Locus 03-09 "istius laetitia"





「さて・・・私の番ですねっ!」





「で、何を作るつもりなんだ?」
 商店街に入った所で祐一は静希に問いかけた。
「何がいいですか?」
 その問いかけに祐一は一立ち止まり、少しだけ考えて、
「なんでも」
 と答えた所、静希は指を立てて説教をはじめた。
「そういうの、一番困るんですけど」
 思わず苦笑が漏れる。
 しばらく考え、結論。
「・・・和食がいいな」
 今度の答は合格だったようで、静希はにっこりと笑った。
「じゃぁ・・・鯵の塩焼き、なんてどうですか?」
「賛成!」
 千早が目をきらきらと輝かせて賛同。
「鯵か・・いいな・・・」
 思い浮かべる。
 鰺の塩焼き。
 そして、添えられている大根おろし。
「大根おろしは必需品だよな」
「ですよねー」
 何にするかが決まれば後は早かった。


 のだが。
 まず魚屋で。
「すみません、鰺を3匹」
 と注文した所で、魚屋の店主はのたもうた。
「や、静希ちゃん・・・彼氏?」
「わっ!いきなりなんて事言うんですかっ!」
 と、真っ赤になって慌てたのだが。
「静希静希。顔、にやけている」
 と千早に指摘され、沈黙。
 の後。
「・・・鰺、2匹でいいです」
 と反撃。
「静希・・・酷い・・・」
 千早は半ば本気で涙を滲ませている。
 余程鰺の塩焼きが欲しかったのだろう
「知りません」
 と、冷たく言い放ちながらもしっかりと鰺は3匹買っている。
 祐一は自分が笑っていることを自覚した。


 また、八百屋で。
「すみません、大根下さい」
 にこやかに注文。
 千早は、と言うと。
「・・・・・・」
 鰺のことでまだ沈んでいる。
 祐一は苦笑一つ。
「千早、安心しろって。静希が本気で2匹しかかってないとでも思ってるのか?」
「・・・静希は時々本当にするもん」
 情けない表情で、祐一を見上げながら。
「そうか・・・」
 そう、答えるしかなかった。
 一方。
「・・・くぅ、なんてこった!静希ちゃんに彼氏が出来るたぁ!」
「えーと、あのですね・・・?」
 困ったような笑みを浮かべて制止しようとしても、八百屋の店主は自分の世界に入っている。
「静希ちゃんにはうちの倅の嫁さんになって貰おうと思ってたのに!」
 男泣きであった。
 が。
「ど阿呆かいっ!あんたんとこの息子って40過ぎや無いかいっ!」
「しかももう嫁さんも子供もいるでしょーがっ!」
 客に突っ込みを入れられて。
「おお、そう言えばそうだった」
 正気に戻った。
「あは・・・あはははは・・・」
 そんな光景に静希は乾いた笑みを洩らす事しか出来なかった。


 そんなこんなでにぎやかな買い物は終わっていた。
「なんか・・・思いきり疲れたぞ」
 ぐったりとしながら祐一。
「あはは、まだまだだね」
 と、自分の分の鰺があることが判ったからか、上機嫌な千早。
「あとは私の腕次第、ですね」
 頑張ります、と静希。
 穏やかに。
 穏やかに時は流れていた。
 そして。
 こういう時間は、妙に早く感じられて。
 気が付けばアパートに着いていた。 
「じゃ、着替えたら行くね〜」
 千早が自分の部屋に入っていき。
「そうだな・・・30分ほどしたら行くから」
 祐一も自分の部屋に入っていった。
 見送った後、静希は小さくガッツポーズ。
「さて・・・頑張りますよ!」


 30分後。
「邪魔するぞー」
 祐一は静希の部屋のドアを開けた。
「あ、いらっしゃい」
 静希は鰺の下ごしらえをしながら笑いかけた。
 そこで気付く。
「・・・鰺とかって煙凄いんじゃないか?」
 焼くのは良いが、煙が出る。
 とんでも無く。
 なのに今日は鰺の塩焼きだという。
 祐一は少しばかり責任を感じていた。
「大丈夫ですよ」
 静希は何でもない、といった風に笑い、
「思わず買ってしまったんですけどね」
 鯵を焼き魚機に入れた。
「これ、煙出ないんです」
「おお・・・確かに・・・」
 僅かにしか煙は出ていない。
 無視しても良いくらいだろう。
 感動していた祐一だったが、
「・・・祐一さん」
「なんだ?」
「部屋の方で待ってて下さい」
「了解」
 追い出された。
 

「追い出されちゃったね」
 部屋の方に行くと千早が苦笑混じりに祐一を迎えた。
「あたしも時々貸して貰ってるんだ〜」
 魚焼き機のことを言っているのだろう。
 やけに嬉しそうな声で千早。
「ときどき鰺とか欲しくなるんだけど、普通に焼いてると煙凄いし」
「・・・俺も欲しくなったら借りに行こう」
 そんな会話が聞こえたのだろう。
 静希はひょいと顔を出して、
「いつでも良いですよ」
 と嬉しそうに言った。


 本日の献立は。
 ご飯
 わかめのみそ汁
 鯵の塩焼き
 大根おろし
 揚げ出し豆腐
 以上。
「・・・静希。やるじゃない」
 千早の目が光った。
「千早ちゃんには負けられませんから」
 静希の目も光った。
「・・・美味そうだな」
 祐一はただ感心している。
「じゃ、戴きますしましょうか?」
 促され、
「戴きます」
「戴きます」
 食べ始めた。
 まずは鰺の塩焼きを一口。
「お・・・いい焼き加減」
「幸せ〜」
「有難う御座います」
 にこ、と静希が笑った。
「いや、美味いわ。塩加減も良いし・・・」
 褒めながら、みそ汁を一口。
「うーむ、美味い」
「あはは・・・」
 静希はただ照れていた。
(静希・・・腕を上げたじゃない)
 千早は揚げ出し豆腐を口に入れるや、驚愕していた。
 だし汁が明らかにレベルアップしている。
(・・・うかうかしてられないなぁ)
 そして決心。
 自分もレベルアップすることを。


「美味かった〜」
 満足した、と言った風に祐一は笑みを浮かべた。
「しかしなかなか出来ないぞ、こんなの」
 そこで思いつく。
 彼女たちの来歴に。
「・・・お前ら、良くこんなの覚えたな」
「母さんにみっちりと仕込まれましたから」
「あたしも。厳しかったよー」
 祐一の問いに、静希も千早もあっけらかんと答えた。
 しかし、それが祐一にはかえって辛かった。
「何だか・・・巻き込んでしまったな。お前らを・・・」
 沈む。
 心が。
 しかし。
「何言ってるのかな、祐一は。これはね・・・あたしたち自信が望んだことなんだよ?」
「人として、祐一さんの側にいたい。そう願ったんですよ、あの時・・・」
 その言葉。
 それだけで、祐一は救われたと。
 そう、思った。
 しかし、言葉に出来たのは。
「ありがとな」
 たったそれだけだった。
「ありがとな」
 祐一はもう一度そう言って手を伸ばした。
 言葉にならない想いを伝えるために。
 静希と千早の頭に。
 そして、撫でた。
 優しく。


「綺麗な、月・・・」
 静希の部屋から出た千早は手すりにもたれて呟いた。
 夜空には月。
「ああ・・・」
 その祐一の言葉が聞こえたのだろうか。
 千早は振り向いた。
「あの、さ。祐一」
「ん?」
 千早は迷った。 
 何を言えばいいのか、分からない。
 何を言いたいのか、分からない。
 言葉にしてもいいのかが――分からない。
 だから。
「今日はお疲れさま、だったね」
 それだけを言葉にした。
 その言葉の意味を祐一は理解した。
「ま、疲れたと言えば疲れたけど・・・気が楽になったと言えば楽になったな」
 苦笑。
「いつかは言わなきゃいけなかったことだろうし」
 それ以上にな、と呟き。
 祐一は千早に一歩近付いた。
「あ・・・」
 手を伸ばした。
 千早の頭に。
「お前らには、心配かけてるよな・・・」
 頭を撫でながら、呟く。
「出来るだけかけたくないんだけどなぁ・・・」
 千早はそれに答えた。
「心配、かけてくれていいよ」
 笑顔で。
「それが必要なことなら・・・いいんだよ?」
 それだけ言い残し、千早は自分の部屋に入っていった。
「・・・心配させてるよな、俺」
 祐一は千早を見送りながら呟いた。
「今度・・・どこかに誘うか?」





「でも・・・何処に行けばいいんだろな?」





―continuitus―

solvo Locus 04-01 "istae refectio"

moveo Locus 03-08 "et nascoto illae promissus"