Locus 04-01 "istae refectio"





「負けられない・・・・・・!」





 その日はその日で水瀬家の朝は騒がしかった。
 否、美坂家も。天野家も。倉田家も。川澄家も。
 一様に騒がしかった。
 それは。
 彼女たちの決意の現れだった。


 アスパラガスをベーコンで巻きながら、真琴はあゆに醤油を取るよう言った。
「あゆ、そこのバター取って」
「うぐぅ、ボクの方がお姉さんなのに・・・」
 呟きながらもバターを取って真琴に手渡そうとしたところに。
「わ、みんな早いね」
 名雪が姿を現した。
「・・・うそっ!」
「うぐぅ、名雪さんが起きてるなんて・・・」
 驚愕のあまり、あゆは持っていたバターを床に落としかけ、真琴はアスパラベーコンを焦がしかけた。
「・・・酷いこと考えてない?」
 寝ぼけていればまだ良かっただろう。
 あ、また寝ぼけている。
 それで済む。
 しかし――名雪はしっかりと目を覚ましている。
 まだ6:00であると言うのに。 
「だって・・・名雪がこの時間に起きてるなんて信じられないわよぅ!」
 不吉な、と言わんばかりに真琴は肩を抱いた。
 ――本気で怖がっている。
「名雪さん、お願いだから寝てて・・・」
 あゆに至っては懇願している。
 しかも涙を流しながら。
「・・・駄目だよ」
 しかし名雪の答えは非情だった。
 真琴とあゆの眼を見ながら、名雪は告げた。
「わたしも、相沢くんにお弁当作りたいから」
 起きた目的を。
「だから、起きることが出来たんだよ・・・」
 そして、起きることが出来た訳を。
「・・・し、仕方ないわね。じゃ、一緒に作るわよっ!」
「了解、だよっ!」
「祐一くんに喜んで欲しいものねっ!」
 そして3人は弁当を作り始めた。
 相沢祐一のために。


 そして、美坂家。
 栞は卵を解きほぐしながら横で唐揚げの下準備をしている香里に問いかけた。
「お姉ちゃん、何で見張ってるのですか?」
「栞が無茶しないようによ・・・ほら砂糖。入れすぎじゃない?」
 卵の中、山のような砂糖。
 それを混ぜようとしながら、栞は抗議した。
「・・・でもこれくらい入れた方が美味しいんですよ?」
「相沢くんは甘いの苦手みたいだけど?」
 香里は冷静に指摘。
 思い出してみる。
 確かに祐一は佐祐理の卵焼きを食べながら言っていた。
『この卵焼き、あまり甘くなくて俺好みだな』
 と。
「・・・えぅ〜」
 どうしよう、と言うように栞は香里を見上げた。
 香里は苦笑しながら、
「まだ混ざって無いじゃない。掬って捨てたら大丈夫よ」
「そっか・・・はい!」
 元気を取り戻した栞は卵焼きを焼き始め、香里も唐揚げを揚げ始めた。
 朝。
 姉妹は仲良く弁当を作っていた。
 相沢祐一のために。


「自信作・・・ですね」
 美汐は椎茸の挽肉詰めを揚げながら誰にともなく呟いた。
 椎茸は国産のものを使った。
 やはり国産のものは香りが良いからである。
 椎茸が嫌いな人には辛いかも知れないが、祐一は好き嫌いは無いようだった。
 とはいえ少し不安になる。
「きっと、大丈夫・・・ですよね?」
 炊き込みご飯も美味しそうに食べていたし。
 大丈夫、きっと大丈夫。
 呟きながら味見をしてみる。
「きっと、大丈夫・・・!」
 次にきんぴらごぼう。
 今回の自信作。
「相沢さんは一人暮らしですから・・・きっと喜んでくれますよね」
 想像してみる。
『お、天野。このきんぴら、美味いな!こんなの食いたかったんだよな〜!』
 祐一が喜ぶ。
 それだけで胸が暖かくなる。
「・・・はっ!」
 いつしかにこにこと笑っている自分に気付く。
 ・・・照れる。
 こんなにも暖かい気持ちになれるなんて。
 美汐自身、意外だった。
「参りましたね・・・」
 そう言いながらも、決して不快ではない。
 むしろ、気分は――良い。
 ならば。
 喜んでもらうために。
「・・・弁当、詰めちゃわないと」
 そして彼女は出来上がったおかずを弁当箱に詰め始めた。
 相沢祐一のために。


 佐祐理は弁当におかずを詰めながら機嫌良さそうに歌を口ずさんでいた。
「きらりきらりと光の糸 輝く未来を紡ぎ出し♪」
 今日の弁当は、少しばかり気合いが入りすぎたかも知れない。
 それは。
「喜んでくれると・・・いいんですけど」
 祐一が喜んでいる顔を見たいから。
 まずは卵焼き。中にとろけるチーズが入れてみた
「かすかにしょうゆ味・・・なかなかいい出来ですね〜」
 そして一口ハンバーグ。ローズマリーとガーリックで臭みを取った。
「・・・うん、これも良し♪」
 そして、明太子のコロッケ。
 マッシュポテトに辛子明太子を解して混ぜ入れて・・・コロッケにしたもの。
 昨日買った料理の本に書いてあった料理。
「あはは〜♪」
 料理を作ってあげたいひとがいる。
 それだけで、幸せになれた。
 ならば。
 そのひとが料理を食べてくれたら。
 美味しいと言ってくれたら。
 それはどんな幸せをくれるのだろうか?
「・・・あはは♪」
 そして彼女は丁寧に弁当を包んだ。
 相沢祐一のために。


 舞は弁当を見て満足そうに笑った。
「相沢、驚くかな・・・?」
 想像してみる。
 弁当を受け取った祐一はゆっくりと包みを開き、蓋を開けて――驚愕。
 カニさんウインナーとタコさんウインナーが仲良く並んでいる。
 そしてホウレンソウのお浸し、ヒジキの煮付け、ミートボールがバランスよく詰め込まれた弁当。
『これ・・・舞が作ったのか?』
 その問いに舞は少し照れながら答える。
「・・・うん。私、頑張ってみた」
 そして、祐一を見つめながら、
「相沢、食べてみて」
 薦める。
 祐一は一口食べてみる。
「どう・・・?」
 不安そうな舞に。
『・・・美味いよ、舞』
 祐一は嬉しそうに微笑む。
 その想像だけで、笑みが漏れた。 
「ふふ・・・」
 想像するだけでこんなに嬉しいのなら、本当に食べてくれたらどんなに嬉しいだろうか?
 どんな気持ちになれるだろうか?
「・・・よし!」
 一秒一瞬が惜しい。
 そして彼女は弁当を持って駆け出した。
 相沢祐一のために。


 今や彼女たちは自覚していた。
『自分は相沢祐一に好意を抱いている』
 と。
 その自覚が疑念を薄れさせていた。
 つまり。
『相沢祐一と自分は過去に出会っているのではないか?』
 という疑念を。
 相沢祐一と自分が過去に会っていようがいまいが小さいことだ。
 自覚はそう考えさせていた。


 一方。
「さて・・・行くか」
 目覚めた祐一は準備をしてから部屋の外に出てみたら。
「おはよ、祐一!」
 千早が笑いかけてきた。
「・・・千早、おはよ」
 応える。
 と。
「じゃ、静希の部屋に!」
 引きずられていった。
「さて・・・」
 嬉々とした表情で千早がチャイムに指を伸ばしたところで。
「おはよう、千早ちゃん」
 ドアが開いた。
「・・・おはよ、静希」
 残念そうになったのが見なくても解る。
 祐一は苦笑した。
「よ、静希。おはよ!」
 笑いをかみ殺しながら、まずは挨拶。
「?」
 静希は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、
「おはようございます、祐一さん」
 笑顔で応えた。
「あ、ご飯はもう出来てますから」
 どうぞ、と促される。
「うい」
「はーい」
 そして部屋に上がれば。
 並んでいたのはトースト、スクランブルエッグ、サラダとカリカリのベーコン等。
「お、今日は洋風か」
 少し意外だったな、と呟きながら祐一はテーブルを見回した。
「駄目でしたか?」
 途端に不安そうな声。
 祐一は静希に笑いかけた。
「うんにゃ。頂くよ」
「では」
 千早は既に座って待っていた。
「いっただきま−す」
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
 にこにこと、嬉しそうに――
 本当に嬉しそうに、静希は微笑った。


 食後の紅茶を飲みながら、千早がぽつりと呟いた。
「そー言えば、今日の夜から明日の昼間では祐一の番だよ?」
「ぐあ、そうだった・・・!」
 思い出す。
「・・・ちゃんと作らなきゃ駄目ですよ?」
 と静希に釘を刺され、
「はいはい・・・」
 苦笑しながらも祐一は了解。
 したものの、
「祐一・・・食べれるもの、作ってね」
「祐一さん。無理なら無理と言ってくださいね・・・?」
 千早も静希もあまり信用していない。
 前の世界での祐一を知っているからだろうか。
 祐一は少しばかりむっとしながら言い放った。
「・・・失礼なっ!この俺の華麗なる戦歴を知らないくせに!」
 溜息一つ付いた後、千早は短く。
「へぇ、例えば?」
 その問いに祐一は不適な笑みを浮かべ、答えた。
「カップ焼きそばの湯を捨て忘れたままソースをつっこんだことがある」
 そして。
 千早と静希は瞬時に反応した。
「祐一・・・料理しない方がいいよ。っていうか、禁止」
「お願いします、無茶はしないで下さい・・・!」
 半ば懇願。
 祐一は慌てて、
「待て、続きがあるんだが」
 二人の沈黙を聞く意志ありと受け取って、祐一は自信たっぷりに話を続けた。
「普通の焼きそばならちゃんと作れるんだ」
 しかし、二人の疑念は晴れない。
「・・・本当に?」
「本当だ」
「・・・信用、していいんでしょうか?」
「信用しろ。大丈夫だ」
 その言葉に、千早は過剰なほどに反応し、少しばかり震えた。
「あたし・・・大丈夫という言葉がこれほど不吉に聞こえたことはないよ・・・」
「大丈夫・・・きっと何とかなります、千早ちゃん・・・」
 静希も失礼なことを言っている。
 祐一は大きな溜息一つ。
「失礼な・・・」
 そして何気なく時計を見て。
「って、そろそろ出るにはいい時間じゃないか?」
 提案。
「あ・・・そうだね」
 この提案は、すぐさま了承された。
「それじゃぁ・・・行くか!」
 促す。
 前に進むことを。
「うん!」
「はい!」
 そして千早と静希を伴い。
 想いが満ちている場所へと。
 相沢祐一は、駆け出した。





「穏やかに、か・・・・・・結構難しいものだな」





―continuitus―

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