Locus 05-03 "in cenaculum"





「・・・何故に?」





 祐一が屋上に辿り着いた時、そこに居たのは予想していた人物と予想しなかった人物。
 予想していた人物とは言うまでもない。
 今や祐一に思いを寄せている8人の少女たちと一弥。
 そして予想しなかった人物。
 いつの間に仲良くなっていたのだろうか?
「おう」
 口を動かしながら、滝元は手を上げた。
「なんでお前がいる?」
「なんでいるとは失礼な。弁当も持参したんだぞ」
 ほら見るが良い、と指さしたその先には――なかなか豪勢な弁当。
「わ、凄いね祐一!」
 思わず感嘆の声を上げる千早。
 それもそうだろう。
 これほどまでの料理の腕を持っている人物を祐一は数えるほどしか知らない。
 祐一の母と、叔母である秋子。
 もっとも彼女らは常軌を逸しているが。
 それ以外でも、数えるほどしか知らない。
 それほどの腕前だった。
「?何ぼけっとしてるんだ?さっさと食おうぜ?」
 こっちこい、と滝本。
「そうそう。良い天気なんだし」
 にこにこと一弥も促して。
「んじゃ・・・そうするか?」
 浮かんだのは、笑み。
 憂いのない笑みだった。


「それ、祐一が?」
 開かれた弁当を見た瞬間、一弥は思わず呟いた。
「ああ。俺が作ったけど、何か?」
「うん。滝元も凄いけど祐一もなかなかやるなと」
 事実、滝元の弁当もかなり凄まじい。
 量的には一人分なのだが、質的には一人分どころではないだろう。
 その腕は恐らく――祐一と同等以上。
 千早と静希はその腕を昨日の夕食で堪能していたから何も言わなかったが、他の少女達は感嘆の声を上げていた。
 ――あゆと真琴を除いては。
 あゆと真琴はただただ沈黙。
「・・・・・・」
「ん?何か言いたそうだなあゆ」
 祐一の問い掛けに悲鳴の様に、真琴とあゆ。
「白状しなさいよぅ!本当は誰が作ったの!?」
「嘘だよっ!祐一くんがこんなに料理が上手だなんて!だって」
 あゆの、その次の言葉。
 それが紡がれる前に祐一はあゆを遮った。
「ほほう・・・」
 なかなか良い笑顔を浮かべて。
「んじゃ、あゆと真琴はいらないわけだな」
 そう言われるだろう事が分かっていただろうが、放たれた言の葉はもはや戻らない。
 気付いた時にはもう遅い。
 あゆと真琴に出来るのは、 
「うぐぅ!?」
「あぅ!?」
 ただただ呻くことだけで。
 そんなあゆと真琴はほったらかしに、祐一は弁当を皆に勧めた。
「んじゃ、みんな食ってみてくれ。ちょっと自信ありだぞ」
 しかし口元に浮かぶのは意地悪い、しかし本気ではない笑み。
「あぅ〜」
「うぐぅ・・・」
 微かに聞こえる寂しそうな声に、祐一は笑いを噛み殺していたが。
「祐一・・・最初から怒ってないくせに」
 そろそろいいじゃない、という千早の言葉に。
「う、ばれてる」
 と呟いて。
「あゆさん、真琴さん。こっちにどうぞ?」
 一緒に食べましょう、という静希の言葉に。
「仕方ないなぁ。ほらこっち来い」
 と促して。
 よほど嬉しかったのだろう。
「うぐぅ、千早さんも静希さんもいい人だよ〜」
「あぅ〜、ありがとう〜」
 あゆも真琴も涙を滲ませている。
(――変わらないな)
 そんな言葉を押し込み。
「泣かんでもいいからとっとと食べろ。俺の自信作だ」
 と、微笑って。
 そして、穏やかな。
 本当に、穏やかな。
 暖かい。
 本当に、暖かい。
 そんな昼食の一時は始まった。


「美味しいよ〜」
 ふにゃふにゃと名雪は顔を綻ばせている。
 口にしているのはデザートのイチゴのコンポート。
「こらっ!いきなりデザートから食うなっ!」
 祐一は名雪の頭にうりゃ、とチョップ。
「だってイチゴなんだよ?」
「だってじゃないっての」
「うー」
 涙を滲ませている名雪に、
「後でだ後で。今はみんなと同じものを食べろ」
 軽く説教。
「うー」
 名雪は少し唸っていたが、食べ始めた途端に上機嫌になった。
「美味しいよ〜」
 その様子に安心したものの、ふと視線を感じて横を見れば、栞がじと目で睨んでいる。
「何だ栞その目は」
「アイスはないんですか?バニラアイスはっ!」
 栞の魂の叫びに祐一は短く。
「無い」
 きっぱりと答えた。
 しかしそれで終わらせたくないのか、栞は不満たらたらに。
「酷いですっ!」
「酷いと言われてもないものは無い」
 しかし祐一はあっさりと。
 容赦なく答えた。
 まさか奢ってやるという言葉を期待したわけではなかったが、それでも
「今度作ってやるよ」
 という言葉を期待するくらい良いでしょうという想い。
 そんな想いが呟きとなった。
「えぅ・・・」
 なかなか寂しそうなその響きに祐一は苦笑。
「嘆いてないいでこれを食べてみろ」
 弁当箱の中からそれを選び、自分の箸でつまむ。
 そしてほれ口を開けろ、と卵焼きを差し出された栞は口を開きかけたが、ふと気になって尋ねてみた。
「相沢さん。これ、何ですか?」
 その答は栞にはやや残酷なもの。
「カレー味の卵焼きだ」
 口をついて出たのは悲鳴にも似た呟き。
「・・・・・・えぅ」
「ん、どうした栞?」
 知っていながら知らないふりで、聞き返した祐一に、香里はにっこり笑って声をかけた。
「相沢君」
「どうした香里?」
「栞、辛いものって苦手なんだけど」
「なにぃっ!そうだったのかっ!?」
 今更ながら驚いてみせる。
 もっともわざとではない。
 カレー味とはいえ、ほのかに香る程度。
 栞も美味しく食べることが出来るはず。
 祐一がそれを説明しようとした矢先に、香里は予想外の行動をとった。
「というわけであたしが貰うわね♪」
 祐一の腕を取り、そのまま箸を自分の口に向けて――一口に。
「ん、美味しい♪」
 満面の笑みを浮かべた。
 と同時に上がった声。
「ああっ!」
 というその声は、一体誰が出したものか。
 栞だけではなく、その場にいた少女達全員の総意は一言で言えば
「ずるいっ!」
 というもので。
 自分もやって貰いたかった、という思い。
 しかしまだそれほど仲が良いわけではない、という戸惑い。
 それを7人の少女達は感じていたが。
「祐一祐一、あたしもあたしも!」
「祐一さん、わたしも・・・あーん」
 千早と静希は遠慮無く。
「・・・仕方ないな」
 祐一も苦笑混じりにそれに応えたものだから。
 余計に7人のテンションは上がっていって。
「相沢・・・あの、えと」
 照れながら言葉に出来ない舞。
「あはは〜舞、真っ赤です〜」
 舞をからかった挙げ句チョップを貰っている佐祐理。
「えぅ〜えぅ〜えぅぅ〜」
 こんな事なら我慢して食べていれば良かったと悔し涙を流す栞。
「うぐぅ・・・香里さん羨ましいよ・・・」
「あぅ〜香里ずるい〜」
 先ほどのことがあったためか、強気になれないあゆと真琴。
「うー、でもイチゴではあーんしてもらうから」
 にまにましている名雪。
 そんな彼女らを差し置いて、
「あの、相沢さん?」
「ん?どうした?」
 声をかけたが祐一はきょとんとしている。
 深呼吸一つ。意を決して言葉にする。
「あーんして下さい」
 にっこりと笑いながら。
「う・・・」
 と思わず呻く祐一に。
「あーん」
 と。
「ほら、あーん」
 とアスパラのベーコン巻きを口元まで持っていき。
「あーん」
 結局祐一は折れて。
「・・・あーん」
 口を開いた。
 そしてしばし口を動かして、
「うん、美味いぞ」
 祐一は美汐に笑いかけた。
 そんなこんなで一人ポイントを稼いだ美汐だった。
 その後は案の定、誰が祐一に食べさせるか、あるいは食べさせてもらうかで大騒ぎになったのだが――
 そんな大騒ぎ。
 祭りの様な大騒ぎさえも、祐一にとっては好ましいものだった。
 いつ終わるとも知れないお祭り騒ぎの様な日々。
 しかし、祐一は知っていた。
 このお祭りはそう長く続かないことを。
 成すべき事。
 この世界で成すべき事。
 それが後いくつあるかは祐一自身にも分からないが、それを成し遂げた瞬間、このお祭りが終わってしまうことを。
 しかしその成すべき事は、彼女たちの笑顔を護るためには避けては通ることが出来ないことを。
 だからこそ。
 だからこそ祐一は――
 今は、このお祭り騒ぎを楽しんでいた。
 他の誰でもない、相沢祐一自身の心に。
 魂に刻み込むために。
 自分の大切な人達との日々を刻み込むために。





「祭りはいつか終わるもの、か。それでも、な・・・」





―continuitus―

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moveo Locus 05-02 "repugnare variatio"