Locus 07-05 "et ille deridere"
「お前・・・だったのか・・・」
「お前が・・・」
『そう。僕が<彼>と呼ばれてる存在だよ』
笑顔。
その笑顔の向こう、空に映る華音の少女たちはある場所に向かって歩き出していた。
――大樹。
あの、始まりの場所。
それが祐一には分かった。
一人。
また一人集い来る。
何かを感じながら、
理由の見つからない哀しみに背中を押され、
記憶にない誰かを求めて、始まりの場所へ向かう。
そんな光景の横、祐一と<彼>の会話は続いていた。
「俺が望んだって・・・・どういうことだ?」
『言葉通りだよ』
短く答える<彼>。
苦笑しつつ、<彼>は祐一に説明した。
今の状況を生み出している原因を。
『本来人の世に在るべきではない者たち。
聖や魔の転生体。
妖の一族。
そして、異界への扉』
ふぅ、と彼は溜息を一つ。
『歪みの元が多すぎた』
そして祐一を見据え。
『生じた歪みは時を経、強くなって――
それが、弾けた』
告げる。
『だけどこんな世界を君は望んだんだよ?
生まれた歪みを癒すことなど思いつくこともなく、君は消えた――』
だが、その口調は祐一を責めるものではなく、むしろ優しい。
『大体君を再生させたのは――
消えて貰ったら困るからだったんだけどね』
いや、優しすぎる。
異常なほどに。
『それで、あの世界に導いたのはいいけど・・・
存在の力を使いすぎて、君はまた消えたわけ』
「それをお前がまた再生させたわけか・・・」
座り込み、大樹の元に集った少女たちを見ながら、祐一。
『そう。そして君はこの地に来た。
根源世界へ』
そしてまた、<彼>は笑う。
――優しく。
その笑顔の向こう、大樹に集まった11人の少女たち。
そして、そこに異界に住まう竜族の少女が姿を現して――
そして、見上げる。
大樹を。
何かに、祈るように。
何かに、耐えるように。
そんな彼女たちの姿を見るだけで伝わってくる。
彼女たちの想いが。
アナタハダレ?
アナタニアイタイ
その想いに、祐一は諦めていた想いをつい、口にしてしまった。
「俺は・・・戻れるのか?」
それは、<彼>が予想していた質問。
我が意を得たり、と言わんばかりに――<彼>は答えた。
『無理』
「そう・・・か・・・」
絶望し、俯く祐一に<彼>は笑いかけて――
『でもね。まさかここまで踊ってくれるとは・・・正直、予想外だったよ』
囁いた。
優しく。
そう、優しく。
その笑顔に疑念が生じ――口にする。
かつて、妖の女王から言われたことを確かめるために。
「・・・お前は戯れで俺を再生させたのか・・・?」
祐一の疑念に<彼>は苦笑で答えた。
『戯れで再生って・・・酷いこと言うなぁ』
その苦笑の後、彼が見せた表情は――
『そう。僕はそんなことしないよ。
僕が君を再生させたのは――僕が愉しむためだよ。
断じて戯れとか、そんな曖昧なものじゃない。
いいかい?君は、僕を愉しませるためだけに再生を赦されたんだ』
嘲笑。
驚愕する祐一を、
『なんだい?その顔は。
本気で僕が君たちのために再生させたと思ってたのかい?』
嘲笑する。
嬉しそうに。
『おめでたい!本当におめでたいね!』
手を叩きながら、無邪気に。
<彼>は嗤った。
「なんで・・・なんでこんなことを・・・!」
掠れた声で、祐一。
その怒りを宿した声にも、<彼>は嘲笑で答えた。
『なんでこんなことするのかって?
楽しいからだよ。
愉快だからだよ。
決まってるじゃないか。君は馬鹿か?』
心底不思議そうに。
心底愉しそうに。
嗤いながら。
『だから困るんだよね、そう簡単に消えて貰ったら。
踊ってくれよ。僕の愉しみのために』
そして――
告げる。
『だって君は僕が満足するほど苦しんでないから』
目を細めて。
そのまま、彼女達――祐一の大切な存在を見やり、呟いた。
『彼女達も、ね』
その瞳に宿るのは――
暗い、愉悦。
笑顔――
優しいとすら言える笑顔を浮かべ、手を伸ばし。
『でもまだまだ苦しみが足りないよねぇ?』
映し出された、世界――人の華音と、妖の華音に波紋を走らせる。
『だから、さ。プレゼントをあげる』
その、歪んだ波紋が広がり、収まった瞬間――
悲痛な声が祐一の耳を打った。
名雪も、
あゆも、
香里も、
栞も、
舞も、
佐祐理も、
美汐も、
真琴も、
幸耶も、
千早も、
静希も、
更紗も。
一瞬呆然として――
渇いた、笑みを浮かべて――
耐えきれない哀しみに、涙さえ忘れて――
立ち尽くした後。
崩れ落ちていた。
その表情に浮かぶのは――
悔恨、悲哀、苦悩、そして絶望。
今にも死にそうなくらい、彼女達の表情は弱々しい。
そう、ほんの一押し。
何かを彼女達は知るだけで、死を選ぶくらいに弱くなっている。
それが、祐一には分かった。
――解ってしまった。
だから。
「何を・・・した・・・?」
祐一はそんな彼女達――
自らの存在と引換に、その笑顔を願った彼女達の絶望の表情に、叫んだ。
敵意も露わに、<彼>に向けて。
「あいつらに何をしたぁぁぁ!?」
しかし――<彼>は祐一の様子など気にした風もない。
楽しそうな声で、楽しそうな表情で、告げた。
『返してあげただけだよ。
彼女達が失っていた記憶を。
そして記憶――というより、知識かな。上げたんだよ。
前の世界で、自分たちがどんな運命を辿っていたか。
そして、その運命を変えるために、君が何をしたか。
そして君がどうなったのか。
――君の言動を、全部ね』
「てめぇ!」
『あはははははははははははははははははは!
ほらごらんよ、あの子たちの顔!
苦悩、
悲観、
諦観、
絶望。
あはははははははは!
良いねぇ・・・本当に心地良い響きだ。
さて、君は何人壊れると思う?相沢祐一君』
「て・・・めぇぇぇぇぇぇぇ!」
拳を固め、殴りかかる。
だが、その拳は<彼>には届かない。
何もないのに。
<彼>との間には何もないのに、押し戻されて――弾かれる。
倒れ、立ち上がった祐一の表情を見て、<彼>は心底嬉しそうに笑った。
『いいねぇ、君も実に良い表情だ。
憎悪、
悪意、
敵意、
殺意。
とてもあの子たちには見せられない顔だよね。
そう。
僕はね、君のそんな顔が見たかったから君を助けたんだよ?』
その、笑顔。
なんて冷たくて、
なんて暗くて、
なんて救われない――嘲笑。
『あははははは・・・はははははははははは!』
―continuitus―
solvo Locus 07-06 "illa precari,sed"
moveo Locus 07-04 "in principium/sol"