Locus 07-06 "illa precari,sed"
「こんなものが奇跡なら、あたし達は奇跡なんか欲しくなかった――!」
祐一が望んだ華音が創られた世界。
そこで、一人、また一人と祐一と縁を繋いだ者たちが集まっていた。
――大樹。
華音を見守る樹の下に。
その樹の下に少女たちが集った時に、<彼>が干渉を与えた。
<彼>の干渉が蘇らせたのは、 二つの世界の物語。
死んでしまった世界での記憶。
子供の頃の記憶。
重なっている、異なる記憶。
そして、そのひとの物語。
記憶から消え去っていたけれど、本当はそのひとと出逢っていたと気付く。
そのひとは、何一つ欠けることのない、今の世界を紡ぎ上げたひと。
自分の消滅を予感しながらも、しかし自分たちの笑顔を護るために微笑い続けていたひと。
何一つ欠けることのない、今の世界を紡ぎ上げたそのひと。
大好きだった、
本当に大好きだったひと。
つまり。
――相沢祐一。
「あ・・・」
名雪が、涙を零した。
「何で・・・忘れてたんだろ?」
空を見上げて、幸耶。
「こんな、大切なこと――」
髪を、風に揺らしながら更紗。
「憶えてる・・・ううん。思い出したよ・・・ボク達は・・・」
あゆの呟きに促される様に、
「祐一に、助けられていた」
名雪の、呟き。そして。
「何ヶ月か後に・・・あたし達は、死の運命を迎える。その筈だった」
「でも、そうはならない。その運命を、相沢さんが取り込んだから」
「死の運命が、私たちを訪れることはない」
香里が、
栞が、
舞が統合された記憶を語り出す。
「――7年前。あたし達は相沢君に逢っていた」
香里にとっては出会いの。
彼にとっては再会の公園。
「そう。それこそが奇跡の始まり」
歌う様に、美汐。
「奇跡は、私の身体を癒し」
栞が、
「一弥の身体を癒し」
佐祐理が、
「真琴に人間の形を与え」
真琴が、
「私と、私の力を調和させた」
そして舞が言葉を重ねていって。
「その代償として――消えた」
その事実を千早が口にした時――
涙が、零れた。
「こんな・・・ことって・・・!」
悔しそうに、静希。
人間の少女たちの方を向き、髪を金色に、瞳を蒼く染めた千早が叫んだ。
「みんな・・・思い出すの、遅いよぉ・・・!」
幻と消える、金の羽根を散らしながら。
「祐一、消えちゃったよぉ・・・!
なんで・・・なんでなの?
なんで、あたし達はみんなこうやって生きてるのに、祐一だけいないの!?」
悔しそうに、泣きながら。
その千早と静希に、言葉を投げかけたのは香里。
知識は既に与えられている。
千早が何だったのか。
静希が何だったのか。
だから、問う。
祐一を支えた、自分たちではない存在に。
「知ってたんでしょ・・・何で、教えてくれなかったの!?」
なんて、きつい口調。
それを静希は反対に問い質す。
銀色の髪を風に流し、涙を浮かべた真紅の瞳で真正面から見据えて。
「知りませんでしたよ・・・知りませんでしたよ、消えるなんて!
でも、祐一さんが世界を再生させたって教えたとしても・・・あなた達は信じてくれましたか?祐一さんを支えてあげられましたか?
きっと・・・避けてたのではないですか?」
――朧と消える、銀の羽根を舞わせながら。
美汐は大きな溜息を一つ。
自分に言い聞かせる様に言葉を紡いだ。
「今なら――信じることが出来たでしょう。でも、多分・・・私たちは信じなかった」
その言葉に佐祐理も頷いた。
何故、自分は――
自分のことを佐祐理と呼んでいたのか。
再生された世界であるにもかかわらず。
その、記憶があるから。
「佐祐理達が抱えていた罪の意識は、多分――祐一さんの存在と引き替えに手に入れた幸福があったから」
「あなた達はまだ・・・いいよ」
吐き捨てる様に言ったのは、幸耶。
羨ましそうな響きで。
辛そうに。
言葉を、紡いだ。
「あたしはね・・・祐一と再会出来た、と思ったらもう・・・
祐一は、消えかけてた。
消えかけてたの・・・」
それでも、泣いちゃいけないと――
無理矢理笑って。
「それでもね、祐一が望んだのは自分の延命じゃなかった。
祐一はそんなの望んでいなかった。
解ってるよね?もう」
問い質す。
奇跡を受けた、皆に。
「そう。祐一はあたし達妖の世界から、あたしと、あたしの両親――真琴の、親でもあるんだけどね――を人界に送り、人化させた」
「完全に、この世界にあたし達を刻み込んで。
だから、真琴達は決して消えなくなって――
家族全員で暮らせる様になった」
幸耶の言葉の跡を継いで、真琴。
自分の身体を強く抱きしめながら、震えている。
「それから、駅で死ぬはずだったわたしのお父さんを助けて――
つまり、運命を変えた。
放っておけばお父さんは別のカタチで死んでたんだけど、祐一はそれさえにも干渉して――わたしの家に訪れる哀しみを取り去った」
目を閉じ、名雪。
今日も家に帰れば温かい料理が舞っているだろう食卓を、しかしそれを守るために存在を消してしまった祐一を思い浮かべ、泣きながら微笑んだ。
「それはボクのお父さん、お母さんも同じこと。
祐一くんはボクのお父さんとお母さんを助けて、死の運命を取り込んで。
そして――
そして・・・・・・!」
何も言えなくなったあゆの代わりに、その結果を口にしたのは――更紗。
「そう。
そして祐一は消えました。
世界に、存在のカケラさえ残さずに」
冷たく、ただ事実のみを告げていく。
「祐一が創り上げた世界で、私達は幸せに過ごしてきました」
更紗を睨む様に見る少女たちを見据え、その決定的な言葉を――
「祐一の存在すら、忘れて」
口にする。
激昂しかけた真琴だったが、すぐに気付いた。
「祐一が望んだのはね。
私達が笑ってられる世界。
その世界のためなら、俺は笑って消えるよ、って・・・
バカですよね」
更紗も、泣いていたことに。
「バカですよ・・・
本当、バカですよ!」
紫水晶の瞳から、一滴だけ涙を零したかと思うと――
「格好付けて・・・
酷いですよ・・・
やっと逢えて、嬉しかったのに・・・
消えちゃうなんて酷いですよぉ!」
号泣。
普段は物静かであろう更紗。
その彼女が、声を荒げて泣いていた。
絶望の中、泣いていた。
底のない、絶望。
それが彼女達を支配していた。
そう。
<彼>は確かに彼女達に絶望をもたらした。
だが――
彼女達は、しかし希望を捨てていない。
絶望の中、育つ希望。
まだ間に合うかも知れない。
何か出来るかも知れない。
その想いは、強く育っていく。
絶望の中にあって尚、消えない希望。
その希望を、更紗は言葉にした。
「でも、私は諦めません。
諦めてなんてやりません」
「祐一さんの記憶があるから、ですね。
それは多分、祐一が完全には消えてないから。
そう、思いませんか?」
更紗の言葉に頷き、静希。
その瞳にはもはや絶望の色は薄い。
「そう・・・きっとそう。
何か・・・出来ることがあるはず。
祈ることしかできないかもしれないけど」
そっと、祈る様に目を閉じて、舞。
千早も指を組んで。
「最後まで――信じよう。帰ってくるって、信じられるよね?」
宝物を見せる様に、差し出していく。
「だから、これの力だって――
知っているし、信じられるよね?」
そして友人達を見ながら。
「・・・そうだよね、みんな?」
問うのではなく、確信した。
誰もが頷き、何かを取り出していく。
或いはポケットから。
或いはネックレスのペンダントヘッドにしていたものを。
或いは羽根の付いたリュックの中のオルゴールから。
大切そうに、取り出していった。
彼女達が取り出したもの。
それは――
かつて、祐一が渡した指輪。
ただ一度だけの魔法が掛かった、指輪だった。
それこそが、絆。
それこそが、縁。
指輪を手に、彼女達は祈り始めた。
祈ることは。
――帰ってきて。
――あなたに、逢いたい。
「だから、あたし達は――あたし達の望む奇跡を起こす」
―continuitus―
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