praeteritum 04 "nec spectare,per jucundes"





「うー、仕方ないけど連れてくしかないかぁ・・・」





「ほら、ここが竜皇様の屋敷」
「うわ、これまた凄いな」
 先ほどの久遠の屋敷は開放され、全てを包み込むような雰囲気を放っていた。そして今目の前にある竜皇の屋敷は、一言で言えば武家屋敷。
 道場なんかもありそうだ。
 そのことを幸耶に言えば、
「うん、あるよ」
 とのこと。
「・・・武闘派」
 ぽつりと呟けば、幸耶は祐一に向き直り、指を突きつけて警告した。
「いい、今度こそ大人しくしてよ?」
 祐一、にっこりと笑って返答。
「いや、やはり約束は出来ないな!」
「ああもうやだよぅ」
 しゃがみ込んでしまった幸耶の肩を、とても優しく叩く祐一。誰のせいかは認識しているが、ことさら直すつもりもないらしい。
「ははは、そう気を落とすな」
「・・・なんかどうでも良くなってきたわ」
 ぐったりとしたまま門へ。
 門番に来訪を告げると、久遠からの使いが既に届いていたのだろう、すぐさま門扉は開かれた。


 屋敷の中。
 案内の者が竜皇を呼びに言っているその間。
 幸耶はこれが最後だ、とばかりに祐一に警告――否、懇願。。
「お願いだから、ね。
 無茶なことはしないでね?
 あたしは、祐一のこと割と気に入っちゃったから・・・」
 泣きそうな目で見つめられ、
「・・・約束は、やっぱり出来ない。でも善処するよ」
「どういうこと?」
 幸耶の質問に答えるより先に、客間の戸が開いた。
 現れたのは、黒銀の髪と角、金色の瞳を持つ男。
 ――竜皇だった。
 祐一は一礼し、挨拶をしようとした。
「はじ」
   めまして。
 その言葉は、音にならなかった。
「こいつか。久遠殿の言っておられた人間の子供というのは」
「・・・・・・」
 止めさせたのは、竜皇の言動。
 金色の獣の瞳から放たれる、値踏みするかのような視線。
 横柄な口調。
 祐一も、その視線に対抗するように竜皇の瞳を見据えた。
 幸耶も言葉を失った。
 ――普段の竜皇ではない。
 平素の竜皇は非常に気さくであり、人を見下すような言動を取ることはない。
 なのに、何故。
 ――祐一が、人間だからだろうか。
 ――敵と見なしているのだろうか。
 ――どうすれば、良いんだろうか。
 威圧と、対抗と、苦悩が満ちる空間。
 暫く沈黙が続いた。
 竜皇が話す気配は、無い。
 溜息。
 祐一は鋭く言い放った。
「偉そうだな」
「む?」
「ゆ、祐一!?」
「自分の名前も告げず、初対面の者をこいつ呼ばわり。子供とは言え、人をじろじろと見る、というのが妖の礼儀なのか?
 だとしたら・・・最悪だな」
 畏れることなく、竜皇の眼を見据え、祐一は言った。
「人の子よ。
 それは本気で言っているのか?」
 だが、祐一はそれを真正面から受けながらも、動じてはいない。
 むしろ、竜皇の態度に憤ってすらいる。
「当たり前だ」
 やれやれ、と溜息を吐いている。
 竜族はその能力により、常に畏れられてきた存在である。また、神族でもあるため、プライドも非常に高い。竜族の怒りに触れること。それは死を意味する。妖同士ですら、竜族には最大限の敬意を以て接することを常とする。なのに、人間――しかも、年端もいかぬ子供。それがまさか竜族の皇たる者に意見し、咎めるとは――
 確かに、先ほどの竜皇の態度は良いとは言えない。だが、それが赦されるのが妖の世界である。起こりうる事態を予測し、幸耶は竜皇に取りなそうとして――動きを、止めた。
「ゑ?」
 そんな声と共に。
 幸耶の視界に映るのは、すっ飛んでいく竜皇の姿。
「何客人をからかっているのですか」
 左手にはお茶の乗ったお盆、右手は拳を握って振り抜かれている。
 つまりは、竜皇への鉄拳制裁。
「まったく貴方はちょっとは竜皇らしくしなきゃ駄目ですって私が何度も何度も何度も言っているのに」
 あくまで口調は優しく、表情は軟らかく。
「そ、そうは言っても那岐・・・」
「お黙りなさい」
 ぴしゃりと竜皇の反論を封じ込めたのは、白銀の神と紫の瞳を持つ女性。
「・・・えーと」
 その剣幕に、祐一は冷や汗を垂らした。
 それにようやくその女性――那岐は我に返った。
「あらあら、私としたことが」
「・・・遅いと思うぞ那岐」
「元はと言えば貴方がいらないこと言ってこの子を怒らせたからでしょう?
 まったく、面白そうな子が来た、と喜んでいたから何をするかと思えば」
 溜息。
「し、しかしだな那岐。うちで預かる以上はどのような者なのかを確かめる必要が」
「嘘ですね」
「・・・ハイ」
 先ほどまでの偉容は何処へか、竜皇――吾妻はしょんぼりと正座している。
「えーと、要するにどういうことでしょうか?」
 おそるおそる訪ねれば、それに答えたのは吾妻。
 那岐の方を気にしつつ。
「・・・久遠殿から人間の子供を預かって欲しいと言われてな。
 かなり面白い子供ですよー、とのことだったからどんなものかとつい」
 てへ、と笑う。正直似合わないことこの上ない。
「俺をからかった、と?」
「うむ!」
「ちょっと待てやおっさーん!」
「ははは、細かいことを気にしてたら禿げるぞ?」
「む、それは遠慮したいな」
「そうだろうそうだろう、ここは一つ水に流すと言うことで」
「ち、仕方無いな」
 そのノリに幸耶はついて行くことを放棄し、ただただ行く末を見守るのみ。
 和やかな雰囲気になったことは喜ばしいが、不安は絶えない。全く絶えない。
 そんな幸耶を置き去りに、吾妻は祐一に非礼を詫びた。
「済まなかったな、相沢祐一。
 先ほどの私の態度だが、確かに失礼と言うほかあるまい」
「なんていうか、俺もあんたが分かったからもういいや。
 ああ、あと俺を呼ぶ時は祐一でいい」
 そう言って一呼吸。
 居住まいを正し、祐一は竜皇に真面目な視線を向けて――
「改めて自己紹介します。
 相沢祐一と申します。
 ここに滞在の間はお世話になります――宜しくお願いします」
 一礼。
 それは、優雅であると言っても差し支えのないもの。
 その佇まいに、竜皇は
「ふむ・・・」
 嬉しそうに、頷く。
「我が名は吾妻。竜皇だ」
「吾妻の妻で那岐、と申します」
 その、祐一の変わり様に――
「・・・・・・」
 幸耶はぽかんと口を開けて、目の前の光景を受け止めかねている。
「何だ幸耶?面白い顔して」
「ああああああんたねぇ!久遠様のときはちゃんとした挨拶してたのに!」
 まさかまさか。
 思い切り喧嘩売っていたこの人間がいきなりまともな応対をしようとは。
 思わず声に出したのを、
「失礼な、俺は家訓に従っただけだ。
 礼には礼で応えるが無礼には無礼で応えろ、とさ」
 あっけらかんと言う祐一を、幸耶は半眼で見やった。
「・・・祐一。あんたそのうちその家訓で身を滅ぼすわよ」
 祐一は幸耶を見、ふ、と笑って――
「面白いからいいんだ」
「あー!なんか凄いこと言った!」
 怒りに立ち上がり、シャイニング・ウィザード一閃。
「ぐはぁ!」
 横っ飛びにすっ飛んでいく祐一を睨み据えた。
 竜皇――吾妻はその様に驚異を覚え、恐る恐る
「・・・幸耶よ。それはかなり危ないと思うのだが」
「ああ!?」
 幸耶のどこか逝っちゃった視線に敗北。しかけたのだが、
「幸耶?」
「・・・わわわ!申し訳ありませんでした!」
 那岐により幸耶が正気に戻ったが故に、なんとか現状維持。
「ほら祐一、何寝てるのよ!早く起きなさいよ!」
「て、てめぇがそれを言うかよ・・・」
 呻きつつ、のろのろと体を起こした祐一に視線だけで意志を伝える。
『大変だな・・・』
 祐一もその視線に応え、視線だけで意志を伝えた。
『・・・解っていただけますか』
 そして、3人は一様に深呼吸ひとつ。
 那岐だけは、
「あらあら」
 と楽しそうにお茶を並べている。
 その平然とした様子に内心冷や汗を垂らしつつ、咳払いをひとつして、吾妻は祐一に笑いかけた。
「試すようなことをして悪かった。
 自分の家で預かる以上、どんな者かを見極めたかったのでな」
 すまなかった、と頭を下げる。
「いえ・・・仕方のないことだと思いますよ」
 祐一はそう言い、吾妻に頭を上げるよう促した。
 そして、言葉を続ける。
「何しろ俺は人間ですから、ここでは異端だ。
 慎重になってなりすぎると言うことはないでしょう」
 溜め息ひとつ。
 吾妻を正面から見据え、問いを投げかける。
「それで・・・俺は、ここの客人として合格でしょうか?」
 その問いに対する吾妻の答は約束されたもの。
「ああ、合格だ」
「それは何より」
 そして意気投合したと言わんばかりに笑いあう。
「ははははは、いや本当になかなか面白い」
「いやー、照れますねー」
「あらあら本当に面白い子ねー」
 あはははははははは。
 なにやら和んだ空気に、幸耶はついつい突っ込んだ。
「なんだか騙されてます!騙されてますよ竜皇様ー!」
 その声に幸耶の方を見れば、尻尾が逆立ち、既に戦闘モードになっている。
 祐一をずびしと指さし、声を荒げて主張した。
「竜皇様方は祐一の本性に気付いて居られません!」
「本性とは失敬な。それではまるで俺がとんでもない人間みたいじゃないか」
 なんとか反論するが、幸耶の答は一刀両断、祐一を切り裂いた。
「きっぱりとそうよっ!」
「ぐは!」
 その二人の様子を見やり、吾妻は困ったように幸耶に答えた。
「・・・久遠殿の話を聞いていたからな。どんな人間かは知っているつもりだが」
 そして、一呼吸。
 穏やかな、慈愛の表情で――
「一言で言うと・・・バカだな」
 言い切った。





「あああああああ竜皇さまぁぁぁぁ!?」





―continuitus―

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