Locus 05-02 "repugnare variatio"





「なんて・・・穏やかな世界」





「ん?どうした千早、静希?」
 ずっと何かを気にしたように時折振り向く千早と静希に祐一は問い掛けた。
「んと、何でもない何でもない」
 と、千早。
「な、何でもないですよ本当ですよっ!」
 と静希。
 そして慌てて前を向く。
 ――何を気にしているのか?
(分かってる。あいつらが何を気にしているのか)
 おそらく、それは――
(俺の・・・)
 そこまで思考し、祐一は言葉にした。
「お前らが気にしてるのは・・・」
 そこで一息吐いて。
「弁当だろ?
 何が入ってるのか今から気になってるのか?」
 とても、いい音。
 その音は静希と千早の頭がぶつかった音だった。
「あいたたたたた・・・」
「痛いです〜!」
「何やってるのお前ら」
 きょとんとしている祐一に、千早も静希も大きな溜息一つ。
「うー、もぉいい」
「はぁ・・・」
 そして登校再開。
 その背中を見ながら祐一は思考を紡いでいた。
(悪いな。まだ・・・何も言えないんだ。誰にも――お前らであっても)
 この、変容を伝えるわけにはいかない。
 この変容への抗いは――
 確かに支えてくれる人がいたなら心強いだろう。
 しかしそれは巻き込むことになる。
 もし――
 抗いきれず、消えたなら?
 祐一の記憶が残ってしまうかも知れない。
 だが、巻き込まなければ。
 修正力が働き、祐一という存在の残滓すら残さないだろう。
 ――”彼”の気まぐれがまた働けば別だろうが、しかしそれも頼りには出来ない。
 ならば。
 今。
(俺に出来ることは――)
 まだ終わらない変革を進めること。
 彼女たちの笑顔を護ること。
 その為ならば。
(俺は――神にでも魔王にでも戦いを挑む)
 そんな、強い決心。


 そして目を上げれば。
 目があったのは、滝元和樹。
「よ、相沢」
「や、滝元」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 しばし見つめ合い。
「兄弟!」
「兄弟!」
 抱き合う。
「あ・・・あんたらって・・・」
「仲がいいですねぇ〜」
 ほにゃーと笑っている静希に千早は頭を電柱にぶつけた。
「あやや?どうしました千早ちゃん?」
 本当に不思議そうに静希が訊けば、
「うー、なんて言うか」
 言葉に詰まる。
 そんなほのぼおとした2人を余所に――
 会話。
 切り出したのは祐一。
 声が鋭い。
「・・・滝元。何を知ってる?」
「知ってるって、何をだ?」
 その答に、祐一は少し苛立たしげに。
「俺が訊いているんだ」
「――買いかぶりすぎだよ、相沢」
 苦笑しながら、滝元。
「俺は・・・同じ過ちをしたくないんだ。
 二度と・・・あんな思いをさせられるのも、させるのも嫌なんだ。
 だからだよ。それだけだ」
 それだけ言い残し、滝元は離れた。
「そう言うわけで兄弟!俺はこの赤い扉を選んで先に行くぜっ!」
 と言いつつポストを乗り越えていく滝元。
「・・・・・・」
 祐一は絶句し――笑った。
 何故か、思い切り笑えた。
 しかし――笑いすぎが原因ではない涙が――
 何故か、流れていた。


 校門に辿り着けば、8人の少女達が待っていた。
 そしてまずは挨拶。
 おはよう、と声をかければ8倍になって帰ってくる。
 語頭にうぐぅとかあはは〜とかえうーとかあうとかが付いていたり。
 語尾にだおーとかがだよとかですとか付いていたりはしたが。
 でも、恐らく――なんてことはない、穏やかな朝の光景。
 ただ、一つだけ――
 違うこと。
 彼女たちの関心を集めたのは。
「・・・相沢。その手に持ってるのは?」
 舞が目敏く尋ねれば。
「俺が作った弁当」
 その包みを持ち上げながら短く祐一が答えた。
 途端にあゆと真琴が後ずさる。
 自分でも解らない衝動によって。
「うぐぅ、なんだか危険な香りがするよ・・・」
「あう・・・あゆも?真琴も何だか怖い・・・」
 じっと見つめているのは祐一が携えている包み。
 その恐怖と好奇心が入り交じった視線に祐一は苦笑しつつ。
「そう言う奴らにはやらん」
 言い放った。
「冗談だよっ!ボク、祐一くんが作った弁当食べたいよっ!」
「真琴だってよぅ!相沢、意地悪はよしなさいよっ!」
「はいはい」
 苦笑しなが祐一は真琴の頭を軽く撫でた。
「あ・・・」
 そんな、真琴の呟き。
「あ、悪い。嫌だったか?」
 思わず撫でたことに苦笑しつつ、祐一は手を引っ込めた。
「あう・・・全然嫌じゃないけど」
 顔を真っ赤にしながら真琴。
「そか。良かった」
 真琴の答に安心して、祐一は微笑。
 その笑顔は――
 何かに安心した様で。
 ほっとした様で。
 それを見ていた1人の少年は――安堵していた。
 だが、その安堵の中には――微かな不安が混ざっていることも否めなかった。
 一方、8人の少女たちはと言えば――
(うぐぅ、羨ましい・・・)
(相沢君・・・あたしも・・・)
(えぅ〜相沢さん、真琴さんだけなんて狡いですっ!)
(相沢・・・酷い。ぐしゅぐしゅ)
(あはは〜。羨ましいです・・・いつか佐祐理も撫でてもらいますからね〜)
(相沢先輩・・・真琴だけなんてそんな酷なことはないでしょう・・・)
(ふっふっふ〜祐一、今日の晩ご飯はあたしの当番だし、撫でてもらうよっ!)
(わたしはお隣さんですし、撫でてもらう機会はたくさんありますよねっ!)
 と、そんなことを考えていたのだが。
 残る1人は、と言えば――
「くー」
 寝ていた。
「なぁ。まさかとは思うが・・・」
 祐一の問いにあゆは大きな溜息一つ。
「うん、名雪さんは寝てるよ」
 祐一は改めて感心。
「・・・寝ながら朝の挨拶したんかこいつは。
 いや、それ以前に・・・寝ながら学校に来るとは・・・
 祐ちゃんびっくりだぁ」
 その感嘆の声に、香里は冷たく呟いた。
「だって名雪ですもの」
「なんだかよくわからんが納得してしまうのは何故だ?」
「だから名雪って言うのよ」
「なるほど」
 顔を見合わせてあははははーと笑う。
 すると途端に名雪は起きて、
「う・・・ここ、どこ?」
 目をしょぼしょぼさせながら。
「わ、びっくり。いつの間に学校に来たんだろ?」
 相変わらず間延びした声。
 びっくりした様にはとても見えないし聞こえない、そんな表情と声で。
「わ、相沢くんがいるよっ!おはよう、相沢くん!」
 10人は爆笑。
「うー、ひょっとしてみんな酷いこと考えてない?」
 そして、更に爆笑。


 そんな、穏やかで。
 暖かくて。
 誰もが。
 誰もが。
 誰もが笑っている、そんな風景。
 それを――
 祐一は――
 護りたいと願い。
 護りたいと祈り。
 守り抜くと誓った。





「抗わなきゃ、な・・・」





―continuitus―

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