Locus 03-07 "iste declaro,memoria amarus"





「どこまで・・・話して良いものだろうか・・・?」






「7年前のことだ。
 少年には大切な人たちがいた。
 幼なじみ。
 従姉妹。
 ふとしたことで知り合った姉妹。
 年上の孤独な少女と、そんな少女のはじめての親友。
 記憶を失った少女と、それを支えようとした少女。
 そんな彼女たちと少年は出会い、仲良くなった。
 しかし、少年を待っていたのは絶望だった。
 幼なじみは大樹の枝から落ち、意識を失った。
 年上の少女は願い故に嘘を真実にしてしまった。
 そしてそんな少女の親友は、友達のために動こうとして大怪我をした。
 従姉妹は母親の事故が原因で心を閉ざした。
 姉妹の妹は不治の病に冒されていた。
 その姉は妹がいなくなるという現実に耐えることが出来ず、妹を拒絶しはじめた。
 記憶を無くした少女は原因不明の熱を出し、心を壊していった。
 その友達となった少女は心を傷付けながらも現実を見ようとした。
 少年も当然走った。
 彼女たちの笑顔が好きだったから。
 彼女たちの微笑みを取り戻したかったから。
 少年は祈った。ひたすらに祈った。
 奇跡を。
 彼女たちが救われることを。
 しかし。
 彼女たちに奇跡は起こらなかった。
 ――いや、一度は起きた様に見えたが、それは偽物だった。
 幼なじみは意識を取り戻すことは無かった。
 年上の少女は真実となった嘘を何とかしようとして、自分の命を絶った。
 その親友の少女は、無くした血が多すぎたのだろう。親友がどうなったのかを知ることもなく、この世を去った。
 従姉妹の母親は結局助かることはなかった。
 姉妹の妹には奇跡は起きず、それでも・・・笑って逝ってしまった。
 記憶を失った少女は、何も残さず消えてしまった。
 残酷すぎた。
 希望が見えたと思ったのに、奪われた。
 そんな残酷なことがあるだろうか。
 しかし少年は諦めなかった。
 まだ生きている。
 まだ、3人。
 心を救いたい。
 少年は更に走った。
 彼女たちの心を解放するために。
 しかし――駄目だった。
 従姉妹は居なくなった母を捜して街に出て――
 交通事故にあった。・・・即死だった。
 姉妹の姉は、一時でも妹を否定した自分自身が赦せなかったのだろう。
 妹の後を追う様に、死んだ。ただ一言。ごめんね、という書き置きだけ残して。
 記憶を無くした少女の友達・・・彼女もまた。
 彼女は一度、同じようにして友達を失っていた。だから今度こそ何とかしようと、自分から動いていた。
 しかし、結局運命は繰り返された。
 そして――彼女の絶望が彼女を殺した。
 そう。
 この様にして、少年は――全てを失った」
 祐一は一度言葉を切った。
 見回す。
 誰もが、悲痛な表情をしている。
 何か話したげな彼女たちを視線だけで黙らせ、祐一は言葉を続けた。
「少年は・・・死ぬことすら考えられなくなっていた。
 あまりにも多くの物を失いすぎた。
 あまりにも多くの人を喪いすぎた。
 少年は夜の街を彷徨った。
 彼女たちとの想い出を探して。
 彷徨った。
 そしてある月の夜――
 少年は死を覚悟した。
 しかし、少年を救った者がいた。
 二人の少女。
 彼女たちは何をしたわけでもない。
 少年を励ましたわけでもない。
 ただ、側にいただけ。
 側にいて、見守っていただけ。
 ただそれだけのこと。
 ただそれだけのことが、少年に生きる意思を取り戻させた。
 そして、生きていく勇気を。 
 そして少年は誓った。
 二度と同じ様なことは繰り返させない。
 運命ならば変えてみせる。
 切り開いてみせる。
 たとえ、自分がどんな傷を負っても。
 そして少年は――
 守るべき物を取り戻した。
 大切な、空間。
 友達の笑い声。
 彼女たちの声。
だから少年は見捨てない。
 放っておかない。
 大切な人たちを。
 決して――」
 それ以上のことは話せない。
 話すべきではない。
 何しろまだ途中なのだから。
「以上、お話終わり。満足か、これで・・・?」
 微笑う。
「放っておけないんだよ。このまま放っておいたら、俺は絶対に後悔するから」
 切なく。
「後悔するのは・・・もう、沢山だ・・・」
 それでも、微笑う――
「だからだよ」
 その、祐一の言葉。
 それと同時に。
 名雪も。
 あゆも。
 香里も。
 栞も。
 真琴も。
 美汐も。
 舞も。
 そして、佐祐理も――
 心が切り裂かれる様な痛みを感じていた。
 確かに痛い。
 でも、どこか甘い痛み。
 痛いと同時に、暖かい。
 哀しいけど、嬉しい。
 そんな感情。
『見てくれている』
 という、安堵。
 そして彼女たちは自覚した。
 つまり。
 自分たちは――
 相沢祐一に恋をしている。
 と。
 自覚した。
 先ほどの話を聞いたが故の同情ではない。
 出会ったときから感じていた、予感。
『自分はこの人を好きになる』
 という、漠然とした予感。
 それは事実となった。
 そしてそれを自覚すれば――急に、愛おしくなった。
 目の前の少年が。
 普通なら心を砕き、壊していてもおかしくないほどの絶望を味わった少年が。
 それでもその絶望を乗り越えた少年が。
 それでも微笑っている少年が。
 相沢祐一が。
 心から愛しいと。
 そう、感じていた。
 それは千早と静希も例外ではなく
 愛しいと。
 そう、感じていた。
「あの・・・」
 そう、祐一に話しかけたのは誰だろうか。
 勇気。
 勇気を振り絞って放たれた声はしかし。
 昼休憩の終わりを告げる鐘の音に打ち消された。
「ぐあ、もうそんな時間か!」
 祐一は焦った様に立ち上がった。
「千早、静希!帰るぞ!みんなも早く!」
 その祐一の声に、正気に戻った様に――
 10人は空の弁当箱を手に階段を駆け下りた。
「全く、何で気付かないのよう!」
「うぐぅ、でも仕方ないんだよっ」
「えう、遅刻確実です・・・」
「・・・天野美汐、一生の不覚です」
「ほら、とにかく急ぐ!」
「舞さん、やっぱり早いね〜」
「あはは〜舞はスポーツ万能ですから〜」
「・・・そう言う佐祐理さんも凄いと思いますけど?」
「静希、次って確か・・・」
「古文ですね・・・非常に拙いです・・・!」
 騒ぎながら階段を駆け下りる少女達を見ながら、祐一は嬉しそうに微笑った。
「これこれ、こうじゃなくちゃな!」





「取り敢えず・・・解決、かな?」





―continuitus―

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