Locus 02-06 "illa cocuo,ex cor isti"





「俺は一体何を喰わされるんだろう・・・?」





「牛乳、バター、生クリーム、鶏肉、ベーコン♪」
 祐一が抱える籠の中に、千早は次々と食材を放り込んでいく。
「玉葱、ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリ〜♪」
 放り込まれていく食材。
 それらを見て、祐一は呟いた。
「シチューか・・・」
「うん!」
 祐一の呟きに頷いた千早はさらに食材を放り込んでいった。
「ナガイモ、ワサビも忘れずに〜♪」
「おいっ!?」
 祐一は思わず声に出していた。
「なんでナガイモとワサビがシチューに要るんだ?」
 祐一の問いに千早は一瞬きょとんとした表情を見せた後、にやと笑い、短く答えた。
「秘密」
「秘密って・・・おい、千早!」
「秘密」
「あのな」
「秘密」
「静希・・・お前、何か知ってるか?」
 疲れた様に静希に訊くと、静希も短く答えた。
「秘密です」
「お前もかっ!」
「秘密です」
「おーい」
「秘密です」
 祐一は不安が大きくなっていくのを感じ、思わず呟いていた。
「・・・不安だ。何だか不安だ。俺は一体どうなるんだろうか?」
 それを聞いた千早はにっこりと笑った。
「悪い様にはしないから」
 悪い様にはしないから。
 あまりにも不吉なその響きに、祐一は戦慄した。
「・・・逃げてしまいたいがそういうわけにもいかないだろうなぁ」
 その呟きに静希は笑った。
「逃げても行き場所解りますしね」
「だから逃げても無駄だよ」
 何の気無く。
 そう言って、笑った。
 しかし祐一の答えは、静希と千早の予想を裏切っていた。
「いや。約束しただろ?一緒に食べるって」
 あっさりと。
 当然の様に、祐一は答えた。
 しかしそれは、千早にとっても静希にとっても予想外の答えだった。
「・・・うん。そうだね」
「そう・・・でしたね」
 なんとか、そう答えた。
 歓喜。
 溢れそうな歓喜は、そんな言葉しか生まなかった。
 歯痒かったが、しかし。
 それ以上の言葉を持ち得ないのも事実だった。
「約束、なんだものね」
 だから、それだけ言葉にして――
 千早と静希は笑った。


「結構買い込んだな・・・」
 両手にぶら下げた買い物袋の重さに辟易としながら、祐一は呟いた。 
「うん。今日の夕ご飯と明日の朝ご飯、昼の弁当もあるから」
 祐一の呟きに答える様に、千早。
 しかし、その言葉は更なる疑問を祐一に喚起させた。
「・・・待て。明日の朝ご飯は良いとして、昼の弁当って?」
「聞いたとおり。何か不都合が?」
 なに当たり前の事聞いているの、と言う表情の千早に、祐一は更に問いを投げかけた。
「俺も作るのか?弁当を」
 しかし、その声の響きは疑問、と言うより確認だった。
「本当に?」
 念を押す祐一に、
「当然でしょう?」
 にこにこと笑いながら、千早は答え。
「楽しみですね」
 半ばうっとりとしながら、静希は頷いた。
「ぐあ・・・」
 そんな二人に、祐一は呻く事しか出来なかった。
 そして千早の部屋の前。
「はい、じゃぁ着替えたらあたしの部屋ね」
「解った」
「はい、じゃあまた後で」
 3人はとりあえずそれぞれの部屋に戻った。


 そして30分後。
「千早ー。来たぞー」
「あ、祐一。上がって上がって。静希はもう来ているから」
 エプロンを付け、片手に包丁片手にニンジンの千早が祐一を出迎えた。
「んじゃ、お邪魔ー」
 そしてキッチンを通り抜け、静希が待っている部屋へと。
「あ、祐一さん」
「おう、祐一さんだぞ」
 すぐさまお茶を淹れた静希の正面に座る。
 と、静希は少しだけ不服そうに祐一に問い質した。
「ちょっと遅かったですね」
「ああ。ガス会社に来て貰ってたから」
 その祐一の答えに静希は小首を傾げ、ああなるほどと頷いた。
 そして、嬉しそうに言った。
「じゃぁ、料理が出来る環境が整ったのですねっ!」
 と。
「・・・・・・あまり期待されても困るけどな」
 苦笑しながら答えた祐一に、
「期待、しちゃいますよ。やっぱり」
 と言ったのは目の前の静希。
 千早はひょいと顔を出して、
「期待してるからね♪」
 と楽しそうである。
「ぐあ・・・」
 と呻く祐一を余所に千早はすぐさまキッチンの作業に没頭した。
 そして、聞こえてきたのは千早の奏でる音。
「♪」
 野菜の皮を剥く音。
 野菜を切る音。
 肉を切る音。
 それらを炒める音。
 それらの音はリズミカルだったと言っていいだろう。
「楽しそうだが・・・」
 祐一は呟いた。 
「不安だ・・・そこはかとなく不安だ・・・」
「大丈夫ですよ、千早ちゃん料理上手いから」
 不安そうな祐一と対照的に、静希はにこにことしている。
 信用はしたい。
 しかし、ナガイモとワサビの一件が尾を曳いていた。
「・・・そうである事を切実に願う」
 祐一の声が聞こえたのだろう。
「ごちゃごちゃ言わない!祐一は黙って待ってればいいの!」
 おたまを持ったまま千早が叱責。
 その奇妙な迫力に、祐一は黙って頷いた。
 否。
 黙って頷くことしかできなかった。
 しかし、時間が経つごとに漂ってくる匂い。
 その匂いは、祐一の不安を解消するには十分すぎるほどだった。
「・・・うーん、期待していいかも知れない」
 祐一がふと洩らしたその呟きに、
「期待しても良いですよ、祐一さん」
 あははと静希が笑い、
「期待してくれなきゃ困るんだけど」
 困った様な表情で千早がキッチンから顔を出した。
 ――すぐさま引っ込んだが。
「なあ、静希」
「何ですか、祐一さん?」
 祐一は何とはなしに静希に訊いた。
「お前らさ。不思議だ、とか、そんなのはなかったのか?」
「?」
 祐一の問いの真意を測りかね、静希は黙っている。
「何故俺の死がトリガーだったのか。他の奴でも良かったのではないか。何故お前らの様な存在があるのか。何故お前らはあのような力を持っていたのか」
 祐一は一呼吸置き、更に続けた。
「何故お前らは転生出来たのか。何故俺は再生出来たのか。なぜ――世界を作り直そうとしているのか」
 静希は目を伏せた。
 解らない。
 何故か。
 ただ、自分達は気付いたらそう言う存在としてあったから。
「わたしにも――解りません」
 しかし、祐一にはその答は予想できていたようだった。
「ああ。そうかもしれない。ただ、答えは――」
 口をつぐんだ祐一の代わりに、静希がその名を口にした。
「『彼』ですか」
「そう、全ては『彼』だ。何で『彼』はこの世界の再構成を望む?俺は・・・それを知りたい」
 静希は頷きかけ――止めた。
 先ほどの祐一の言葉に、不自然な所を見つけたからである。
「でも・・・作り直そうとしているって、どういう意味ですか?作り直した、じゃなくて」
 怪訝そうな静希。
 祐一は、苦笑しながら答えた。
 恐らく祐一以外には気付いていなかった事を。
「気付いてないのか。まだ、完全じゃない。まだ作り直されている最中だ」
「・・・・・・!」
 静希は言葉を失った。
 祐一は、呟く様に言葉を続けた。
「何故か――解るんだよ。俺には」
 寂しそうに。
 微かに寂しそうに、俯く。
 祐一の頭を、鍋つかみを持った手が叩いた。
「はいはい、重たい話はそれまで!料理、出来たよ!」
 千早だった。
 千早はことさら明るく、話を続けた。
「ほらほら、祐一も静希も手伝って!冷めちゃうよ!」
 気を遣っているのだろう。
 祐一には千早の気持ちが伝わっていた。
 ありがとう。
 その言葉は敢えて告げなかった。
 だからその分、元気そうに立ち上がった。
「おう、千早。俺は何をすれば良いんだ?」
 明るく、笑って。
「じゃぁねぇ。皿並べて」
「・・・やはりここでも皿並べか。おっけ、解った」
 千早の言葉に一瞬詰まったが、祐一は言われるままに動いた。
 皿を並べ、ご飯を盛り、箸とスプーンを置いていった。
 そして2分もした頃。
 テーブルの上にはシチューの他に、山芋短冊、サラダが並んでいた。
 祐一はテーブルを見回し、思い出した様にぽんと手を叩いた。
「・・・山芋とワサビってこれだったのか!」
「当たり前じゃない」
 シチューにワサビを入れるわけないでしょ、と悪戯っぽく笑いながら千早。
「く・・・くそ・・・何だか悔しいぞ・・・」
 祐一はそんな千早に悔しがりながらもシチューを一口食べた。
「・・・」
「ん?」
 黙り込む祐一と、怪訝そうな千早。
 祐一は無言で山芋短冊を口に入れた。
「・・・・・・」
「どうしました、祐一さん?」
 そしてさらにサラダを一口。
 口にした後、ゆっくりと、厳かに祐一は口を開いた。
「千早」
「何?」
「お前、料理上手かったのな」
 その言葉と同時に、鈍い音が響いた。
「殴るよ」
 千早はにっこりと良い笑顔を浮かべている。
「殴ってから言うな」
 それからの夕食は穏やかで、楽しくて、祐一にとって心が癒される時間であった。
 しかし――終わりからは逃れられない。
 食事が終わってからも暫くは談笑していたが、日付が代わる時間帯が近付くさすがに辞去せざるを得ないだろう。
 祐一と静希は千早の部屋から戻る事にした。
「じゃ、千早。また明日な」
「千早ちゃん、また明日ね」
「祐一、静希。また明日ね」
 千早の笑顔に見送られ、祐一と静希は外に出た。
 風。
 風が吹いた。
 秋の風。
 祐一と静希は秋風の中、立ちつくしていた。
「いい、風だな・・・」
「ええ・・・」
 そして。
 秋の風に紛れる様に、祐一はぽつりと呟いた。
「ありがとうな。本当に」
「いえ・・・わたし達は・・・」
 一呼吸。
 おいて、静希は祐一に笑いかけた。
「祐一さんが元気な方が嬉しいだけです」
「それでもありがとう、だ」
 祐一は静希に微笑いかけ――
「じゃぁ、また明日、な。静希。お休み」
 軽く手を振って、自分の部屋に戻った。
「ええ・・・お休みなさい。祐一さん」
 静希の部屋に送られて。
 そして。
 ドアを閉め。
 祐一はドアに背中をもたれかけさせ、呟いた。
「お前らがいて・・・本当に・・・」
 良かった。





「元気になったみたいで――良かった」






―continuitus―

solvo Locus 03-01 "et istae sequor eum"

moveo Locus 02-05 "invitatia illius,illuceo invisitalis"