蘇る記憶

     5月の終わりに台風4号が接近してきた。
     この時期に日本に上陸するコースで台風が来るのは十何年ぶりだとか。
     事によったら、にゃお方面を直撃するコースでひやひやだったけど、なんとか影響なしで済んだ。
     さらに6月中旬過ぎには台風6号が接近
     なんじゃ、こりゃ!!
     梅雨さなかに台風が接近してくるのも珍しい。
     これは日本海側を通ったから、猛烈な風が吹いて激しい雨が降った。
     毎年のように梅雨時期の雨や台風の雨で用水路が氾濫して床下浸水すれすれの被害に遭う。

     数年前の土石流災害の時のような雨が降ったらどうしよう。
     (詳しくは『語ルシス・忘れてはいけない』をご覧ください。 リンクで飛べます)

     雨が降るたびに、心臓が異常にドキドキして落ちつかなくなる。
     クマのようにウロウロと家の中を歩き、用水路が氾濫しないか監視する。
     去年も土石流災害ほどではないにしろ、相当の豪雨で生きた心地のしない経験を何度もした。
     主人が家にいる時はまだしも、1人だったらどうしたらいい?
     祈るように胸の前で手を固く組んで、水の流れを見つめる。
     台風6号も、かなりの豪雨をもたらしたけど、特別な被害は出さずに済んだ。
     
     この時期に、こんな状態じゃ、この先、ヤバイんじゃないの?(-_-メ)

     にゃおの心配は現実のものとなった。
     ある日の夜。
     降り続く雨の音は激しくて、いつまでも止む様子がなかった。

     「雨の音が変わったで。 気をつけぇや」

     と、主人が言う。
     雨がいっそう激しさを増し、雨音が一段と高くなった。
     今までの経験から言って、この状態で15分降り続けると、用水路が氾濫する。 
     そうなる前に10分待っても雨足が落ちない時は、防衛対策に出かけなくてはいけないのだ。
     田んぼは水が排水できるように、水門を開けてある。 水源の門は水がこちらに流れて来ない
     ように夕方、閉めた。
     それでも、轟々と流れる水。 これはほとんどが雨水ということだ。 水源を閉めてなかったら
     もっと早い段階で氾濫してるだろう。

     10分が過ぎようとしたところで主人が立ち上がった。
     廊下からガラス越しに懐中電灯で用水路を照らしてみると、もうすぐ溢れそうになっていた。
     わずかに漏斗状になっている庭には逃げ場を失った水が溜まり始めている。

     「マンホールを開けるで!!」

     主人と二人してカッパを着て外に出る。
     しぶくような雨。 
     すでに家の横の小さな用水路は氾濫して水が道に溢れていた。
     バールでマンホールのフタを開ける。
     にゃおには、よく原理がわからないのだけど、こうしてフタを開ける事で、空気が入り込み、
     水の流れが少しよくなるらしい。
     マンホールは深さが2メートル以上はあるはずなのに、地上数センチの所まで水が来ていた。
     万が一、ここから溢れ出しても、県道側へ流れていくはずなので、家の浸水はまぬがれるかも
     しれない。 あとは少しでも雨足が落ちてくれたらいい・・・

     その時、ほんの少しだけ、雨の音が和らいだ。 ほんの少しだけだったけど雨足が落ちた。
     じっと懐中電灯で用水路を照らしていると、徐々に水位が下がってくるのがわかった。
     けれど、まだ油断はできない。 水位が下がり、庭に溜まった水が引き始めたと思ったら
     また、雨足が激しさを増した。 差している傘に打ち付ける音がうるさくて、どならないと
     お互いの声が聞こえない。

     「カメラを持って来い!!」

     この状況を写真に撮れと主人が言う。
     何年も何年も、この状態を改善してくれるよう市に頼んではいるけれど、そのためには
     県道を横断して掘り返す大工事が必要となり、予算的にも大変だし、交通にも多大な影響が
     出るため、実行される事はなかった。 いや、それは市側の都合の良い言い訳で
     実際には、にゃおたちの声は無視されているに違いない。
     なにしろ、用水路が氾濫して床下浸水の危険性があるのは、用水路の近くでは
     にゃお家だけなのだから。 あとの家々は、にゃお家より少し高い位置にあるものだから
     ほとんど影響を受けないのだ。 にゃおたちが土砂降りの雨の中、必至に氾濫対策を
     している時に、彼らはノンキに家の中から、「よく降るねぇ」と外を眺めるだけでいいのだ。

     雨でカメラが濡れないように気をつけながら、溢れる用水路の様子を写真に撮った。
     いつか、何かの時に役に立つ事を願いながら。

     そうこうしているうちに、再び、雨足が弱まり、水位が徐々に下がり始めた。
     ピカゴロと鳴っていた雷も遠ざかり、光っても音が届くまで時間がかかるようになった。

     「もう大丈夫じゃろう」

     主人がマンホールを閉め、やっと家の中に入った。
     時間は1時間を経過していた。


     この年の梅雨は、なんとか家にも田んぼにも被害は出なかったものの、何度もハラハラ、
     ドキドキさせられた。 夜中でも、少しでも雨音が強くなると、弾かれたように目が覚めて
     その後は、ドキドキと胸が高鳴って、なかなか眠れなかった。

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