Locus 04-04 "spatium placidus"
「ああ、今日もいい天気だなぁ・・・」
昼休憩に入ったと同時に、静希は祐一に話しかけた。
「祐一さん、昼休憩ですよ」
「なにぃ?そうだったのか!」
ことさら驚いて見せた祐一に、静希は笑いつつ
「はい、そうだったんです」
その答えを聞くと、祐一は疑わしげな表情に。
「本当に?」
「ええ」
「何が?」
本当に分からない、と言った表情で訊けば、その答えは。
「昼休憩になったことです」
「なにぃ!そうだったのか!」
分かっているのかいないのか、驚けば静希の反応は先ほどと同じ。
「はい、そうだったんです」
「本当に?」
「ええ」
「何が・・・って、止めろよ千早」
苦笑しながら千早の方を向けば、千早は楽しそうに、
「いや、どこまで行くかなーって」
笑った。
そんな3人を見つつ、クラスの男子達は羨ましそうに密談開始。
「仲が良いよな・・・」
「幼なじみだそうだからな」
「いいなぁ・・・」
「ああ・・・」
頷き合うと同時に、教室の前後の扉は開かれた。
入ってきたのは8人の少女達。
「相沢さん、お昼ですよ!」
「あはは〜相沢さん、お弁当一緒に食べましょう」
「相沢くん、いる?」
「相沢!一緒にご飯食べるわよっ!」
「くー」
「相沢さんはおられますか?」
「相沢・・・お昼一緒に食べるよ」
「祐一くん!ご飯の時間だよ!」
美坂栞。
倉田佐祐理。
美坂香里。
水瀬真琴。
水瀬名雪。
天野美汐。
川澄舞。
水瀬あゆ。
その8人だった。
当然――一瞬殺気が生じた。
しかしそれはすぐに終息する。
代わりに生じたのは生暖かい視線。
面白そうだな、という視線。
そこで
『おのれ相沢!』
とか、
『何で奴ばかり!』
とならないのは――
祐一の人となりがあるのも事実だが、このクラスの男子生徒が揃って呑気で人が良いこともあるだろう。
「う・・・羨ましくなんか・・・」
「あるだろ?」
「・・・ああ・・・」
「一人でいいから寄越せと言いたいが・・・」
「無理だろうな」
「ああ」
妙にあきらめが良いクラスの男子たちであった。
そのさっぱりとしている所は他のクラスから評判がいいのだが――
「いいなぁ・・・」
「寂しいなぁ・・・」
「本当になぁ・・・」
と慰め合うその様が哀れを誘っているのもまた、紛れもない事実であった。
クラスの女子は女子で、
「さ・・・先を越された!」
とか、
「泣いちゃ駄目・・・あたし達には明日があるわ!」
とか、
「でも、いいなぁ・・・」
という呟きを漏らしていた。
そんなクラスの雰囲気を感じた訳ではないだろう。
祐一は時計をちらと見て、一言。
「・・・行くぞ」
「うい、了解」
「では、行きましょう」
千早と静希が頷いて。
「じゃ、行こっ!」
あゆが飛びつこうとして。
「あゆ〜!」
真琴に捕まえられたり。
賑やかに11人は屋上を目指した。
その賑やかさに祐一は嘆息。
「・・・・・・」
「どうしました?」
と美汐が訊いてきた。
その質問を発したのが美汐であることに僅かばかり驚き、すぐに納得。
――コノセカイハオレガスベテヲウシナッタセカイトハチガウ。
再認識し、苦笑。
「壮観だなと思って」
「あはは・・・確かに」
そして美汐も苦笑した。
その表情は十分年相応で――
(おばさん臭いとか、言えないよなぁ・・・)
祐一を当惑させた。
が、よく考えてみたら一人足りない。
「あれ?一弥は?」
と、もう一人の居場所を訊けば。
「ん、場所取り」
短く舞が答えた。
「・・・なるほど」
確かにこれだけの大人数になれば、場所取りも必要だろう。
しかし。
なぜ全員で迎えに来たのか?
祐一はその疑問を口にした。
「でも、何でみんなして呼びに来たんだ?放っといても俺は行ったし、迎えに来るにしても一人来れば良いだろうに?」
その答えは。
「・・・・・・」
沈黙。
「・・・俺、変なこと言ったか?」
あくまでも気付いていない。
(に、鈍い。なんて鈍いの・・・)
(うぐぅ、祐一くん鈍すぎるよ〜)
(あぅ〜、なによこの鈍さはっ!)
(ふぇ、相沢さん、少し鈍いです・・・)
(くー)
(ここまで鈍いとは・・・そんな酷なことはないでしょう)
(えぅ、こんな鈍い人はじめてです)
(・・・相沢、鈍いよ)
(・・・解っていたけどね、はぁ・・・)
(あらあら、やはり祐一さんですねぇ)
「ん?」
きょとんとした顔。
の後。
「でも、迎えに来てくれて嬉しかったぞ。さんきゅな」
微笑った。
「う、ううん・・・」
香里は思わず眼を反らし。
「えと、その」
美汐は言葉を失い。
「うぐぅ・・・」
としかあゆは言えなくて。
「あぅ・・・」
と真琴は照れまくり。
「えぅ・・・」
と栞は顔を紅くし。
「・・・・・・」
舞はぼけっと祐一を見つめて。
「ふぇ・・・」
と佐祐理は見とれて。
「くー」
と名雪は――
寝ていた。
祐一は苦笑を一つ漏らし、
「ったく・・・しょうがないなぁ・・・」
名雪を支えつつ階段を上がっていった。
それを見た千早と静希は嬉しそうに微笑っていたが。
他の、7人は・・・
『・・・やられた!』
という悔しそうな表情だった。
「さて・・・一弥は、と」
屋上に辿り着き、見回す。
一弥はすぐに見つかったものの。
「くー」
名雪はまだ寝ている。
祐一は大きな溜息を一つついて――
名雪の両の頬をつまんで伸ばした。
「うにゅ」
しかし、まだ寝ている。
もっと伸ばしてみる。
「うにゅ〜」
まだ寝ている。
そんな祐一と名雪を他の面々は羨ましそうな、気の毒そうな表情で見ていたが――
――世界が変わってまで同じようなことするとは思わなかった。
決意した祐一の一言。
――オレンジ色のジャム。
その囁きが。
「わ、わたし起きてるよっ!」
名雪を覚醒させたのを見て、驚愕した。
いや。
正確には、名雪の反応だろう。
――あの反応はアレが話題に上がった時の反応。
「ゆういち、くん・・・?」
あゆの声。
少し怯えた様に震えている。
「ん?」
「なんで・・・知ってるの?」
真琴が、警戒した様に見つめている。
「ジャムのことか?」
「・・・・・・」
祐一の問いに、舞が黙って頷く。
「お前ら、俺が転校してきた初日にでっかい声で話してたし」
「ふぇ?」
心当たりがあるのだろう。
佐祐理は驚いた様な声。
「しかも校門前で。何かと思ったぞ」
「・・・・・・あ」
美汐が頷く。
確かに、覚えがある。
「で、試しに言ってみたら」
「あっさりと起きたわけね・・・」
香里が疲れた様に祐一の言葉を繋いだ。
そして全員が大きな溜息一つ。
「あれ、でも・・・」
あゆは秋子特製の、と確かに言った。
名雪はジャム、と確かに言った。
でも。
オレンジ色のジャムとは誰も言っていない。
「あのとき――」
言葉に仕掛けた静希と千早を祐一は一瞬だけ見た。
――悪い、黙っていてくれ。
そう言う様に。
「ん、あのとき?」
名雪の問いに。
「すれ違っただけなのによく覚えてたなーと」
「一瞬だったのに」
頷き合う。
「俺の動体視力を馬鹿にしたらいかんよ、千早、静希」
祐一も千早と静希の言葉に少しだけ乗って。
「・・・っと、早く行かないと一弥が怒るぞ?」
促した。
日の当たる場所。
穏やかな場所。
そして、安らげる場所へ。
「拙かった――かもな」
―continuitus―
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