Locus 05-04 "celeber,fremitus ex post meridiem"





「うう・・・眠い・・・」





 天気は快晴。
 しかも満腹という状態ではやはり眠気は加速する。
 祐一もご多分にもれず睡魔と闘っていた。
(く・・・眠い・・・眠すぎる・・・)
 故に自習と聞いた時はかなり喜んだが、配られたそれを見た瞬間、書かれていた文字と睡魔が相克した。
 それは提出がない場合はどんなに試験成績が良くても0点と見なすというありがたいコメント。
 まずはふざけるな、と怒号が飛んだ。
 しかし考えてみれば出しさえすればいい。
 それだけでテストが0点となることはない。
 出せばいいや出せば、という雰囲気が場を支配しかけていたが、次なる文章が決定的だった。
『なお、1問正解につき2点を加算するものとし、テストは80点満点とする』
 つまり。
 プリントには10問ある。
 ならば――このプリントを提出し、全問正解しさえすれば、20点は確保出来る。
 反面、満点を取りたいと思えばこのプリントを提出し、なおかつ全問正解しなければならない。
 ある者にとっては救いの手。
 ある者にとっては嘆きの源。
 結局、誰もが真面目にプリントに取り組む事になったのだが――
 結局分担すれば何のことはない。
 出来る者が出来る部分を解き、答を合わせてそれから公開、という手法。
 それは効率的ではあるが、出来る者にとってはメリットがない。
 もっともこのクラスではそれは言うだけ野暮であったが、それでも報酬はあってしかるべきである。
 協議の末、問題を解く者が勝ち取ったのは、飲食の肩代わり。
 それは20点と比べたら軽い投資であっただろう。
 ――問題を解くのが祐一でさえなかったならば。
 祐一は想い出を欲していた。
 たとえ消えるにしてもその瞬間までは笑っていたい。
 その笑うための糧を欲していた。
 だから問題を全て解いた。
 ――一人で。
「おお・・・」
「さすがだ・・・」
 驚嘆の声を余所に、祐一は既に臨界点に来ていた。
「悪い・・・少し、寝る」
 そしてそのまま顔を伏せ、目を閉じる。
 目を閉じれば――いや、閉じたからこそ、祐一は様々なものを感じていた。
 例えばそれは日差しの温もり。
 光を目でなく、身体で感じている。
 それはまる大きな何かに抱かれている様で。
 眠りにつきそうなほどに心地良くて。
 しかし、何故だろう。
 こんなに眠いのに眠れない。
 それは、様々な音のために。

 それはあるいは校庭から。
 うぐぅ、という泣きそうな声。
 大丈夫?という名雪の声。
 この子は・・怪我してないわよね、という香里の声。
 どうやらあゆが転んだらしい。
 祐一は足下に気を付けろよとつい苦笑。
 
 それはあるいは廊下の突き当たりから。
 そこにある美術室から聞こえるあぅ〜という悲鳴と、そんな酷なことはという青ざめた声。
 そしてそんな言言う人大っっっ嫌いですという慟哭。
 どうやら真琴と美汐が栞の絵を直視した模様。
 ああそれは悲鳴を上げるな、と祐一は苦笑。

 それはあるいは階上から。
 あははーという笑い声と、何かを叩いたような音。
 そして痛いですよ舞、という声。
 どうやら佐祐理が舞をからかっているらしい。
 なんて良く通る笑い声。
 そして声は聞こえないのに舞がそこにいるとよく解る。
 楽しそうだな、と祐一は微笑。


 眠りたいのに眠れない。
 眠気だけはある。
 確かにあるのだが眠れない。
 多分、それは――
「眠る時間も惜しいから、か・・・」
 浮かんだのは自嘲の笑み。
 多分、時間はそれほど残されていないのだろう。
 それを心のどこかで知っているから――眠れない。
 うん、と大きくのびをしたところに――滝元が声をかけてきた。
「眠れないのか?」
「・・・ああ」
 眠れないなら少し俺の話を聞くが良い、と滝元は祐一の前の席に座った。
「じゃ、問題なしだな。
 眠るなら放っておこうと思ったんだが」
 その言葉に祐一は苦笑。
「嘘付くな。
 どっちにせよ起こすつもりだったんだろ?」
 と問うと、
「当然!」
 と妙に偉そうに。
「はぁ・・・んで、なんだ滝元?」
 ため息混じりに問うたなら、滝元はうむ、と頷くと自分の考えを口にした。
「相沢。俺は思うのだが」
 滝元はとてもとてもまじめな表情で。
「国の首長だが、4年に一度選ばれるのは良い。しかしその方法がいかん。
 やはり公正を期して、各県の代表が闘うというのはどうかと思うんだ」
 とてもとてもバカなことを言った。
 滝元の言葉に祐一は思わず考え込んだ。
 どこかで聞いたことがある様な?
 その疑問に答える様に、滝元は厳かにその名を紡いだ。
「・・・名付けて――役人ファイト」
「・・・都庁ツインタワーとか、なまはげ県庁とか、流氷道庁とかシーサー県庁とか県庁・ザ・鵜飼いが戦いを繰り広げるのか?」
「そうだ!」
 それを聞いた瞬間、祐一の脳裏に映像が浮かんだ。


 役人ファイト。
 それは4年に一回行われる、地方自治の頂点を極めるための戦いである。
 この戦いで勝利を収めた都道府県は以降4年間、国内の全てを司ることになる。
 そのため各都道府県は役人ファイトの機体であるモビル庁舎の開発と、それを操る役人ファイターの育成に余念がないのだ。
 そして役人ファイターなら誰もが習得に憧れる五つの武闘流派がある。
 すなわち。
 行政不敗。
 研究不敗。
 教員不敗。
 警官不敗。
 技術不敗。
 その中の一派である行政不敗を学んだ男がいる。この男は師匠である行政不敗マスター企画から収入同盟の証で収入の紋章を受け継ぎ、今代のキングオブ地方交付金となった。
 彼は今日も闘う。
 役人ザ役人の称号を勝ち取るために。
 そして今日も――指を鳴らし、咆哮する。
「出ろぉ!県庁ぉぉぉぉぉぉ!」
 その叫びに応え、どこからともなく出てくるモビル庁舎。
 男がそのコクピットに入るや、周囲にバブルウインドウが浮かぶ。
 そしてその全てに『決済』の文字が浮かび――
 ゴッド県庁は起動した。
 そして叫ぶ。
 戦いの始まりを告げる言葉を。
 敵も応えて――叫ぶ。
「役人ファイトォォォォォォォ!」
「レディィィィィィィ!」
「ゴォォォォォォォォォォォ!」
 走る。
 予算を掴むために。
 闘志は力となり、感情は刃となる。
 あとは――倒すだけだ。
 極限まで練り上げられた気力は機体の限界を超え、機体に今以上の能力を要求する。
 機体はそれに応え――変わる。
 限界を超えた限界を成すために。
 戦士は腕を眼前に掲げ紡ぐ。
 戦いの言葉を。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!予算を掴めと轟き叫ぶ!爆熱!ゴォォォォォォォォッド!起案書ぉぉぉぉぉぉ!」
 そして提出される起案書。
『平成○×年度第△□回役人ファイトについて(協議)』と言う題の文書。
『このことについて案の通り施工してよろしいか』
 とある。
 起案書の存在、その全てが熱い。
 燃えるほどに。
 全てを焼き尽くすほどに、熱い。
 敵の機体――県庁シャチホコ・オブ・ゴールドは起案書ごと頭をゴッド県庁に捕まれて――
「ヒィィィト!エンドッ!」
 その言葉と同時に爆発四散した。


 そして祐一は現実に戻り、思わずぽつりと呟いた。
「・・・・・・よくわからんが・・・なんだか燃える・・・」
「だろ?」
 暫しの沈黙。
 の後、祐一と滝元は拳を打ち付け合い、咆哮した。
「流派!」
「行政不敗は!」
「地方の風よ!」
「構造!」
「改革!」
「公文!」
「供覧!」
「見よ、行政は赤く燃えているぅぅぅ!」
 そして滝元は血を吐いて。
 日輪に目を向け、呟いた。
「・・・祐一よ。この街は美しいなぁ・・・」
「はい、美しゅうございます!」
「さらばだ・・・祐一・・・」
 がっくり、と滝元から力が抜けて――
 祐一の絶叫が響いた。
「師ぃぃぃ匠ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 その叫びに被さるように――

 新一派 行政不敗 王者之風
 構造改革 公文供覧
 税収! 血染行政一片紅

 と、こんな墨文字が浮かんでいた。


 その瞬間、教室に存在する全ての存在の時が止まった。
 ――あまりのバカらしさに。
 それに抗う様に、声を出したのは千早。
 しかし出たのは
「・・・あ」
 という一音。
「あ?」
 と、思わず祐一は問い返した。
 しかるに答は
「あ」
 という一音。
 続けて滝元が
「あ?」
 と問うも、やはり答は
「あ・・・!」
 という一音。
 どーしたんだと二人して、
「あ?」
 と問うたなら。
 その答は絶叫だった。
「アホかあんたらわぁぁぁぁ!」
「わ、千早ちゃん凄い声」
「おーきな声も出るわよっ!黙って聞いてれば役人ファイトだの行政不敗だのマスター企画だのっ!」
 しかし静希の反応は。
「あら、面白そう」
 というのんびりしたもので。
 それに押されたのか引きずられたのか、千早もつい
「くっ!悔しいけどあたしも一瞬そう思った・・・
 面白いと思っちゃったわよ!
 でもそれが赦せないのよっ!」
 と本音を漏らす。
 それを祐一は哀れむように、
「どうどうどう、落ち着け千早」
 と宥め、滝元も妙にアメリカンな口調で
「そうだ御巫、短気は損気だyo?」
 HAHAHAHAHA!と笑う。
「yoって言うなぁっ!」
 そして情け容赦のない寸打の一撃。
 為す術もなく滝元はすっ飛んでいき、掃除用具入れをへこませた。
「わ、御巫が切れた!」
「原因は・・・滝元と・・・相沢!?」
 途端にざわつく教室内。
「しょっく!相沢くんてそんな人だったのねっ!」
「分かってたくせに」
「確かに」
 あははー、と。
 誰もが笑う。
 ここにも祭りがある。
 なんて賑やかで。
 なんて騒がしくて。
 なんて華やかな、祭り。
 でも、燃え尽きる前の様で。
 それが、哀しい――
 そう。
 祭りは確かに――
 終焉に、向かっている。





「あー。バカやったなぁ」





―continuitus―

solvo Locus 05-05 "placidura,urbs ex crepusculum"

moveo Locus 05-03 "in cenaculum"