Locus 04-06 "et noctu"
「そろそろ来る頃か?」
「ねぇ。祐一はどんなの作るんだろね?」
千早は静希に不安そうに訊いてみた。
「さ、さぁ・・・?」
静希の答も心許ない。
冷や汗混じりになっている。
「うう、覚悟決めなきゃなのかなぁ?」
まるで地獄の門を開けるような心持ちで千早は祐一の部屋のドアを叩いた。
少しの間。
そしてドアは開かれ、祐一が姿を現した。
「やっぱりお前らか」
そう言って部屋に入るよう促した祐一はエプロンを付けていたのだが――妙に、似合っている。
「ん?どうした?」
怪訝そうな祐一に、まさかエプロン似合ってるよと言うわけにもいかず、
「べ、別に何でもないよ?ね、静希?」
「そ、そうですよ」
と慌ててみる。
「ま、いいか。もうちょっとしたら出来るから。本とかCDで適当に暇潰しててくれ」
という祐一の言葉に従い、部屋に。
行きかけて、ふと祐一の手元を見る。
鍋が二つ。
少なくとも焦げた匂いはしていない。
いや、良い匂いがすると言っても良いだろう。
そして微かに漂う柚子の香り。
「・・・な、なんだか」
「考え違い、してたかも・・・」
唸りながら部屋に入る。
部屋に入って、見回してみる。
机。
パソコン。
ベッド。
テーブル。
テレビ。
CDラジカセ。
本棚。
ぐるりと見回す。
素っ気ない部屋。
でも、どこか暖かい部屋。
祐一の部屋だということが解る部屋だった。
千早は何となく本棚に目を向けた。
祐一がどんな本を読んでいるか。
それが気になって。
並んでいたのは。
神曲。
悪魔の辞典。
アルジャーノンに花束を。
夏への扉。
空の境界。
地球生命論。
パラダイム・シフト。
そんな本。
それらが並んでいる本棚を楽しそうに見ながら、千早は机の上に置かれていた本を手に取り、広げた。
「神授都市―KANON―?へぇ」
そして千早は読書を開始した。
一方、静希も同様にCDラックに手を伸ばした。
祐一がどんな音楽を聴いているか。
それが知りたかったから。
ラフマニノフ。
マーラー。
ドリーブ。
ANTHEM。
AGHARTA。
つぼイのリオ。
ORBITAL。
ADI。
そんなCDが並んでいる。
「ADI・・・Softry・・・」
静希は目についたCDのタイトルを呟きつつ、何の気無しにCDラジカセを再生させた。
と。
『こんばんわ!ジャンキー大山です!』
聞こえてきたのはそんな台詞。
「へ?」
『今日は、”ジャンキーさん。今日は何言ってもいいですけど、これだけは言わないで下さい”そう言われた言葉を言います』
「ええっ?」
そして静希はシュールな世界に巻き込まれていった。
「待たせたな」
祐一が料理を持って来たとき。
千早は祐一のベッドに寝っ転がって本を読んでおり。
静希はスネークマンショーのCDに魅入られていた。
「げ」
祐一は短く呟き、とりあえずCDを停止。
静希の頭に軽くチョップをした。
「はっ!祐一さん?」
どうやら正気に戻ったらしい。
「えーと、まぁ、何だ」
どう言ったらいいものだろう?
祐一は言葉を探した。
「・・・・・・うぐぅ」
やっと出てきたのはそんな言葉。
しかし静希の反応は。
「面白いですね、これ。借りても良いですか?」
どうやら気に入ったらしい。
祐一はただ頷くことしか出来なかった。
「えーと、まぁ気を取り直してだ」
祐一は料理を並べていった。
「豚肉の紅茶煮。
ふろふき大根柚子味噌添え。
ほうれん草の白和え。
ご飯と豆腐のみそ汁。
んで、デザートは杏仁豆腐。今は冷蔵庫の中だけどな」
と、説明。
「ねぇ、これ・・・」
「本当に祐一さんが?」
騙そうととしてる?と見上げる二人に
「失礼な」
憮然とした声で返すも。
「でも・・・ねぇ?」
「カップ焼きそばの話とか・・・」
アレは何なの、と言いたげな声。
祐一は苦笑を漏らして、
「あれか。まぁ、インスタントの食いもんなんか食ったことも作ったこともなかったからな。ま、普通に手にかかったものは作れる。そう言うことだ」
いけしゃぁしゃぁと言ってのける。
「さ・・・詐欺師がここにいる・・・!」
祐一を指さし弾劾する千早。
祐一は哀しそうな笑みを浮かべ、
「なるほど、千早は要らないんだな?」
と斬り返した。
「嘘っ!?」
と慌てている千早を余所に。
「ほら、食うぞ?」
と祐一が促し、
「では・・・頂きます」
と静希は食事開始。
千早はしばらく羨ましそうに見ていたが、やがて耐えきれなくなった。
「ねぇ、あたしは?」
おずおずと訊けば。
「食ってもいいに決まってるだろが」
祐一は苦笑しながら千早にご飯をよそった。
「わーい♪頂きます」
そして千早も心底幸せそうに食事を開始して――
まずは豚肉の紅茶煮を一口。
「う・・・美味しい」
紅茶の香りが何とも言えない。
一緒に煮られていた大根や人参もまた、豚肉の味と紅茶の香りが染み込んでいる。
「幸せ〜♪」
「ですね〜」
頷き合う千早と静希。
「そりゃ得意料理だからな」
ほんの少しだけ誇らしそうに、祐一。
「柚子味噌も美味しい〜」
そうして、幸せな夕食は過ぎていった。
「食べたぁ〜♪」
満面の笑みを浮かべつつ千早が言えば、
「美味しかったです〜」
幸せそうに静希も続いた。
「はい、お粗末様・・・デザートだけど、どうする?今食べるか?」
嬉しそうな顔で祐一が問う。
「うーん、ちょっと後で」
「わたしも・・・」
二人とも満足しきっているらしい。
祐一は
「おっけ」
と言い残し、祐一は後片付けを開始した。
そして千早と静希は、と言えば――
祐一のベッドに身体を預けていたのだが。
不意に。
皿の割れる音。
強烈な不安を感じつつ、二人はすぐさまキッチンに向かい――
目にした。
「・・・・・・うぐぅ」
と呻きつつ、突っ伏している祐一を。
「全く・・本当に心配したんですよ?」
「何かあったんじゃないかって・・・!」
祐一は片づけを手伝って貰いながらも怒られていた。
「う・・・すまん」
出来ることはと言えば、小さくなって謝ることくらい。
「大体何で転んだんですか?」
祐一は一瞬言い淀んでいたが、千早と静希の視線に負けて、
「・・・・・・弁慶の泣きどころをぶつけた」
と告白し、上目遣いで二人を見れば。
「・・・あれは痛いよね」
「ええ。確かに・・・」
解る解る、と千早と静希は頷いた。
片づけが終わった頃には余裕が出来たらしい。
千早も静希も冷蔵庫をちらちら見ている。
祐一は苦笑を漏らし、
「んじゃ、杏仁豆腐食べるか?」
返事はすぐ返ってきた。
「うん!」
「ええ!」
「んじゃ、部屋で待っててくれ。すぐ持っていくから」
2人は祐一の言葉に従い、部屋の方に消えた。
「さて・・・」
祐一は少しだけ考えたあと、
「茉莉花茶がいいか・・・杏仁豆腐だし」
頷き、
「カップと・・・ポットと・・・葉っぱと。よし」
呟きながら、
「んで、電気ポットからお湯入れて・・・持っていくか」
お茶の準備。
そして杏仁豆腐を持って部屋に。
2人は、
「遅いです」
とか、
「待ったよ〜」
と首を長くして待っていた。
「じゃ、また明日な」
二人を送り出した祐一は自分の手を見つめた。
開いて、閉じる。
それを繰り返す。
「うーむ、何だかなぁ」
空をふと見上げれば――
月が冷たい相貌を向けていた。
「さて・・・どうする?」
―continuitus―
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