Locus 06-02 "in mane,quidam caelum,ullis sermo"
「ふっ・・・今こそ権利を使うとき!なんだろうけど・・・うーむ」
その昼のこと。
「例の約束、今日果たして貰うから」
教室に出る前に、祐一は宣言した。
その言葉に対する反応は、といえば。
「・・・しまった。つくづくしまった」
「相沢のことだ、きっと斎笹や御巫だけじゃ終わらないぞ」
「だろうな・・・でも今更そんな約束は無効だと言うわけにもいかないし」
「契約書はそのためか・・・やられた」
「・・・誰だよ任せたなんて言った奴は!」
「お前だお前!」
というもので。
費用負担自体に対しての不満は無いようだった。
あまりにもあっさりと両総を得ることが出来たので、祐一は帰って拍子抜けして――
「・・・本当、悪いな」
本気で悪そうな顔。
「悪いと思ってるなら・・・少しでいい、少しでいいから遠慮してくれな?」
あの10人――正確には、10人の内の5人なのだが――の、食べっぷりは最早逸話を通り越して神話の類になっているらしい。
涙目で懇願する彼らに、祐一は――
「俺の力の及ぶ限りは善処する」
苦渋に満ちた表情でこう告げた。
そして、屋上。
蒼い、空の下で――祐一は美汐が作ったエビフライを飲み込んだ後、10人を見渡し質問した。
「今日、みんなは暇か?」
「そうねー。部活もないし暇だけど?」
と、香里。
「私も何も予定はないですよ、相沢さん」
と、美汐。
そして、
「佐祐理も大丈夫ですけど・・・何でそんなこと訊くんですか?」
との問いに返答。
「ああ。クラスの連中と賭けやってな。一回だけだけど、百花屋で食べ放題」
出来るんだ、という語尾を打ち砕き、
「アイスクリーム!」
「イチゴサンデー!」
「鯛焼き!」
「肉まん!」
「牛丼・・・!」
という叫びが響いた。
その叫びにこもった怨念にも似た妄執に、
「・・・なぁ、千早。静希。本当に良かったんだろうか?」
思わず問い掛けてみたものの。
「あはは、何を今更」
「権利は有効に使わなきゃですよ」
千早も静希も既に乗り気だったから。
「・・・それもそうだな」
と祐一は納得。
放課後校門で落ち合い、一緒に百花屋に行くことになったのだが――
そして百花屋の前。
「本当に大丈夫かい?」
心配そうに訊く一弥に、祐一は不敵な笑みを向けつつ書類を差し出した。
「・・契約書?また妙なものを」
祐一はなおも笑いつつ、
「連れてくるのがこいつらじゃなかったらこんなもの要らないんだろうけどな。クラスの奴らに後になってから『そんな記憶はない!』と言われるわけにはいかないから」
しかし。
しかしである。
一度解き放たれた彼女達が予想以上――否、予想を遙かに超えていたら?
確かに自分の力の及ぶ限りは、と言ったが、為す術もなく見守るしかないだろう。
「とはいえ・・・なんだか俺、不安になってきたぞ・・・」
訥々と、祈るように祐一。
しかし、一弥はごく冷静に。神は死んだといわんばかりの口調で告げた。
「・・・祐一。奢りだっていった瞬間にリミッターは外れている」
「だよなぁ」
祐一と一弥は大きな溜息をついた。
案の定、店内に入った瞬間に彼女たちは注文を終えた。
「・・・どうしよう?」
本気で心配している祐一。
「どうしようもないと思うけど」
妙に達観した口調で一弥。
「諦めよう、ね?」
慰めるように、千早。
「どうせ今日は祐一さんの払いじゃないんですし」
にこにこしながら静希。最早確信犯である。
「・・・名雪と栞は、あたしに出来る限りは抑えるから」
と、香里。さりげなくポイントアップを謀っている。
「では、私は真琴を」
「あはは、じゃあ佐祐理は舞を」
慌てて、美汐と佐祐理も。
しかし、である。
美汐はともかく――佐祐理の場合、舞と一緒になって牛丼を思い切り食べるのではないだろうか。
祐一の脳裏をそんな思考がよぎったが――敢えて無視。
それよりも恐ろしい問題があるのだ。
「あゆは野放しか?」
ぽつりと、呟く。
「じゃ、あたしが」
「わたしも」
それに答えて、千早と静希。
「ああ・・・頼む」
とは言ったものの。
「そこはかとなく不安なのは何故だろう?」
遠い目をした祐一を、
「・・・頑張れ」
一弥は心持ち慰めた。
そして、30分後。
舞は既に牛丼を1杯半食べており、3杯目に取りかかるのは時間の問題だろう。
あゆの前の鯛焼きの皿は5個分。真琴は4つ目の肉まんに手を伸ばしている。
栞の前からは既にジャンボパフェが1杯消えている。
名雪の胃に消えたイチゴサンデーに至っては現時点で5杯。
「名雪、栞。あまり無茶はしないでね・・・?」
頭を抱えているのは香里。
それもそうだろう。友人と妹を抑えることが出来たのなら、祐一の自分に対する好感度を大幅に上げることが出来たろうから。
しかし、その野望も費えて――彼女がつついているのはザッハトルテとカプチーノ。それなりに幸せそうではある。
「・・・真琴。食べ過ぎない様に」
冷や汗を垂らしながら、美汐。やはりブレーキにはならなかったようである。
その目の前にあるのは新作の抹茶白玉プリン。止めることは出来なかったが祐一とその分話す事が出来たので、それはそれで良いかな、と思っているようである。
「あはは〜、舞は食べるの早いんですね〜」
満足そうなのは佐祐理。抑えるのを忘れてアクセルを踏んでいる。
彼女が嬉しそうに食べているのは牛丼。一杯目なのはやはり常識的な胃袋の持ち主故だろうか。
「しあわせ〜♪」
千早が頼んだのはザッハトルテとロイヤルミルクティー。
そしてピスタチオのムース。
どれも見事に無くなっている。
――千早はあゆを抑えることは忘れていた。
「美味しいですね〜」
いかにも幸せな感じに緩くなっているのは静希。
彼女の前に置かれているのはアールグレイのシフォンケーキ、パンプキンパイとシナモンティー。
――彼女も、また。
とはいえ――彼女たちの嬉しそうな顔を見ていたら。
「・・・ま、いいか」
何故か嬉しくなって。
そう呟いた祐一だった。
それから更に30分後。
「なあ、もういいのか?」
追加注文の気配のない少女達に、祐一は思わず問いかけた。
「さすがにもういいよ。何だか悪いし」
7つ目の鯛焼きを食べた後、あゆ。
「そうね。これくらいにしといてあげるわよ」
これで真琴が食べた肉まんは6個。
「・・・満足」
舞の前に並んだ牛丼のどんぶりは3つほど。
「美味しかったです」
結局栞が食べたのはジャンボパフェを一つとバニラアイスを一つ。
これだけでも祐一にとっては十分意外だった。
しかし。
「うん、わたしもごちそうさまだよ」
よもや名雪が満足しているとは。
しかもイチゴサンデー8杯で。
「何だか俺は神様を信じてもいいような気がしている」
感動しつつ祐一が言えば、
「大げさだな。・・・でも、そうかも」
苦笑しながら一弥は肯定。
しかし、一弥は気付いていた。
彼女たちの本音に。
彼女たちは、奢ってくれることが嬉しかったわけではない。
好きな食べ物を奢ってくれることは嬉しいが、それ以上に祐一が自分たちを誘ったことが嬉しかった。
それよりも――祐一と、話がしたい。
食べているよりも、話をしたい。
それが――10人の少女たちの本音だった。
「満足してくれて恐悦至極」
―continuitus―
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