Locus 04-03 "benigunitas istarum"





「そろそろ行く時間か?」





「そろそろ行きませんか?」
 8人の少女たちがそれぞれの家を出た頃、静希は時計を見つつ提案した。
「ん、そうだな」
「じゃ、行こっか」
 頷き合い、3人は部屋を出た。
 今日も日が差している。
 祐一は空を見上げ、目を細めた。
「祐一、どうしたの?」
 千早の問い。
「いや、何でもない。随分いい天気だな、と思って」
 そう答えて祐一は空を見上げた。
 釣られて千早も。
 雲一つ無い空を見上げた。
「ええ、本当に・・・」
 静希も同意し、同じように空を見上げた。
「ああ・・・こんなに穏やかなんて、な」
 祐一のその言葉。
 その奥に秘められた『何か』を感じたのか。
 千早と静希は祐一に目を向けた。
 と。
 不意に、風。
 強く、強く吹いて。
 その風に、祐一が消えてしまう様な気がして。
 叫ぶ。
「祐一!」
「祐一さん!」
 目を細め、探す。
「どうした、千早。静希?」
 祐一の声。
「俺はここにいるのに?」
 苦笑混じりの声に、千早と静希は安堵し、
「何でもない」
 と呟いた。
 しかし。
 不安は消えない。
 しかし、その不安を言葉にしたら――
 現実になるのではないか。
 その恐怖が言葉にさせなかった。
 その不安は祐一自身も感じていたのだろう。
 敢えて明るく。
「しかし・・・今日の夕ご飯から明日の弁当までか・・・」
 参った、と言う様に祐一は呟いた。
 そして思い出した様に、
「で、だ。買い物は俺一人で十分だから。お前らは部屋で待っててくれ」
 と笑いかけた。
「う・・・何だか不安を感じるけど解った」
 複雑そうな表情で千早。
「・・・はい」
 何かを諦めた様に静希。
 祐一は彼女たちの態度に少しだけ涙を流した。


 3人で取り留めもない話をしながら歩いていたら、不意に。
「おい!」
 と言う声と、何かが飛んでくる気配。
 祐一はそれを掴もうとして――失敗した。
「なぁにやってんだよ。せっかく俺がお前にプレゼントしたのに」
「随分勝手な言い様だな・・・」
 苦笑しながら祐一は受け取り損ね、今は道路に転がっている缶コーヒーを拾った。
「で、何の様だ滝元?」
 半眼の祐一の問いに、滝元は飄々と
「いや、だからただのプレゼント」
 笑って答えた。
 何を言っても無駄。
 何を聞いても無駄。
 解ってしまった祐一は大きな溜息をついた。
「・・・・・・いや、いい」
 呟きつつ、自分の右手を見た。
 缶コーヒーを受け取れなかった手を。
 そして何かを確かめる様に手を握ったり開いたり。
「・・・・・・」
 祐一のその表情は――暗い。
「どしたの?」
 千早が訊ねる。
 祐一は大きな溜息をもう一つ。
「いや、思ったより鈍ってるなと・・・ふぅ」
 落ち込む。
「祐一さん、鈍ったら鍛え直せばいい。それだけのことです」
 済ました顔で静希。
「・・・ああ」
 反論できない。
 祐一は肯くしかなかった。
「しかし滝元、お前いつもこの時間か?」
 祐一の何気ない問いに、滝元が浮かべたのは不適な笑い。
「ふふふ・・・今日は寝坊した」
「寝坊してこの時間・・・」
 呆れた様な、感心した様な祐一の声に滝元は不適な笑いから妖しげな笑いに切り替わった。
「ふっふっふ。尊敬するが良い。遠慮は要らないぞ?」
 それに対する祐一の答えは、
「するかバカ」
 短く容赦ない。
「うう・・・御巫、斎笹、祐一が冷たい・・・」
 ショックだったのか。
 滝元は涙を潤ませながら千早と静希に泣きついた。
 否。
 泣きつこうとしたが。
「あ・・・あはははは・・・」
 と千早は曖昧な笑みを浮かべつつ避け。
「え、えーと・・・」
 と静希は困った表情を浮かべて祐一の後ろに隠れた。
「がーん!和樹ちんショック!」
 更なるショックを受け、滝元は埴輪顔になっている。
 しかし。
 千早も静希も本気で逃げているのではない。
 あくまでもノリで逃げている。
 祐一も、滝元もその事は解っている。
 だから。
「ショック受けてる暇あったら早く学校行くぞ」
「ショック受けてる暇あったら早く学校行くか」
 笑い合った。
 そんな2人を見ながら、
「祐一も不思議だけど・・・滝元君も不思議だね」
 千早が嬉しそうに言い、
「ですね。訳分からない事しますけど、憎めないし」
 静希も同意。
「おーい千早、静希〜!」
 祐一の呼び掛けに。
「あ、すぐ行きます〜」
「ちょっと待ってよ〜!」
 2人のもとに走り寄って、4人は歩き出した。
 まるで数年来の友人の様に。


 やがて校門が見えてくる。
 そして、待っている8人の少女たち。
 誰もが穏やかな表情を浮かべている。
 この空の様な穏やかな表情を。
 そして。
 彼女たちは祐一の姿を認め。
 笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。
「おはよう」
 と。
 その、まっすぐな笑顔に祐一は微かな戸惑いを感じていた。
 しかし。
 その笑顔こそ。
 穏やかな笑顔こそが祐一の望んだもの。
 だから。
 祐一も彼女たちに微笑いかけた。
「おはよう」
 と。





「今は、まだ・・・」





―continuitus―

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