Locus 07-07 "ille decere,fregede"






「あたし達が願うのは――ただ、ひとつ」





 祈りの中、彼女達は想い描いていた。
 相沢祐一と共に過ごす日々を。



 例えば春。
 桜が咲き乱れる木の下での花見。
 それはきっとこんな光景。


「うやー・・・もう駄目でしゅ〜」
 ひっくり返った美汐を見、祐一は疲れた声を出した。
「・・・誰だ?こいつに酒飲ませたの」
「あ、それわたし」
 けたけたと笑いながら名雪。
 どうやら酔っぱらっているらしい。
「なにやってんだお前は!」
「え〜美味しそうに飲んでたよ〜?」
 名雪はなおも笑いつつ倒れた美汐をつついている。
 と。
「相沢しゃん!」
 倒れていたはずの美汐が凄い勢いで飛び起きた。
「だお!?」
 名雪はその際美汐に頭突きされ、見事なまでに気を失った。
 しかし美汐は名雪に目もくれず、祐一を良い感じで見つめている。
「・・・は?」
 ぽ、と仄かにその顔は赤らんでおり。
「な、なんだ?」
 どぎまぎとした返事を返した祐一の胸でのの字を書いて。
「あのですねー、相沢しゃん・・・」
 不意に。
「ゑい!」
「ぐは!」
 祐一の口に酒を突っ込んだ。
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
 その美汐の、なんて楽しそうな顔。
 それを見て香里は大きな溜息を吐いた。
「・・・天野さん、酷い酔い方ね」
「何言ってるんですか、最初に飲ませたのはお姉ちゃんじゃないですか」
 その香里に突っ込みを入れたのは栞。
 こちらもうつぶせになったまま、香里を睨み付けている。
 しかし気にした風もなく、
「記憶がないわね」
 ふ、と遠くを見やりつつ、とても綺麗な目で香里。
 その、なんて賑やかな光景。
 そして、そこには確かに祐一がいる。



 例えば夏。
 暑い日、遊びに行くはずの海。
 それはきっとこんな光景。


「・・・祐一」
「何だ、舞」
「あゆ、凄い楽しそう」
 舞が指差した先には、はしゃいでる様に見えないこともないあゆの姿。
「あれは溺れてるんだ!」
「なるほど〜溺れていたんですね〜って・・・えええ?」
「佐祐理さんもはしゃいでるって思ってたんですね・・・」
「あう・・・祐一。あゆが消えた」
「うわわ、あゆ、待ってろ!」
 必死であゆを助けたものの、あゆは気を失っている・・・ふり。
「・・・人工呼吸がいるか」
 呟いた祐一の声に、あゆはこっそりとほくそ笑み、その時を待ったのだが。
「うぎゅ!」
 唇にそれは訪れず、代わりに来たのはお腹への衝撃。
 人工呼吸と言いつつ、祐一はあゆを踏んづけていた。
「酷いよ祐一くん!普通人工呼吸って言ったら、ほらこぉ、もうちょっとやりようが」
 飛び起きたあゆを半眼で見やりつつ、祐一。
「なんだ、やっぱり気を失った振りだったのか」
「うぐ!?」
 あゆは脂汗をだらだら流しながら味方になりそうな人を捜してみる。
 ・・・いなかった。
「あは、あははははははは・・・」
 ダッシュ。
 舞や佐祐理、真琴が追いかけるが追いつけない。
 その、なんて馬鹿馬鹿しい光景。
 そして、そこには確かに祐一がいる。



 例えば秋。
 街中が活気を帯びる大きな祭。
 それはきっとこんな光景。


「祐一祐一祐一、祭だよ!」
「早く行きましょう」 
 学校から帰るや、祐一の部屋のドアを勢いよく叩きつつ千早と静希。
「祐一。早く準備して下さい」
「お前ら元気だな・・・」
 半ばぐったりとしながら、祐一。
「祐一が元気がないだけ。わたし達は普通です」
 と、更紗。
 平静を装っているが、その実楽しみでうずうずしている。
「そうそう。だからとっとと着替えてくるの!」
 うりゃ、と祐一を指差して幸耶。
 こちらは早く出かける準備しないと首を絞める、といった勢い。
「はいはい、解ったからちょっと待ってろ」
 秋祭り、露店には何が並ぶだろうか。
 露店が楽しみなのは事実だが、もっと大切なこと。
「待たせたな。行くぞ」
 祐一と一緒にいること。
「む」
「むむ」
「・・・」
「く!」
 4人は誰が祐一と手を繋ぐかで牽制しあい、火花を散らしている。
 しかし。
「どうしたんだ?行かないのか?」
 疲れた様な声だったくせに、途端に元気になっている祐一に。
「・・・ふぅ」
「仕方ないですね、祐一さんですし」
「・・・祐一ですねぇ」
「うんうん」
 苦笑。
 5人で連れ立って神社へと向かった。
 その、なんて穏やかな光景。
 そして、そこには確かに祐一がいる。



 例えば冬。
 寒い日、みんなで集まっての鍋物。
 それはきっとこんな光景。


「名雪はどこだ・・・!?」
 祐一が修羅の如き表情で水瀬家の2階から下りてきた。
「・・・どしたの?」
 リビングでほうじ茶を啜っていた幸耶が訊けば、
「あいつ・・・鍋にイチゴ入れやがった!」
 凄惨な笑みを浮かべながら、祐一。
 香里は溜息一つ。
「そう。名雪なら・・・ここよ」
 ばた、とクローゼットを開けたなら。 
「香里・・・裏切ったね?」
 冷や汗を垂らした名雪はそこにいた。
「名雪。あなたのしたことを知った以上、庇う訳無いじゃない?」
 祐一は香里の肩を叩きつつ、
「香里・・・ご苦労」
 赦さヌ、といったオーラを発している。
 その、恐怖に――
「・・・うぐぅ」
「・・・あうぅ」
「・・・わわ」
 我関せずとテレビを見ていた3人が反応した。
 そしてこっそり出て行こうとしたのだが、
「・・・おまえらまさか?」
 引き留められ、
「正直に言え。俺が名雪探してる間に妙なモノ入れただろ?」
 問われて。
「で、出来心だよ!」
 鯛焼きを入れたあゆは慌てた。
「あう・・・そんな本気で怒らなくてもいいじゃないのよぅ」
 肉まんを入れた真琴はそっぽを向いた。
「だって入れた方が美味しいかもしれないじゃないですか!」
 アイスクリームをたんまり入れた栞は逆ギレした。
 祐一は大きな溜息一つ。
 厨房に入って。
「せめてもの救いは・・・こいつらが無茶やった鍋が一つだけ、ってことだな」
 そしてでろーんとした質感の被害鍋を差し出した。
「自己責任、ってことで・・・お前らの分はコレな。
 この怪しげなもの全部喰う様に」
 優しく、優しく微笑って祐一。
「ああそうそう。お仕置きにお前たちの分にはあのジャム、入れておくから」
 その言葉には慈悲の欠片もなく。
「だお!?」
「うぐぅ!?」
「あうぅ!?」
「そんなこと言う人、大嫌いです!」
 4人の鍋破壊班は悲鳴を上げた。
 そんな彼女達を見、舞はぼそっと呟いた。
「・・・良かった」
「舞・・・危なかったね」
 佐祐理もぽつりと呟いた。
 二人がそっと隠したのは牛丼つゆだく。
 そんな二人の肩を優しく叩いて、
「舞、佐祐理さん。命拾いしましたね」
 祐一、にっこり。
 こくこくこくこく。
 二人は凄い勢いで首を縦に振った。

 そして並んだ土鍋が4+1つ。
 一つは鱈ちり。
 一つはタコしゃぶ。
 一つは鳥の水炊き。
 一つはアンコウ鍋。
 そしてもう一つは・・・なんてオレンジ色ってくらいオレンジ色の鍋。
「鱈、美味しいねー」
 にこにこほくほくと千早。
「・・・・・・」
 更紗は無言でタコしゃぶを食べている。
「しーあーわーせー♪」
 程良く煮えた鶏肉と白菜にポン酢をかけつつ、静希。
 そんな美味しそうな光景を横目で見やり、得体の知れないモノと成り果てた鍋を哀しそうな目で覗き込んでいるのは名雪、あゆ、真琴、栞。
「食べるの、これ?」
「ひょっとしたら・・・美味しいかも・・・」
「あう・・・謝ろうよぉ、ね?」
「謝っても無駄だと思いますよ・・・?」
 暗い雰囲気を醸し出している4人を気の毒そうに見つつ、美汐。
「相沢さん。そろそろ赦したげたらどうですか?」
「いや、せめて一口食べるまでは、な」
「・・・そうですね」
 あっさりと頷き、嬉しそうに アンコウをもぐもぐやり始めた美汐の向こう。
 悲壮な覚悟を決め、ソレを口に運んで――
「だおおおおおおお!?」
「うぐぅううぅぅ!?」
「あうぅうううぅぅ!?」
「人類の敵ですぅぅぅ!」
 のたうち回っている名雪とあゆ、真琴と栞。
 祐一はそんな彼女達に苦笑。
「お前ら、もう無茶するなよ?」
 優しく声をかけて。
「ほら、一緒に喰おうぜ?」
 手を、差し出す。
 その、なんて暖かな光景。
 そして、そこには確かに祐一がいる。



 彼女達が願ったのは、そんな世界。
 自分たちの横で、祐一が微笑っている世界。
 それこそが、何一つ欠けることのない世界――
 願うことはただ一つ。
 帰ってきて欲しいと、祈りを捧げる。
 願う相手はただ一つ。
 相沢祐一に、祈りを捧げる。
 願うものもただ一つ。
 手にした指輪に、祈りを捧げる。
 それはとてもシンプルな願い。
 アイタイ。
 ただ、それだけ。
 それだけを狂おしいほどに、願う。
 心が砕けるほどに。
『ねぇ・・・帰ってきてよ』
 祈りは言葉となり、唇から漏れ出る。
『一つだけ、何でも願いが叶うんでしょ?
 魔法の指輪なんでしょ?』
 切望は慟哭となり、瞳から零れる。
『あなたが出来ることだけしかできないんだけど・・・・
 あたし達が今願ってるのは、あなたにしか出来ないことなんだよ?』
 祈る。
 ひたすらに、祈る。
『だから・・・お願い・・・!
 帰って・・・帰ってきてよぉ!』
 風が、吹いた。
 彼女達の祈りを嘲笑うかの様な、この世界の何よりも冷たい風が。
 そんな風の中、祈りは続いた。



 彼女たちの祈り。
 祐一と<彼>はそれを見ていた。
 深く沈み込んだ祐一と対照的に、<彼>は嗤っている。
 楽しそうに。
 嬉しそうに。
 そしてなおも続く祈りに、<彼>は答えた。
 冷たく。
 ただ一言。
『嫌だね』
 と。





「あなたがそこにいる。ただ、それだけなのに――」





―continuitus―

solvo Locus 07-08 "peccatum et poena"

moveo Locus 07-06 "illa precari,sed"