Locus 05-07 "collis nova"





『近づいて・・・いる――』





 ものみの丘に向かいながら、祐一は今までを思い起こしていた。
 自分が壊れてしまった世界。
 あの世界で起きたことはあまりにも辛すぎて、思い出したくないのは事実。
 それでも、生きようとしていたのは――彼女たちの願いだったから。
 祐一は笑顔でいることが出来るほどには強くはなかった。
 しかし、その世界――空虚な世界で生きていく程度には強かった。
 そう。
 本来なら祐一は生き続けるはずだった。
 大切な存在を喪ったあの世界で。
 それが今ここにいるのは――
「何故なんだろうな・・・」
 あの頃の自分は壊れていたことが解る。
 感情が壊れ。
 意識も壊れ。
 感覚も壊れていた。
 だから、命を――捨てることになった。
 そのことを、彼女たちは望んでいなかったはずなのに。
 しかし、まるで、呼ばれたかの様にあの場所――命を落とす事となったあの場所に赴いたのも事実だった。
(ま、だから
      「あいつらと逢えた」
                 んだけどな)
 と、苦笑。
 この世界には、失われたものが揃っていた。
 それは彼女たちの笑み。
 彼女たちがそこに存在するという事実。
 消えそうになりながらも、しかし、祐一はこの世界にいる。
 存在している。
 8人が誰一人として欠けることなく存在する世界に。
 8人の憂いが消え去った世界に。
 2人が人間に転生した世界に。
 ――全てが揃っている様でいて、その実所々が欠けてしまっている世界に。
 欠けている様々なピース。
(それが分かるまでこの世界にいられるだろうか?)
 その疑問の答は――多分、否。
 それが意味するものは――
「裏切り、か」
 自分がこれから進むだろう運命のもたらすものを呟く。
 そう、それは多分裏切りなのだろう。
 彼女たちの願いを全て叶えられなかったことが裏切りなのではない。
 再会しておきながらまた消える。
 二度と泣かせないと近いながらまた泣かせる。
 それこそが裏切り。
(これならいっそ
         「変えない方が」
                  良かった?まさか!)
 変わったからこそ、変えたからこの世界がある。
 一瞬浮かんだ嫌な考えを追い払う。
 この世界だからこそ――あの10人は微笑っている。
 微笑っていられる。
(この世界から俺が消えても――
                    「きっと、支える何かが」
                                  ある)
 祐一はそう信じたかった。
 否。そう信じて、進む。
 丘を登る道を。
 そして、消えかけている祐一だからこそ――この世界と別の世界の狭間に落ち込もうとしている祐一だから分かる。祐一だから見える。
 ――門が。
「今なら――分かる」
 手を伸ばし、開く。
 陽炎の様に。
 ――揺れる。
 異界への。
 ――門を。
 開き。
 ――入る。
 燦。
 そんな音が響いて門は開き、閉ざされて。
 祐一は、異界にいた。
 周囲を見回せば、街が消えている。
 ただそれだけ。
 他には何も変わらない。
 ものみの丘は確かにあるし、思い出の樹――学校も確かにある。
 つまり、ここもまた華音――しかし、人ならざる者の住まう華音の街なのだ。
「この場所は――」
 呟き、記憶を辿る。
「ああ、そうか。ここは――」
 昔。
 ずっと昔。
 ここは、祐一が――
「真琴と初めて出会った場所、だ――」
 幼い頃、何かの拍子で祐一はこの異界たる『華音』の街に迷い込んだ。
 ここに住まう住人は、全てがヒトではなかった。
 或いは鬼。
 或いは竜。
 或いは精霊。
 或いは――妖狐。
 そんな住人たちが暮らす、もう一つの『華音』。
 その門が開いている場所こそが『ものみの丘』だった。
 ものみの丘。
 この場所は『物を見る丘』、ではなく――『物の怪と相見える丘』なのだ。
 しかしその門は通常はヒトの目に映ることはない。
 しかし偶に、何かの拍子で迷い込んでくるヒトがいるのも事実だった。
 祐一はここで――
「まだ、狐の姿にしかなれない真琴に逢ったんだ――」
 迷い込んだ祐一はすぐに大人たちに見つかった。
 しかし、門は不安定で――結局祐一は数日間をここで過ごすことになった。
 鬼の子と仲良くなり、川辺で転げ回って遊んだ。
 竜の子には空に連れて行って貰った。
 そして、真琴は――まだ、ヒトの姿をとれなかった真琴は、金色の九つの尾を振って祐一について回っていた。
 随分仲良くなり、うち解けた頃――この『華音』で2週間も過ぎた頃。
 不意に、門が開いた。
「泣いてたっけなぁ、あいつら」
 思い出して、苦笑。
 行くな、と泣かれた。
 また逢おうね、と泣かれた。
 大人たちは、時間の流れが違うから安心しろ、と言って笑って送り出してくれた。
 その時、真琴の姿はなかったのだが――あれは。
「まさか俺の世界に行くためだったとはなぁ・・・」
 思い出して、苦笑。
 そしてもとの世界の――この『華音』からすればそちらこそが異界なのだが――華音に行ってしまった真琴を水瀬の家に連れて帰り――
「甘かったんだよなぁ・・・どうせ門は開く。そう思っていたのに」
 結局、門は開かず。
 祐一は真琴を置いて帰るしかなかった。
 いつか、また門が開いて。
 真琴があの場所に帰ることを信じて。
 しかし、結局真琴はずっと『こちら側』のものみの丘で過ごし、そして祐一と再会したが――
「助けられなかった・・・」
 呟き、唇を噛んだ。
 しかしその現実も今や変わっている筈。
 だが、今は――真琴はヒトとしての姿を持っている。
 もう、揺らがないはずなのに。
(何故――
      「俺はここに」
             来たんだ?)
 その答は、実際には分かっている。
(本来なら、真琴はここで育つべきだった。
 両親の元で育つべきだった)
 だから。
 祐一が為すべき、一つのことは――
 真琴の両親を捜し出すこと。
 そして、もう一つは――
 美汐の傷を完全に癒す。
 その為に――
(天野の言う、
        「あの子とやら」
                 を探し出す)
 その為に祐一はこの場所に――異なる華音に再び来たのだ。
 顔を起こし、丘から『里』を見下ろす。
「――俺は、迷わない」
 一歩を踏み出す。
 同時に、気配が――いくつもの気配が生じた。
 否。
 気配を殺していたモノが、存在の色を現した。
 鬼。
 竜。
 鵺。
 そんな、ヒトならざるモノの中から――その存在は一歩を踏み出して。
 哀しそうな。
 嬉しそうな。
 懐かしそうな笑顔で、祐一に告げた。
『久しぶりですね――人の子よ』





『また・・・来たのですね』





―continuitus―

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moveo Locus 05-06 "quentus,luna nocturnus"