Locus 07-08 "paccatum et poena"
『――汝が奇跡は響きたり
汝が未来は響きたり
汝が光明は迷い無く
汝が希望は迷い無く
汝が祈りは紡がれて
汝が願いは紡がれて――』
『全く・・・まだ諦めてないんだね』
呆れた様に、<彼>は呟き――
『奇跡を信じて祈るだってさ。健気だねぇ・・・
泣けちゃうよね』
嘲笑した。
『うーん、そうだね。
教えてあげたらどうなるだろうね?
君たちがいくら祈ったところで、相沢祐一は帰ってきやしないって。
君たちがいくら祈ったって無駄だよって』
愉しそうに。
本当に愉しそうな声で、<彼>は言った。
『それとも・・・
今こうやって苦しんでる君の姿を見せてあげるのもいいね』
何かいい悪戯を思いついた子供の様に。
『喜ぶだろうねぇ。
消えたはずの君と逢えるんだから』
くすくすと、無邪気に笑いながら。
『それで教えてあげるんだ。
相沢祐一がいる場所は、切り離された世界だよ、って。
君たちが生きている限り、どうあがいても辿り着くことが出来ないんだよ、って』
<彼>は手を伸ばした。
『うん、我ながら良い考えだね。
そうしよう、うん』
世界を、繋げるために。
「やめてくれ・・・!」
その祐一の声には耳を傾けることなく。
『この子達・・・自分から命を絶つかも知れないね。
君に逢えるかも知れないってさ』
指を伸ばし駆けて――
「やめろぉぉぉぉぉ!」
『やだね。
なんでこんな愉しいことをやめなきゃならないの?』
<彼>は激昂した祐一に、殴り飛ばされた。
『酷いことをするね』
否。
祐一は<彼>を殴り飛ばそうとしたのだが、不可視の壁に阻まれていた。
不可視の壁はあまりにも強固で――
祐一の右の拳は、砕けた。
灼熱感にも似た痛みに右の腕を抱えながら、祐一は<彼>に問い質した。
何故だ、と。
「なんで・・・なんでだよ!
なんであいつらに俺の記憶を戻したりしたんだ!
あいつらが苦しむのが分かっていながら・・・何故だ!」
その答は、冷たい眼差し。
<彼>はつまらなそうに、祐一を見据え、答えた。
『ならば訊くよ。
解っていたでしょ。あの子たちは君が居るからこそ笑えるんだって。
でも君はなんで消えることを選んだの?』
嘲笑。
お前に何が言えるのか、と。
『それこそ偽善じゃない?
叫べば良かったんだよ。
嘆けば良かったんだよ。
消えたくない、ってさ。
そうすれば縁は――強くなってただろうにね。
まぁ、それだけで消滅を免れることが出来るほど甘くはないけど』
祐一は目を逸らした。
確かにそうだったかも知れない、と。
目を伏せたまま、祐一は弱々しく反論した。
「それでも・・・
あゆの両親。
和雪さん。
あの人達を助けるためには。
真琴の家族を、あの世界に呼ぶためには・・・
もう一度、過去に戻らなきゃいけなかったから・・・」
『だから、消える道を選んだ、と?』
しかし祐一を責める<彼>の口調は変わらない。
冷ややかで、嘲笑を含んだまま。
祐一はその口調に顔を上げ、叫んだ。
「俺だって・・・
俺だって出来ることなら消えたくはなかったさ!
でも、俺はもう消えかけてた。
どんなに望んでも消える運命からは逃れられなかった!
ならば・・・
せめて、あいつらの笑ってられる世界にしたい!
そう思うことのどこが悪い!?」
涙。
祐一の涙を<彼>はつまらなそうに見て、鼻で嗤って。
優しそうに、しかし悪意を込めた声で告げた。
『いいや、全然。
そのこと自体は別に悪いことじゃないよ。
君がね、君が望む世界への再構成じゃなく君自身の維持を望んでいればねぇ・・・
こんな事にはならなかったかもね。
でもね、君は自分よりもあの子たちを優先した。
自分のことなど省みずに、ね。
それが気に入らなかったんだよね』
そして、冷たい――
絶対零度の視線で祐一を見据え、視線を千早たちに転じて。
<彼>は、呟いた。
『そう、気に入らなかったんだよね』
その視線に不穏なものを感じたのだろう。
祐一は呻く様に懇願した。
それしか、祐一には赦されていなかった。
「頼む・・・
俺はどうなってもいい。
あいつらから俺の記憶を消してやってくれ。
あいつらをもう苦しめないでくれ・・・」
祐一の言葉に、<彼>は呆れた様に嗤った。
またか、と。
『また自己犠牲?
それで君は満足するかも知れないけどね。
そんなことしたら僕が困る。
苦しむ君たちを見ることが出来なくなるじゃない』
<彼>は嗤い、そして――
『それにさ、君自覚してるかな?
自分はどうなっても、と言いながら・・・
あの子たちのため、とか言いながら。
君はあの子たちを見捨てたんだよ?
救える者を見捨てた。それが君の罪』
祐一を断罪した。
「な・・・!?」
何を言っている。
なんのことだ。
そのどちらの意味であっても、<彼>には関係のないこと。
ただ、冷たく嗤い、<彼>は告げた。
『君、消えたじゃない。
あっさりとさ。
抵抗もせずにね』
そして<彼>の指摘は――
ある意味、事実であった。
『これは見捨てたって言うんじゃないかな?』
祐一は反論出来ず、黙り込んだ。
反論する意志すら奪われていた。
<彼>に打ちのめされて。
<彼>はもう祐一を見ていない。
今<彼>が見ているのは、祈り続けている少女たち。
祐一の帰還を信じ、祈り続けている存在。
『それと・・・
忘れない、とか言いながら。
救われていながら。
結局君のことを忘れてたよねあの子たち。
僕の干渉がなかったら、ずーっと忘れたままだった。
それは裏切りだよ。
自分たちの心を裏切った。それが、彼女達の罪』
そしてその手を掲げ、世界に干渉していく。
『だからね・・・
僕が君たちに、罰を与える』
その宣言と共に――
世界が、。
『喜んでよね。
再会させてあげるんだから。
・・・でもそれは、君たちを苦しめるためだけの、束の間の再会。
これで君は彼女達を想い苦しみ続け、彼女達は君を待ち続け、君を想って苦しみ続ける。
これが僕が君たちに与える罰だ』
<彼>が告げたその言葉は呪い。
全ての言葉に<彼>は呪いを込めていた。
『僕は知っているよ。
君は強いわけじゃない。強くなきゃいけないと言い聞かせて、護るという言葉で心を鎧っていただけ。
砕けそうな心を、あの子たちのためにという題目で繋ぎ合わせていただけ。
だからほら、その言葉と題目を奪ったら君はこんなにも弱い』
ゆっくりと、しかし確実に呪いは祐一の心に染み渡り、縛り、打ち砕いていった。
のろのろと顔を上げる祐一。
その目に、光はない。
ただ、虚ろなだけ。
その祐一を冷ややかに見据え、<彼>は声を世界に響かせた。
『目を逸らす事なかれ、汝が罪から
逃げる事なかれ、汝が罰から
我は汝らが罪を裁き、汝らに罪を与える者なり』
その声に先ほどまでの茶化す様な響きはない。
ただ、何処までも冷たい。
そんな、声。
そして――
『くくくくく・・・
はははははははははははははははは!』
<彼>は、嗤った。
心を砕かれた祐一の耳に、ただ<彼>の嗤い声だけが響いていた。
『――汝が願いは屠られて
汝が祈りは屠られて
汝が希望は既に無く
汝が光明は既に無く
汝が未来は潰えたり
汝が奇跡は潰えたり――』
―continuitus―
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