Locus 03-04 "et iste facio"





「もう・・・駄目なんだ・・・」





 彼が姿を現したのは、2時間目の授業後だった。
「相沢・・・」
「・・・一弥か」
 やや疲れた表情の一弥。
 何かあったのがすぐに分かる。
 何があった、と祐一が問う前に、一弥は重い口調で話し出した。
「姉さん達の様子がおかしい」
「そうか・・・」
 しかし、祐一はそうとしか答えることが出来ない。
 何かあったのかな、と思うだけ。
「お前、知らないか?」
「何をだ?」
「姉さん達が沈んでいる理由」
「俺は知らないぞ」
 だから一弥の問いにも答えることは出来ない。
 何も知らないのだから。
「何故俺に訊く?第一――今日はまだ佐祐理さんには会っていない。他の誰にもだ」
 祐一はただ事実を述べているに過ぎない。
 しかし、一弥は納得いかないと祐一に詰め寄った。
「でもそれじゃあ理由が付かないんだよ・・・
 姉さんはお前に会うと言っていた。朝は、明るかった。嬉しそうだったんだ」
 苛立っている。
 表面に見えるほどに。
 クラスメイト達はただ、黙って見ているだけ。
 茶化すことも、祐一を弁護することも責めることも出来ない。
 ただ、見ているだけ。
「なのに今は何故あんなに沈んでいる?」
 一歩、祐一に近付く。
「・・・・・・」
 祐一は沈黙を守っていた。
 考えつかないからだ。
 彼女たちが何故沈んでいるか。
「なぁ・・・何でなんだよ・・・」
 もう一歩、近付く。
「待てよ」
 それを止めたのは――
「倉田一弥――だったな。
 一つ言っとく。こいつのせいじゃないぜ?」
「君は・・・」
「滝元和樹」
 滝元だった。
「滝元、か。・・・何でそう言える?」
 一弥は胡散臭そうな眼で滝元を見据え、滝元はそれを平然と受け流している。
「見てたからだよ。
 こいつはただ単に御巫や斎笹と一緒に歩いてただけだぜ?それを見て水瀬達が走って逃げていったのは事実だけどな」
 その言葉に、一弥は反応。
 祐一の方を向いて。
 祐一は――目を逸らさず、一弥の視線を受け止めた。
「それじゃやはり・・・」
 その次の言葉は滝元によって遮られた。
「待てっていったんだよ。祐一は御巫や斎笹・・・幼なじみと一緒に歩いていただけだぜ?それのどこが悪いんだ?
 それのどこに非難されるべき理由がある?」
「それは・・・」
 一弥は答えることが出来ない。
「一緒だよ。お前が水瀬達と一緒に歩いてるのとな」
 一弥も一緒だから。
 責めることが出来ない。
「・・・・・・」
「解ったか?こいつには何の責任もない」
 しかし。
「解ってる」
 呟く。
「解ってるんだよ、本当は・・・」
 どうしようもない、と言った風に。
「祐一は悪くない。解ってるんだ、そんなことは」
 血を吐く様に。
「でも、駄目なんだよ」
 救いを求めて。
「僕じゃ、もう駄目なんだよ。多分、祐一じゃないと駄目なんだ」
 祐一を見据えて。
「頼む。何とか・・してくれ・・・」
 一弥は、懇願した。
「あんな姉さん達を見ているのは・・・辛い・・・」
 一弥の視線を受け止め、祐一は疲れた様な笑みを浮かべた。
「俺ならあいつ等を笑顔に戻せる、と・・・?」
 眼を伏せ、呟く。
「・・・買いかぶりすぎだ」
 その言葉に、一弥は絶句した。
 一弥だけではない。
 千早も。
 静希も。
 滝元も。
 否。
 クラスの誰もが、言葉を失った。
 しかし。
「でもな」
 苦笑混じりの。
「そこまで言われたら動くしかないじゃないか」
 祐一の言葉に、誰もが安堵した。
 ああ。
 これが、相沢祐一なんだ、と。
「すまない、祐一・・・」
「気にするな。あ、それと・・・和樹」
 頭を下げる一弥に笑いかけながら、
「ん?何だ?」
「ありがとな」
 滝元に礼を言う。
「止めろって。お前に素直に礼言われたら背中が痒い」
 滝元は意外にも照れている。
 それを見た祐一は人の悪い笑みを浮かべ、
「なら尚更にありがとうだ」
 また礼を言った。
「てめ、わざとやってやがるな?」
 苦笑しながら、祐一は軽く殴る真似をする滝元。
「ばれたか」
 祐一も笑いながら避けて見せて、一弥に告げた。
「ま、一応訊いてはみる。話してくれるかどうかは分からないけどな」
 言い残し、廊下に出ていく
「おー、行ってこーい」
「頼んだ・・・」
 滝元と一弥に見送られて。
 廊下には――千早と、静希。
「祐一・・・」
「祐一さん・・・」
 心配そうに、祐一を見ている。
 祐一は、苦笑。
「馬鹿だと、思うだろ?」
 この世界を揺るがしかねない行為であること。
 それは解っていた。
 痛いくらいに解っていた。
 でも。
 放っておけない。
「でもな。やっぱり、放っておけないんだよ。あいつらを・・・」
 その祐一の言葉に、二人は笑顔で応えた。
「ううん。それでこそ祐一だよ」
「そうですよ」
 祐一は二人の頭に手を伸ばし――
「さんきゅ」
 軽く、頭を撫でて――
「じゃぁ・・・行って来る」
 足を踏み出した。
 向かうのは、8人の少女が待つ、4つの教室――





「覚悟を・・・決めるか・・・」





―continuitus―

solvo Locus 03-05 "aggredio istas,eo fiducia et resolutio"

moveo Locus 03-03 "iste molito,confusa et conjectura"