Locus 04-02 "istae renidio"





「とにかく、急ぐ!」





 昨日と同じように、5つのドアは開かれ、閉ざされた。
 そして8人の少女たちが走り出したのも昨日と同様。
 ただ一つ違うとすれば、昨日と同じ光景を眼にしても彼女たちは決して逃げ出すことは無い。
 その事実を真正面から受け止める。
 彼女たちは決意していた。
 逃げないことを。


「うーん、やはりペースが速い」
 走りながら舞は苦笑。
 理由は自覚している。
 すぐにでも逢いたい人がいる。
「相沢・・・祐一」
 その名前を呟く。
 湧き上がる、甘く切ない感情。
 昨日と同じ様な、しかし昨日とは全く違う痛み。
『相沢祐一に対する好意』
 それを自覚したが故の痛み。
 甘やかな――切なさ。
 それは、決して不快ではない。 
「早く・・・逢いたい」
 そのためにはまず佐祐理と合流してから。
 更に加速。
 待ち合わせの場所はすぐそこまで近付いている。


「いい天気ですね〜」
 佐祐理は空を見上げて呟いた。
 一弥は日直とのことで、今日は一足先に出ている。
 だから、ひとり。
 でも突き当たりの三叉路を、右に曲がったら見える十字路に行けば舞が待っている。
 そうして待ち合わせて、学校に行く。
 それがいつものパターンだった。
 そうして学校に行くのだが、今日は一秒でも早く学校に行きたい。
 理由は解っている。
「相沢、祐一さん・・・」
 どこか大人びているくせに、悪戯っぽい目をしている後輩。
 彼と逢える。
 そう思うだけで自然と足が速まる。
「今日のお弁当・・・褒めてくれるでしょうか?」
 想像してみる。
 今日の昼食を。
『舞、お前本当タコさんウインナ好きだな』
『むっ。悪い?』
『そんなことはないぞ。な、佐祐理さん?』
 思わず笑いが漏れたが。
「・・・あ」
 気付いた。
 自分はさん付けされている。
 年上だから、と言うなら舞も一緒なのに。
「ふぇ、なんだか哀しいです・・・」
 今日出会ったら、まずさん付けをやめてもらうようお願いしてみようか。
「なら・・・善は急げです!」
 そして、疾走開始。


「お、お姉ちゃん・・・早いですよっ!」
「急いでいるのよっ!」
 昨日と同じように、美坂姉妹は先を急いでいた。
 ただ違うのは祐一に対する感情。
「そんなに相沢さんに逢いたいんですかっ?」
 という栞の言葉にも、
「そうよ!悪い?」
 香里はきっぱりと返答。
「えぅ・・・」
 まさか断言されるとは思わなかったのだろう。栞は言葉を失った。
 その様子に香里は苦笑。
「ほら、栞!急ぐわよ!」
 栞の手を取って、先ほどよりは少しだけ緩やかなペースに。
「あ・・・」
 栞は香里の眼を見、大きく頷き――
「はいっ!」
 走り出した。


 美汐は早歩きになりながら、今自分が一番気にしている少年を思い浮かべていた。
 相沢祐一。
 先日会ったばかりの上級生。
 不思議な雰囲気を持ったひと。
 心に深い傷を負っているひと。
 それ故に強すぎる心を持ってしまったひと。
「私には・・・何が出来るでしょうか・・・?」
 思いつかない。
 側にいることしか出来ないかも知れない。
 でも、側にいたい。
「相沢・・・さん・・・」
 不意に気付く。
 自分だけが名前で呼んでもらっていない。
「・・・そ、そんな酷なこと」
 しかし、美汐は気を取り直して。 
「今日会いましたら・・・まず名前で呼んで頂くようお願いしましょう」
 それはどんなに嬉しいことだろうか?
「なら・・・善は急げです・・・!」
 走る。
 目指すのは、学校。


「名雪さん、早いねー」
「あぅ、負けない!」
 あゆも真琴も名雪に負けじと加速。
「わ、あゆちゃんも真琴もどうしたの?」
 のんびりと聞いているが、名雪もやはり走り続けている。
「祐一くんだよっ!」
 短く、あゆ。
「早く逢わなきゃいけないのっ!」
 真琴も断言している。
「・・・じゃぁ、早く行かなきゃ!」
 早く学校に着いたからと言って、祐一に逢えるわけではない。
 その事は理解している。
 しかし。
 もしかしたら。
 そう思えば、自然と足は速くなる。
 朝もちゃんと目覚めることが出来る。
 名雪自身、自分がちゃんと――目覚ましに頼らず起きることが出来るとは思っていなかった。
 しかし、今名雪は走っている。
 相沢祐一。
 彼への想いが、目覚めさせた。
「ふぁいとっ、だよ!」
 そして加速再開。


 8人はほぼ同時に校門に着いて。
 苦笑。
 何故早いのか。
 その質問は不要。
 お互いに解っていたから。
 相沢祐一。
 彼に少しでも早く逢いたい。
 それが共通の想い。
 そして。
 間もなく。
 彼の姿が見えてくる。
 相沢祐一の姿。
 昨日と同じように、静希と千早と一緒に。
 昨日は見たくなかった光景。
 でも今は納得できる光景。
 考えられないほどの深い絶望の中にいた彼。
 そんな彼を救った彼女たち。
 そう思えば腹は立たない。
 しかし、あっさりと認めるつもりもない。
 側にいたい。
 その想いはきっと一緒だから。
 ――もっとも、祐一自身はそんな彼女たちの想いには気付いていないようであったが。
 出遅れた感は否めないが、それでもまだ間に合う。
 ――想いは、負けていない。
 そう信じる。
 そう信じ、少女達は祐一に笑いかけた。
 これまで誰にも見せたことがないほどの笑顔で。
 おはよう、の一言を告げた。





「・・・何かあったのか?」





―continuitus―

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