ!」
 チーズケーキを食べていた真琴は皿を持ったまま立ち上がり、
「祐一くん、やっほー」
 あゆはぶんぶんと手を振った。
「おう、昼ぶり。一緒していいか?」
 苦笑しながら皆に問えば、
「仕方無いわね、いいわよっ!」
 とか、
「ま、いいんじゃない?佐祐理は?」
 とか、言葉は様々だが、許諾を得た。
「んじゃ、邪魔するぞ。・・・悪いな、一弥」
 あまり悪そうでない風で祐一が言えば、一弥も首をすくめた。
「いや、構わないよ。正直言うと男1人は辛くてね」
「違いない・・・千早、静希。お前らも座ったら?」
 祐一のこっち来い、という手招きに、千早と静希も
「うん」
「じゃぁ・・・」
 と席に着いた。
 静希は祐一の右側に。
 千早は祐一の左側に。
 それに何となく安心しながら、祐一はテーブルを見回した。
 やや騒がしいものの、みんな仲良く食べている。
「・・・一種壮観だな」
 感慨と、懐かしさを交えた声で祐一が呟くと、
「ははは・・・僕もそう思う」
 苦笑しながら一弥が答えた。
 うーん、と祐一は唸り、そして率直に訊いた。
「一弥・・・こいつら全員に奢るの大変だろう・・・」
 一弥の答えはあっさりとしたものだった。
「ん?何言ってんだ祐一。会計は別」
 その答えに祐一は疑問を憶えた。
 問う前に、一弥は答えた。
「だって僕は彼女たちと付き合ってる訳じゃないから。僕は約束を守ってるだけ」
 自分に言い聞かせるように。
「誰と交わした約束かは憶えていないけど、でも、確かに約束したんだ」
 誇り高い表情で。
「この人達を護る、って。この人達が本当に好きな人を見つけるまでは、ね」
 しっかりと、答えた。
「そっか・・・」
 祐一は言葉を堪えた。
 ともすれば出そうになる言葉を。
 ひたすら、抑えた。
「ありがとう」
 そう言いたかった。
「お前は護ってるよ」
 そう言って、一弥を労いたかった。
 しかし、出来ない。
 出来るはずがない。
 だから。
「凄いな・・・お前は・・・」
 何とかそれだけを言葉にした。
 一弥は祐一のその声に響きに何かを感じたが、それが何であるかに気付くことはなかった。
 微かな懐かしさ。
 強いて言えばそんなものだったろう。
 しかし、何故その様な懐かしさを抱くのか、理由がない。
 一弥はそう判断した。
 しかし――祐一を認めたのも事実だった。
 自分が護り続けてきた8人の少女達の隣に立ちうる存在として。


 それから1時間、祐一達は仲良く過ごした。
 まるで幼なじみのように。
 帰り際に、再会の約束をして。
「じゃぁ、またな」
「また明日ね」
「では、さようなら」
 祐一と千早、静希は9人を見送りった後、自分たちの帰途についた。
 そして祐一は千早と静希の頭に手を伸ばし――
「さんきゅ。元気出た」
 撫でた。
 千早と静希は目を細め、しばらくそのままでいたが、
「よし!」
 千早の発言でそれは崩れた。
「千早?」
 怪訝そうな祐一に、千早はきっぱりと、明るく提案した。
「これからは3人で夕ご飯を食べよう!」
「あ。それは良い考えです」
 待てという間もなかった。
 すぐさま静希も賛成し、あとは祐一だけである。
「いや、でもな」
 しかし静希はずいと祐一ににじり寄った。
「二人分も三人分も大差ないですし」
 にこにこと笑う静希に、
「あると思うぞ」
 祐一はぼそっと呟いた。しかし、静希も千早は気にした様子はない。
「と・に・か・く!祐一は今日からあたし達と一緒に夕ご飯食べるの!」
 わかったわね、といった風な千早に祐一は苦笑を洩らした。
「解ったよ。でも、強引だな」
「今日はあたしが作るね。明日は静希の番。で、明後日は祐一ね」
 ほくほくと順番を決めていく千早。
「一人で食べるのって、味気ないですし。・・・嫌、ですか?」
 少し不安そうな静希。
 そんな二人の様子に、祐一は笑顔を向けた。
「嫌なんて言ってないぞ。むしろ歓迎だ」
「良かった・・・」
「良かったよぉ・・・」
 安心した表情を見せた後、
「じゃぁ、買い物に行こう!」
「行きましょう!」
 静希と千早は祐一を引きずってスーパーマーケットへと疾走を開始した。
「・・・またか!またなのか!?」





「早く、元気になってくれなきゃね!」





―continuitus―

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