Locus 03-06 "illius affecta,declaro istum"





「話さなきゃ・・・いけないんだろうな・・・」





 そして、昼休憩。
 8人の少女は1人の少年と2人の少女を待っていた。
「あれ?佐祐理さん、一弥くんは?」
 何の気無しの、あゆの疑問に。
「えーと、ちょっと用事が出来たから今日はパス、だそうです」
 少し心配そうに、佐祐理が答えて。
「・・・都合がいいと言えば、いいのかも」
 香里がぽつりと本音を洩らした。
 彼女たちの表情に宿るのは、安堵と不安。そのことに、舞が疑問――というより、確認を口にした。
「・・・その様子だと相沢が来たみたいだね」
 それに答えたのは香里。
「舞さん、分かりますか?」
「こっちにも来たから。想像は付くよ」
 やや顔を赤くして。
 舞の表情の変化に目敏く気付いた佐祐理が一言。 
「舞ったら照れてる〜」
 舞は即座に攻撃。
「ちょっぷ!」
「あはは、痛いですよ舞〜」
 佐祐理は笑いながらガード。
 その様子を笑いながら見ていた美汐がぽつりと。
「解りやすいですね、舞さん」
「美汐・・・」
 舞は赤くなりながらさらにチョップ。
 しつつ、確認。
「で・・・いつ来たの?」
「わたしたちの所には2時間目が終わってすぐだったよ」
 と、名雪。
「ボクの所には3時間目の直前だったかな」
 と、あゆ。
「私たちの所には3時間が終わってすぐでしたね」
 と言ったのは栞。
「・・・じゃぁ、佐祐理達の所に来たのは一番最後なんですね」
 やや機嫌悪そうに、佐祐理。
「何だか悔しいです」
 しかし、祐一から来てくれたこと。
 心配した、と言う態度。
 それが嬉しかった。
 しかし、同時に疑問が生じる。
 即ち。
「でも、どういうことだろうね?」
 あゆが疑問を口にして。
「何かを話してくれる気に・・・なったのでしょうか」
 美汐が、そうあって欲しいという願いを呟き。
「それは望み薄だと思うよ。
 簡単には話してくれないと思う」
 舞が否定した。
 しかし、話して欲しいのも事実。
 8人が溜息をつくと同時に、彼――相沢祐一は姿を現した。
 千早と静希を連れて。
「待たせたな」
 何の気負いもなく、片手をあげる祐一。
 8人にとってはそれが腹立たしく、しかし嬉しくもあった。
「今日はこいつも弁当持ってきたから。味比べしてみようぜ」
 千早をつつきつつ、笑う。
 屈託もなく。
 しかし、微かな傷を感じさせて。
「おっし相沢いい度胸!あゆ、行けっ!」
 真琴が殊更に明るい声を出した。
「うぐぅ、ボク?」
 情けない顔で情けない声を出すあゆに、
「だってうちの今日の弁当当番あゆちゃんだもの」
 眠そうな顔で眠そうな声の名雪。
 それを励ましと受け取ったのか、あゆはガッツポーズをとって見せた。
「うぐぅ・・・ボク、頑張るよっ!」
「いや、既に出来てるから頑張りようがないと思うが」
 祐一の突っ込みにもめげず、
「それでも頑張るよっ!」
 にこ、と笑うあゆだった。
 対抗する様に。
「ならば私も!」
 と栞が3段重ねの重箱を差し出し。
「あはは〜。佐祐理達も負けませんよ〜!」
 佐祐理が同じく3段重ねの重箱とポットとを差し出した。
「・・・では、私も」
 美汐が少し大きめの弁当箱を出し。
「負けない!」
 千早が弁当箱×3を前に出し、準備完了。
「じゃぁ、頂きます」
 その言葉と同時に、昼食は始まった。
 穏やかな――少なくとも表面的には、穏やかなひととき。
「お、千早。この出汁巻き卵美味いぞ」
「へへ、ありがと」
「あ。本当に美味しいです」
「美汐はそういうの好きだからね〜」
「・・・これ作ったの、あゆか?」
「うん。どうかな?」
「不味い」
「うぐぅ・・・」
「勿論嘘だ。美味いぞ」
「うぐぅ、酷いよ祐一くんっ!」
 こんな時が続いたら。
 そう思わせるほどの。
 しかし、そう言うわけにはいかない。
 訪れるべき変化。
 近付いている、変革の時。
 静かに。
 密かに。
 しかし確実に。
 近付いている。
 どの様なものかは分からない。
 どの様になるかも分からない。
 確かなのは、変化の途中にあると言うこと。
 決定的な何かが近付いていると言うこと。
 だから。
 祐一は、今を楽しもうとした。
 心の支えにするために。
 ともすれば、彼女たちを護る楯となるために。
 しかし、あくまでも表面には出さず。
 千早や静希にも悟られることなく。
 今を心に刻みつけた。


「美味かったよ」
 祐一は満足そうにお茶を一口。
 息を付いたときを見計らい、あゆが唐突に切り出した。
「単刀直入に訊くね。祐一くん」
 祐一を、見据えて。
「ボクたちに会ったこと無いっての、嘘でしょ?」
 問い。
「・・・嘘じゃ無い」
 祐一は短く答えた。
 眼を伏せて。
「嘘よっ!」
 反論したのは、真琴。
「相沢、嘘を付いているわね!真琴は騙されないわよっ!」
 本気で怒っている。
「佐祐理もそう思います。もしもはじめて会ったのなら、なぜこんなに懐かしいんですか?」
 佐祐理は寂しそうに。
 しかし、祐一はそのスタンスを崩すことはない。
「既視感って奴だろ」
 努めて平静に。
 しかし、声が震える。
「じゃぁ・・・なんで相沢はそんなに辛そうな顔なの?」
 それを舞に見抜かれ、言葉を失う。
「・・・・・・」
「お願い。話して」
 名雪の懇願。
 お願いではなく、懇願。
 しかし口にするべき言葉は否定。
 全てを知ったら巻き込まんでしまうかもしれない、という恐怖故の否定。
「何度も言ったろ?俺はお前らなんか知らない・・・」
 血を吐くように。
「知らないんだ」
 言葉にした。
 それはある意味嘘ではない。
 祐一が知っている彼女たちは死の運命を背負っている。
 しかし、目の前にいるのは死の運命から解放された存在。
 だから、知らない。
 知っているはずがない。
「なら・・・何で私たちに声を掛けたのですか?」
 美汐の言葉。
「放っとけば良かったのではないですか?」
 栞の言葉。
「貴方はあたしたちを知っている。だから声を掛けたんじゃないの?」
 香里の言葉。
 彼女たちの言葉は祐一を責めてはいない。
 ただ、気になる。
 気になるから訊きたい。
 それだけ。
 それだけであるが故に、強い想い。
 強すぎる、疑問。
 それに祐一は危惧を覚えた。
「俺がお前らを放っておけない理由、か・・・」
 彼女たちは自分が答えなければ、調べてしまうだろう。
 そして。
 もしかしたら。
 真実に辿り着くかも知れない。
 その時、彼女たちはどうするのか。
 彼女たちはどうなるのか。
 あの時の自分のように、自分を責めたあげく――
 その想像が祐一の心を恐怖に縛った。
 ならば。
 事実の一部を教えればいい。
 一部のみ。
 少しだけ、歪めて。
 祐一は決心した。
「・・・教えてやるよ」
 その、祐一の言葉。
「祐一さん・・・!」
 静希が表情を失い。
「祐一!」
 千早が祐一を制止しようとした。
 そんな二人に、祐一は笑いかけた。
 傷ついて。
 自分の心を砕いて。
 それでも、助けたくて。
 なんとかしたくて。
 でも、何も出来なかった。
 その過去が形作る笑み。
 強すぎる笑み。
 優しいという言葉だけでは言い表せないほどの笑みを浮かべて。
「いいんだよ」
 それはある意味、凄絶な笑みと言っても良いだろう。
 疲れたように、溜息一つ。
「いつかは話さなきゃいけないことだったのかも知れない」
 祐一は目を閉じ、語り出した。
「少年がいた――」





「覚悟なら――出来ている」





―continuitus―

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