それでもミシンを買いました 6  混乱

     にゃおが最初に買おうと思ったミシンは1万円足らずのものだ。
     このミシンが約22万円。 それはあまりにも無謀な話だった。
     「自動糸調節機能がついてるのは、これから上のランクになるんですよね」
     兄ちゃんがカバンからカタログを取り出して広げると、説明する。 確かにそこには、今、目の
     前にあるミシンから上のランクのミシンがずらりと並んでいて、どれも25万だの28万だのという
     値段がついている。 ちょっと待って。 そんなに高額なミシンなんか買えないよぉ。

     そんな、にゃおの心の奥で、もう一人のにゃおが、話かけてくる。

     ミシン、要るでしょ?  子供のズボン早く直さなきゃ。 あんまり他にアイテムないんだから。

     だけど・・・22万だよ? 
     兄ちゃんが説明を続ける。
     「これ、ちょうど来週、あるお宅へ届ける予定のミシンなんですけどね、届けるのは来週だから
     大丈夫ですんで、これ置いて行ってもいいですよ。  これだと、保証が永久保証になります。
     出張費も、修理費も一切いただきません」
     にゃおの中に、実家にある電動ミシンのことがよぎった。
     機械には当たりハズレがある。 ミシンだって当たりの機械だとしても、こちらの扱い方が
     悪かったら壊れてしまう。 その時に、出張費や修理費が要るのは泣きっ面にハチだ。
     「こっち(安いミシン)は、どうしても安いから、壊れやすいんですよね。 ぶっちゃけた話、
     僕らはこういうミシンの修理や出張費で儲けを出してるって言っても過言じゃないんですよ」
     それは確かにあるだろう。 高い品物はそれなりの品質があるはずだ。 だけど、それにしても
     これは高すぎるんじゃないだろうか・・・

     ねぇ、いいミシン、欲しいよね。 どうせならいいミシンがいいよね。 あのミシンのリベンジだよ。

     確かに、母が一生懸命、お金を積み立てて買った、あの高価なミシン。 ハズレもので何の役にも
     立たなくなった粗大ゴミのミシン。 いつか、いいミシンが欲しい。 ずっと、そう思ってた。 でも、
     ここまで高くなくてもいいんじゃないだろうか・・・ コンピューターミシンなんて本当に要るのかな?
     もっと安い値段でも、十分な機能があるんじゃ・・・ でも、このミシン、気に入ってしまってる・・・
     さらに、もう一人のにゃおが話しかけてくる。

     あれがあるじゃん。 ほら、この前、満期になった養老保険。 あれで支払えるよ。

     そうだ。 にゃおが結婚前から細々とかけてた保険。 10年満期と15年満期の2つ。
     10年満期の方は5年前に満期日が来て、その時の満期金で15年満期の残額を一括支払った
     から、そのあとは満期日が来るのを待つだけだったやつ。 主人の知らない保険。
     「ここの奥さん、ご主人に内緒らしいんですけどね、こんな風にローン組んでるんですよ」
     高価すぎる値段で迷っているのかと思ったのか、兄ちゃんはメモを取り出してめくるとにゃおに
     見せる。 そこには約22万のミシンの返済パターンが細かく書いてあった。 一番上には
     『ご主人に絶対、内緒のこと』という走り書きがしてある。 あはは・・・ どこでも同じような
     ことをやってるな。

     思い切って、買っちゃえば? どうせならいいのを買おうよ。 今の時代、貯金しても利子なんて
     スズメの涙もないんだよ。 財産だよ、財産。

     どうしよう。 どうしよう。 どうしよう。
     頭の中をいろんなことがグルグルグルグルと巡った。

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