praeteritum 02 "ne capere cauda!"





「――何だか、不思議だな・・・」





「ねぇ」
 ぽりぽりと煮干しを囓りつつ、妖狐は祐一に向き直った。
「ん?」
「君さ、変な奴ってよく言われない?」
 その問いに、
「よく言われる」
 即答。
 祐一は暫し考え込んで、訊いてみる。
「なぁ。俺ってそんなに変か?」
 その返答は躊躇無く容赦無く、瞬時。
「変」
「・・・ぐあ」
 呻いてはいるが、堪えた風ではない。
 自覚をしているのだろう。だが、それを直す気もない。
 思わず笑い、そして一瞬の躊躇の後に、
「・・・幸耶」
 その言葉を告げる。
「ゆきや?」
「名前だよ。・・・ほら。こっちが名乗ったんだからそっちも名乗る」
 その言葉に応え、
「祐一。相沢祐一だ」
 名前を告げる。
「祐一、か・・・」
 うん、憶えた。
 吐息のように呟いて、祐一を見て。
 祐一が真っ直ぐ自分を見ていることに気付き、少しだけ照れて――
 その照れを隠すように、
「じゃあ、行くね。そろそろ帰らなきゃ」
 立ち上がり、
「・・・また、会おうね」
 駆け出そうとした幸耶だったが、
「まぁ待て」
「ひゃう!」
 祐一に尻尾をいきなり掴まれ、悲鳴を上げた。
「おお、凄い悲鳴だ」
「なななな何するかな!」
 狼狽えつつ、振り返った幸耶が見たのは――
「確認したいことが三つある」
 指を3本立てつつ、平然とした顔の祐一。
 幸耶は大きな溜息一つ。
「はぁ・・・」
 の後、祐一を半眼で睨みつつ絶叫。
「そんなことで尻尾を掴むなっ!普通に呼び止めろっ!」
「まぁ落ち着け」
「だからあんたが言うなぁっ!」
 息を荒げて祐一を睨む幸耶だったが、
(ああこのひとには何を言っても無駄なのだろうなぁ)
 と思い至り、溜息混じりに問い掛けた。
「はぁ・・・。で、何?」
 うむ、と祐一は頷いて、一つ目の質問。
「一つ目。ここってどこだ?」
「薄々感付いてるとは思うけどね。
 人間達の言葉で言うと、『妖の』華音」
 あやかし、と反芻するように呟いて、祐一。
「・・・・・・それって、竜とか鬼とか河童の華音ってことか?」
「そそ」
 幸耶の言葉通り予想していたのだろう、祐一に大きな動揺は見られない。
 ――大物である、と言えるだろう。
「うわ・・・スペクタクルな・・・」
 ただ、感嘆の声を上げるだけ。
 その様子に呆れながらも、幸耶は次の質問を促した。
「・・・で、二つ目は?」
「ああ。幸耶、お前ってひょっとして女かがふぅ!」
 どこか突き抜けた性格だということは想像はしていたし、それは実証されていた。
 しかしこれはあんまりではないだろうか。
 思考は疾風、行動は迅雷。
「失礼なことを考える頭はここかっ!」
 幸耶は祐一の頭に蹴り一閃。
 不埒な言葉を宣った人間を蹴り倒した。
「痛いじゃないか!」
「蹴られるようなこと言うからだよっ!」
 息を荒げたまま、幸耶。
 ああもう腹立たしい、と祐一を睨み付けているが、祐一は平然としている。
 あまつさえこんな事さえ口にして。
「だってなー。言動が男か女かよく解らなかったし」
 幸耶は絶句。
 の後、自分の行動を思い出し、う、と呻いた。
「・・・自分でも気にしてるんだからそれについてはもう言わないで」
 拗ねたように祐一を睨み、そしてあ、と呟いて――
「そう言えば・・・あの子にも誤解させたままだ・・・」
 小さい小さく美汐ごめん、と呟く幸耶。
 祐一はそんな幸耶を見つめつつ、
「何を言ってるか良くわからんが、言動には気を付けた方が良いぞ」
 真面目な表情で言った。
「・・・会ったばかりでこんなこと言うのも何だけどさ。祐一の口からその言葉が出ても何だか説得力無いよ」
 祐一はその言葉を無視して三つ目の質問。
「三つ目。俺、どうやって還れば良いんだ?」
「え?自力で来たんじゃないの?
 道に迷って、気付いたらここだった、とかじゃなくて?」
 驚愕に満ちた幸耶の言葉に、平然と。
「いや?」
 慌てていない。あからさまに慌てていない。
 幸耶ははぁ、と溜息一つ。
 問い質す。
「・・・一つ訊くけどさ、祐一はどうやってここに来たの?」
「なんかしらんが蹴り飛ばされて気付いたらここにいた」
 いやー参ったあははー、と、あまり参った風ではなく笑う祐一に、幸耶は頭痛を禁じ得なかった。
 ああなんでこんなに平然としているのだろう、と頭を抱えつつ、
「それじゃ自力では還れないわけだ・・・」
 溜息。
「?」
 何故、と目で問う祐一に、なかなか冷たい現実を突きつけた。
「詳しい理屈は分かんないんだけどね、ここは自力で来たなら自力で還れるけど、そうでない場合は自力では還れないの。
 参ったなぁ・・・」
 そしてああそうそう、と呟いて。
 にやー、と嫌な笑みを浮かべつつ。
「あ・・・そして問題がもう一つ」
「何だ?」
「食べられないよう気を付けてね」
「・・・はい?」
 ナニヲイッテイルノデスカ、と言いたげな祐一の肩を優しく叩いて、告げた。
「ほらさっきも言ったけどここって妖の世界だし。
 妖には人間を食べちゃうのもいるんだし」
 祐一もさすがにこれには焦った模様で、冷や汗を垂らしつつ一言。
「・・・マジかよっ!?」
 その反応を見て、ようやく気が晴れたのだろう。
 幸耶は祐一に手を伸ばしつつ、
「まぁ、放っておいても良いんだけどね。
 煮干し貰ったほんのお礼って事で」
 祐一は不安そうな顔のまま、伸ばされたその手を取って、質問。
「ひょっとして、幸耶の家に泊めてくれるのか?」
 その返答は、祐一が予想していたものとは少し違っていた。
「家の木の下で寝ることを許可するよ」
「おいっ!?」
「嫌だな、冗談だよ冗談。
 泊めたげたいのは山々だけどね、そう言うわけにもいかないの。
 とーさんもかーさんも今、妹連れて人界に行ってて、屋敷にはあたし一人なの。あたしは・・・いろいろあってお留守番ってわけ。確かに屋敷には世話の者とか居るけど、とーさんやかーさんに断りなく誰かを泊めるなんて出来ないでしょ?」
 うーん、と唸った後、祐一は確かになぁ、と呟いた。
「そりゃそうだ。でも俺はどうすれば良いんだ?」
 幸耶の返答は、笑顔。
「さっきも言ったけど祐一って人間じゃない。
 こんな時は長に相談しなきゃいけないの」
 まぁ、そうそう無茶なことにはならないと思うけど、と呟きつつ、幸耶は言った。
「分かったらほら、付いてくる!」
 駆け出す。
 祐一の手を握ったまま。
「はぁ・・・分かったよ」
 引っ張られるように、祐一も疾走開始。
 夕焼け空、比翼の鳥が高く啼いた。





「なんて不吉なことをいうんだ・・・!」





―continuitus―

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