Locus 06-08 "causa refelte ridiculum"





「耐えられる・・・まだ、耐えられる」





『祐一さん。次は・・・あの、冬の日ですね』
「ええ。俺が向かうべき場所は冬の、あの日。
 あゆの両親が死んでしまったそのとき。
 俺は・・・」
 祐一は拳を握り、宣言した。
「あゆの両親――政志さんと、美里さんの死の運命を・・・変えます」
 祐一のその言葉に、久遠はすまなそうな顔と声で答えた。
『すみません。
 幸耶達の調律――人界で生きるための身体の変化がまだ終わってないので・・・私はまだ動けません』
「久遠さんはそっちを優先させて下さい。俺は・・・大丈夫です」
 言い残し、祐一は回廊へと足を向けた。
『はい・・・』
 久遠のその心配そうな声に振り返り。
「心配しなくてもさっきみたいにはなりませんよ・・・」
 祐一は笑った。


 時の回廊を抜け、再び華音の地に。
 季節は冬。
 ものみの丘も白く染め上げられている季節。
「・・・うーん。さっきまで夏だったのにいきなり冬とは。風邪ひきそうだな」
 呟いて、苦笑。
「はは。
 消えるのにな。何言ってんだか」
 自嘲の笑みを浮かべ、祐一は華音の街を見下ろした。
「さて、どうする?
 俺に何が出来る?」
 思考を巡らせながら、祐一は移動を開始した。
 ――降り積もった雪に足跡を残しながら。
「まさか馬鹿正直に言うわけにもいかないし・・・闇討ちして気絶させるか?」
 呟き、想像してみる。

「そこの車、止まれ!」
 その車は急停止。
 中から困った表情で出てくるのはあゆの父親。
「危ないなぁ、いきなり」
 それを無視して祐一は言う。
「こっちには行かない方がいい」
 しかしあゆの父親は聞かない。
「いや、しかし僕たちは急いでいるんだけど」
「それでも、だ。今日だけは、この道を通るのは止めるべきだ」
 懇願しても、困った表情のままだが、譲らない。
「でも近道だし」
「どうしても、ですか?」
「どうしても」
 そして祐一は決心する。
「ならばここで倒れるが良い!」
 拳を固めて襲いかかる。
「なに、気絶させるだけだから」
「うわ、いきなり何をする!」
「きゃぁぁ!おまわりさぁんっ!」
「無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁぁ!」
 と、石仮面をかぶって超絶生命体となった男の如く、咆吼をあげる。
「URRRRRRRRRYYYYYYYYYYY!」
 ――想像終了。

「・・・駄目だこりゃ」
 悩みつつ、歩く。
「ならばヒッチハイクでもするか?
 あゆの両親だし、思い切りお人好しだろう」
 そして再度想像開始。

 車が走ってくる。
 祐一が大きく手を振ってアピールすると、車が止まって男が降りてくる。
「どうかしたんですか?」
 心配そうな男に祐一は答える。
「あの、道に迷ったんで駅まで乗っけて下さい」
「ああいいよ」
 そしてそのまま車は疾走し――
 祐一が何も言えない内に衝突するのだった。
 ――想像終了。

「・・・おいおい」
 自分の想像に絶望的な溜息をつき、残るもう一つの案を思い描く。
「・・・・・・これしかないか」
 溜息一つ。
 心を固め、駆け出す。
 あゆの両親が命を落とした場所。
 そこに続く道へと。
 白を散らしながら、走る。
 そのとき。
 その場所。
 それは既に久遠から伝えられている。
 政人と美里の辿った道も。
 そして祐一が目指すのは、住宅街から商店街へと向かう道。
 そう。
 もうすぐ彼らはこの場所を通る。
「・・・つくづく、バカだよなぁ俺」
 苦笑する。
「こんな手段しか思いつかないんだもんなぁ」
 しかし、と心の中だけで呟く。
「それでも・・・あいつらが笑ってられる世界のためなら・・・
 俺はなんだって・・・出来る」
 目を閉じ、自分を奮い立たせるために思い浮かべる。
 10人の少女達の笑顔。
 それを見守る誰もの笑顔。
「そう・・・なんだって・・・やってやる!」
 目を開け、見据える。
 その方向にあるのは一台の車。
「あれ、だな」
 その車に乗っているのは2人。
 彼らは祐一が干渉しなければ死ぬ運命にある。
「だけど・・・そんなことにはさせない!」
 タイミングを見計らい――飛び出す。
 同時に今の身体――<力ある幻像>の物質に対する影響力を放棄。
 しかし、車を運転するあゆの父親――月宮政志にはそれはわからない。
 分からないから、
「うわああぁぁぁああああぁっ!」
 叫びとともにフルブレーキ。
 タイヤが悲鳴を上げ、アスファルトにその跡を刻む。
 しかし、止まらない。
 止まらないまま祐一の幻像を引き裂いて――ようやく停止する。
「・・・あ・・ああああ!」
 それと同時に政志は彼は慌てて車外に出た。
 そして彼が今し方撥ねた筈の存在に向けて駆け寄り――
 困惑した。
「あれ?誰もいない?」
 車を見ても、何かがぶつかった形跡はない。
「どういうことだ?」
「どういうことでしょう?」
 そう言いながら車から降りてきたのは月宮美里。
 ――あゆの母親。
 政志は空を見上げ、地を見下ろし、右を見て左を見て車を見て。
 ――結論。
「・・・なぁ、ひょっとして」
「・・・幽霊?」
 美里のその言葉に一瞬顔をしかめ、
「うぐ。まさか真冬に本物に出会うとは」
「あなた、あゆに話したら駄目ですよ?あの子は恐がりなんですから」
 政志の言葉を待たず、美里は釘を刺した。
「うぐ、喜ぶと思ったんだけどなぁ」
 ・・・美里の想像通り、話すつもりだったようだが。
 しかし、そのおどけたような表情も一瞬。
 スリップの跡を見ながら、政志と美里は黙り込んだ。
 あれは、見間違いではなかった。
 確かにあの瞬間、誰かが居た。
 しかし、その形跡はない。
 美里は恐怖からではなく、悲しみから提案した。
「とにかく・・・手、合わせましょうよ。悪いことじゃないでしょ?」
 政志はそれに頷き――手を、合わせて。
 そこにいるのに見えない誰かに向けて、語りかけた。
「・・・そうだな。痛かったんだろうな。辛かったんだろうな」
 ――泣きながら。
「僕が手を合わせたくらいで救われるかは分からない。
 いつ、君が死んでしまったかも分からない。
 君の名前も分からない。
 でも、僕は君を憶えていようと思う。
 ・・・でないと哀しいだろ?だってほら、花さえ・・・飾られていない。
 君の家族の代わりに、僕たちがお花を供える。
 ずっと、供えていく。
 でも、出来れば・・・」
「そうですね、出来れば、貴方が――」
「―――――――再びこの世界に生まれ変わり、幸せに暮らせます様に」
 それは、ある意味あゆの両親らしい祈りだった。
 しばらく目を閉じた後、政志と美里は車に乗り込んで、街へと車を走らせた。
 ――そのまま進んでいた場合、何が起こっていたかなど知らず。


「・・・やれやれ。これで一安心、か」
 何事もなく街へと車を走らせる政志と美里の姿に安堵し、あゆの両親らしいと微笑って。
 ものみの丘に戻ろうとして――
「く・・・ぐああああああああああ!」
 痛みに、身体を掻きむしった。
 それは即ち、あゆの両親を襲うはずであった<死>のもたらす痛み。
 精神を削り、意志を薙いでいく痛み。
「まだ・・・だ!」
 祐一は死の運命を変えてきた。
 しかし、それは正確ではない。
 正しくは死の運命を取り込んできた、と言うべきだろう。
 つまり、今。
 祐一は『12人分の死を内包している』
 即ち、名雪。あゆ。真琴。美汐。香里。栞。舞。佐祐理。秋子。和雪。政志。美里。
 死ぬはずだった人達が生きている世界を作る代償がそれだった。
 壁に背中を預け、痛みに耐える。
 だが、痛みというのは正確ではないだろう。何故なら今の祐一には実体をもつ身体がない。
<力ある幻像>
 それが祐一の今の身体である。
 その身体を襲う痛み――それはつまり、存在の崩壊。
 それ痛みに置き換えられている。
 そもそも<存在>は世界を認識し、世界に認識されることによって成り立つ。
 視覚。
 触覚。
 聴覚。
 味覚。
 嗅覚。
 そして意識。
 末那識。
 阿羅耶識。
 精神としての実在。
 物質としての実在。
 精神への干渉。
 物質への干渉。
 それらを以て世界を認識し、認識される。
 そして世界の認識は記憶となり、世界自身に刻まれる。
 故に死んでも、世界に刻まれた記憶がある限りその存在は無くならない。
 いなかったことにはならない。
 だが、祐一は――
 自分の存在を構成する全ての要素を代償に、祐一は今12人の死を取り込んでいる。
 今祐一に残されているのは――
 残り僅かな存在の残滓。
 そして存在の要素を繋ぎ止める、これだけは削り取られていない心。
 だが、それら全てをも使いきらなければ――祐一が願った世界は完成しない。
「・・・あと少しだけ」
 最早物質に対する影響力も消えた<心ある幻像>。
 それが今の祐一の身体である。
「あと少しだけ、保ってくれ・・・」
 祐一は呟きながら、ものみの丘を登っていった。
 ――足跡も残さずに。





「まだ大丈夫。・・・俺は、まだ笑っていられる」





―continuitus―

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