Locus 03-03 "iste molito,confusa et conjectura"





「はぁ・・・世話が焼けるねぇ」





 走り去っていく8人の少女達。
 2人の少女を連れて歩いている相沢祐一。
 そんな彼らを滝元はぼんやり見ていた。
「あらら・・・逃げちゃったね」
 呟きつつ、欠伸を一つ。
「タイミング悪いというか、良すぎるというか・・・。ま、面白いから良いんだけどな」
 眠そうな、しかし鋭い目で。
 滝元は彼らを見つめていた。
「さてさて、どうなるかな」
 また、欠伸を一つ。
 そのまま窓の桟に寄りかかり、待つ。
 5分もしないうちに、3人は教室に入って来た。
 滝元は手を挙げながら、挨拶。
「や。やっと来たな」
「よ、滝元。何だ?」
「嫌だなぁ、和樹と呼んでおくれよマイフレンド」
 歯をきらりと光らせたのだが、
「・・・・・・ははは。もういいや」
 祐一は疲れた様に笑い、
「・・・何だ、和樹・・・?」
 屈した。
 滝元は歓喜。
「ようやく名前で呼んでくれたねまいすいーとはにー祐一」
 祐一に抱きつこうとしたが、祐一は滝元の頭を掴んだ。
「誰がお前のスイートハニーだっ!」
 捕まえた。
 誰もがそう思っていた。
 祐一も、千早も、静希も。
 クラス中の誰もが。
 祐一は指に力を込めていく。
 きりきりという音が聞こえるかの様だ。
「祐一、祐一・・・」
 心配するかの様な千早の声も。
「祐一さん、あの・・・」
 引き留める様な静希の声も聞こえない。
「止めるな千早、静希!
 力を込める。
 強く。
 強く。
 と。
「いや、そうじゃなくて、ね」
「えーと、こっちを見て頂けますか?」
 促され。
「何だよ、全く・・・」
 振り向く。
 困った様な千早。
 曖昧な笑みを浮かべる静希。
 そして。
「余裕が無いぞ、祐一?」
 極上の笑顔を投げかけている滝元。
「んなっ!」 
 なら自分が掴んでいるのは・・・?
 軋む首をなんとか戻し――
 黒く染まる視界を意志の力で切り開き――
 見る。
「ぐあっ!」
 そこには滝元の頭だけがあった。
 よく見れば、シリコンで作られている。
 祐一は確かに滝元の頭を掴んだ。
 その感触を覚えている。
 しかし、今掴んでいるのは――
 何時の間に抜け出したのかが解らない。
 祐一は根元的な恐怖を感じながらも訊いてみた。
「お前・・・本当に人類か?」
「何当たり前のことを訊くんだ、祐一よ?」
 とても良い笑顔。
 その笑顔に、祐一はダミーヘッドを床に叩き付け、ダミーヘッドは――
 跳ね回った。
 まるでスーパーボールの様に・・・
 部屋中をはね回る滝元のダミーヘッド。
 生徒達は悲鳴を上げて逃げ惑った。
「あ、相沢っ!」
 男子生徒が避け。
「相沢君、何とかしてっ!」
 女生徒は懇願した。
「うわ、こっち来るよ祐一っ!」
「まっすぐ飛んできましたよ〜」
 千早と静希の警告に、
「ええいっ!」
 祐一はダミーヘッドを掴み――
 放り投げた。
 いや、放り投げようとした。
 が、投げられない。
 誰かが投げられまいとしているかの様に。
 ふと目を向ける。
「何をする、祐一?」
 掴んでいるのは滝元の顔だった。
 ダミーヘッドはまだ跳ね回っている。
 心持ちスピードが上がっている様な気がしないでもない。
「ええい、紛らわしいっ!」
 滝元を床に放り出し――
「今度こそっ!」
 ダミーヘッドを掴む。
 今度は間違いない。
 間違えていても構わない。
 投げ捨てる!
 そんな強い意志を込めて叫ぶ。
「窓を開けろっ!」
 千早と静希が窓を開け、そこを目掛けて思い切り、投げる。
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 力の、限り。
 しかし。悲劇は繰り返される。地面に落ちたダミーヘッドは跳ね返り、戻ってきた。
 他のガラスを傷付けることなく。
 放り捨てたその窓から。
 戻ってきた。
「ぐあっ!戻ってきやがったっ!」
 そして跳ね回る。
 それを祐一が掴み、窓から投げ捨てようとして躊躇した。
 根拠は無い。
 根拠は無いが、また戻って来る様な気がしたからだ。
 どうしようかと考えあぐね、滝元に手渡す。
「・・・ちっ」
「うわ、無茶苦茶殴ってやりたい」
 つまらなそうに舌打ちをする滝元の頭に祐一は狙いを付けた。
「痛いから止めてくれると嬉しいぞ」
 しかし、滝元はあまり気にした風ではない。
 あくまでも飄々としている。
 祐一は頭痛を抑えながら質問。
「で・・・俺に何か用があるんだろ?」
「はて?」
 滝元は怪訝そうな顔。
「・・・怒っちゃうぞコラ」
「もう怒ってるじゃないか」
 半ば本気で怒りかけた祐一と、それをかわす滝元。
 だったが、滝元の目に真面目な色が宿った。
「とまぁ、冗談はあっちにちゃいして置いて、だ・・・」
 祐一を見据えて。
「水瀬達がな。御巫と斎笹と楽しそうに歩いているお前らを見て――」
 淡々と。
「走って逃げてった」
 告げた。
 動揺を促すでもなく、ただ、淡々と。
 祐一は、
「あのな」
 と疲れた様に溜息一つ。言葉を紡ぎ出し――。
「あいつらとは出会ったばかりだ。何であいつらが俺を待つんだ?」
 それにな、と呟きながら自分の席に着き、言葉を続ける。
「俺を待っていたにしても、逃げる理由が無いだろう?千早も静希もあいつらとは仲良くなったはずだ。偶然だろ、偶然」
 祐一は馬鹿馬鹿しい、と言った風に溜息をついた。
 本当は解っていた。
 彼女たちが自分を待っていたことは。
 しかし、逃げる理由が解らないと言うのは事実だった。
 何故、彼女たちは逃げ出したのか。
 解らない。
 祐一は千早や静希と一緒に登校しただけだ。
 他には何もない。
 昨日、百花屋の前で別れるまでは普通に接していた。
 それがいきなり対応が変わるわけがない。
 彼女たちに、前の世界の記憶の欠片が無い限りは。
 変わるはずがない。
 あの世界では――
 あの、今は喪われた絶望の世界では――
 絆。
 初恋。
 温もり。
 贖罪。
 想い出。
 哀しみ。
 恐怖。
 夢。
 彼女たちはそれぞれの理由で祐一を求めていた。
 祐一は彼女たちに応えたくて街を駆け抜け、そして――
 奇跡は起きた。
 否、起きた様に見えた。
 彼女たちは、確かに笑い、祐一も笑った。
 しかし――すぐに奇跡は砕かれた。
『あの奇跡はより大きな絶望に叩き落とすための前触れだった』
 そう嘲笑うかの様に。
 そして祐一は――全てを喪った。
 結局、誰1人――誰1人として、救うことは出来なかった。
 笑い合うことが出来なかった。
 故に。
 あの世界にあるのはただ、絶望のみ。
 そんな絶望の世界の記憶があり。
 希望が具現した様なこの世界にいて。
 ずっと求めていた、人物が現れたなら?
 永遠に喪われたはずの奇跡の記憶。
 それがもしも甦ったら?
「まさか・・・」
 祐一は乾いた笑いを漏らした。
「でも、そうなると・・・」
 会えば会うほどに、彼女たちの記憶の再生は加速する。
 それがどの様な影響をこの世界に与えるか――
「・・・・・・」
 祐一は、口をつぐんだ。
 滝元はそんな祐一をちらりと見、腕時計を見た。
 8時30分。
 もうすぐHRが始まる。
「ま、後は祐一次第だけどな」
 呟き、自分の席に戻っていく。
 と。
 祐一は滝元の腕を掴んだ。
 そして、訊く。押し殺した声で。
「何を知ってる?」
「・・・は?」
「何を知ってると訊いている・・・」
 殺気さえ滲ませている祐一に、滝元は溜息一つ。
「よく解らないんだけどな。水瀬達に、だ。悪いことしたなら謝る!そうでないなら訊いてみる!どうでもいいなら放っておく!さて、どうする?」
 説教した。
「・・・は?」
 祐一は目を点にして脱力した。
「そう言う意味だよ。ま、俺としてはなんで逃げたかを訊いてみるってのを勧めるけどね」
 笑いながら滝元が席に着くのと同時に――
「おはよー!今日も元気良く行きましょー!」
 向坂が元気良く入ってきた。





「会わないわけには・・・行かないんだろうな・・・」





―continuitus―

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