Locus 05-06 "quietus,luna nocturnus"





「うあ・・・気合い、入れすぎたか?」





 アスパラガスのポタージュ。
 モッツァレラチーズとトマトのサラダ。
 豚の角煮・和風。
 鮭のすり身を揚げた、いわば鮭しんじょ。
 3人が創意を凝らした料理がテーブルに並ぶ。
 さらにデザートとして紅茶のムース、ピスタチオのアイスクリーム等々。
 その日の夕食は非常に豪勢だったと言えるだろう。
 ――まるで最後の晩餐の様に。
 祐一は最後かもしれない、と思い切り腕を揮ってしまったことを僅かに後悔。
「・・・全部食うのか、これ?」
 冷や汗を垂らしている。
「あは、あはははは。大丈夫だよ。・・・・・・多分」
 あたしのせいじゃないよね、多分と乾いた笑いを漏らしながら、千早。
「明日の朝ご飯にもなりますし、ね」
 明日の朝全部食べないと勿体ないですよね、と引きつった声で、静希。
 暫しの沈黙の後。
 3人は少しだけ沈痛な、しかしそれ以上に楽しそうな声で――
「頂きます」
 食事の始まりを告げた。


「・・・もう食えないぞ」
 満足そうに腹をさすりながら祐一。
「食べたぁ」
 大きな達成感を感じながら千早。
「紅茶のムース、美味しかったです」
 うっとりとした表情で静希。
 その表情を見た瞬間、祐一は――
 なら、また作ってやろうかと言いかけて。
 自分の置かれた状況を思い出し、口を閉ざした。。
 更に、辛い約束を重ねたくなかった。
 果たされることのない約束をしたくはなかった。
 確かに千早や静希の喜んだ顔を見たい、という思いはあっただろう。
 しかし、約束すれば――きっと、傷つける。
 だから約束出来ない。
 静希や千早がどんなに期待を込めた視線で見つめても。
 約束を口に出来ない。
 それはどんな約束でも同様。
 名雪やあゆ。
 美汐や真琴。
 舞や佐祐理。
 香里や栞。
 彼女たちとも約束はもう、出来ない。
 そのはずなのに。
 それでも――
「んじゃ、また作ってやるよ」
 こう言って微笑ったのは――
 どこかで、絆を求めているからなのだろう。
 一人で全てを抱えるには弱すぎて。
 全てを語って楽になるには強すぎる。
(矛盾、だな)
 苦笑しそうになるのを、抑える。
 漏れた苦笑は彼女たちに何かを気付かせてしまうかもしれないから。
(大丈夫。俺はまだ微笑える)
 不安を封印し。
 その代わりに、側に誰かがいることに感謝して――微笑う。
 これが、相沢祐一の選択だった。
 千早も静希も、その微笑みに少しだけ不安を癒されて微笑い。
 懐かしむように――まるで、数年の過去を懐かしむかのように、語り出した。
 出会った――いや、再会した時を。
「なんだか、ずっと一緒にいた様な気がするんですけど――
 祐一さんとこうして再会してからまだ5日しか経っていないんですよね・・・」
 感慨深そうに、静希。
「本当にびっくりしたよ。いきなり駅前で泣いてんだもの」
 思い出し笑いをしながら千早。
「千早。お前そう言うけど泣けるぞ、アレは。間違いなく」
 憮然として祐一。
 千早と静希はその言葉に自分がそうなったら、と想像し――
「・・・・・・確かに」
「そうかも」
 納得した。
「寒いわ暗いわ腹は減るわお金は引き出せないわ。
 あれでお前らと会えなかったら、俺はこうしていたかどうかもわからん」
 遠い目をして――
「でもな。それでお前らと――少しでも早く出会えたんだから。
 良かったな、と思うぞ」
 微笑った。
 その笑顔に答える様に、千早と静希は――
「そう、ですね」
 あるいは嬉しそうに。
「あはは。あたしも、良かったと思うよ」
 あるいは恥ずかしそうに。
 笑っている。
 笑っている彼女たちを見ていると、祐一は心が痛んだ。
 ――彼女たちを裏切ろうとしているのだから。
 しかし。
 その痛みを表には出さない。
 出せない。
 いっそ出してしまえたら、と思う。
 自分が近い将来、確実に『消えて』しまうこと。
 残された時を、為すべき事のために使うこと。
 ――彼女たちのことが、こと。
 そんな、いろいろなこと。
 しかし、そうしたら彼女たちは苦しむだろう。
 それこそが耐えられないこと。
 一人で抱え込んでいくには僅かに弱く。
 しかし、他人を悲しませないためになら一人で抱え込むだけの強さを持ってしまった。
 それ故に――今、直面している問題に関しては、祐一は他の誰かに頼れない。
 しかし祐一自身はそれでもいいと思っているのだろう。
 だから、笑みを絶やすことはない。
 だから、苦しみを表には出さない。
 どちらにせよ――残された時間は少ないのだろう。
 事実、食材を手に取るという動作さえも気を抜けば不可能だった。
 手に持とうとした存在が、祐一自身を認識しなかったから。
 だから、意志で絆を結んで――”これを、俺は選んだ”と、意識しないと手に取れなかったから。
 そのことを、10人の少女は――知らない。


 2人が祐一の部屋を出たのは、日付が変わって2時間も経った頃だった。
 話すことは尽きなかったが、しかし明日もあるからということで部屋に戻したのだ。
 しかしその本音は――これ以上一緒にいると、言葉にしそうになったからだ。
 消えてしまう。
 そのことを。
 祐一は溜息を一つつき、ベランダに出た。
 見上げた月は冷たくて、静かで。
 それでいて見守る様で。
 何かを、思い出させる様で。
 祐一に焦燥感を抱かせた。
「何が・・・足りない?」
 すぐに手が届きそうで、届かない。
 思い浮かびそうなのに、霞のように消えてしまう。
 不確かな、パズルのピース。
 今、この世界は――幾つかのピースが欠けている。
「何が――足りない?」
 足らないもの。
 その中で、今、この世界で何とか出来ることを探す。
 為すべきこと。
 それは数多くあるが、それは今、この世界では無理なことの方が多い。
 しかし、今この世界で出来ることがあるのも事実だ。
 だから、それを探す。
 月を見上げながら。
 月の光が心を満たしていく。
 月の光が足りないものの輪郭を形作っていく。
 月の光が――気付かせる。
(そうか――
     「やるべきこと」
            の、一つは――)
 パズルのピースが、一つ揃った。
 祐一は部屋を出た。
 自分に言い聞かせる様に、呟く。
「眠っている暇は――多分、もう無い」
 眠気が、無い。
 それどころか頭が冴えていくのが分かる。
 時間がない。
 それがはっきりと解る。
 ならば――
「やれることは全部やっておかなきゃな・・・」
 音を立てず、歩き出す。
 夜空の月だけが無言のまま、祐一を見つめていた。
 目指すのは――ものみの丘。





「じゃぁ・・・行くか」





―continuitus―

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